少し前にもらってたチョコの無料券。
まだ引き換え期限は少し先‥の
つもりでいたら明日やんΣ( ˙꒳˙ )
こんなことなら昨日コンビニに
行った時引き換えてきたら良かった。
明日は親2の病院の日で
コンビニに行くのは難しい‥。
今日は自分の年賀状をポストに
投函する用事もあったし
ポスト方面にコンビニあるから
そこで無事引き換えてきた◎

このチョコ、夏でも手にくっつきにくくて
汚れにくいし好きなんやけど、
このチョコ見たら思い出すのが
もう10年くらい前に
とある分野の推しを2人すごく
追いかけてた人がこのチョコ好きで
いつもたくさん買ってたなーって。
10年前は、親2もまだ病気になる前で
今よりは自分の趣味に使える時間も
今から考えればあったとは思うけど、
それでも元々が機能不全家族育ちで
自分の好きなことのために
いくら休日でも自由に出かけることは
当時もほぼできなかったから、
このチョコを好きやった人が
他地域でも他県でも自由に
飛び回れるのを本当にもう
世界が違う人のように感じてた。
自分はやっぱりルールは守りたいし
相手が困ってるのを分かってても
グイグイ自分の欲求を果たすために
厚かましく近づいたりはできないから
もしもっと自由に行動できても
その人みたいな追っかけとかは
できないなーとは思うけど、
別に追っかけになりたいとかではなく
自分がしたいこと、好きなこと、
情熱を傾けたいことに使える時間が
ある程度ふんだんにあることや
そうやって生きることに対する
周りの理解があることが
とても羨ましかった。
このチョコをその後見かける度に、
食べる度にあの頃を思い返してる。
その頃に戻りたいとかはないけど
(当時も今とはまた違う面で
苦しんで生きてたなと思うから)
親2が病気にならない世界線があれば
良かったのになとはすごく思う。
年賀状を今もやりとりしてる
高校時代の教科担任の先生。
その先生とは趣味が共通してて
今年の年賀状もそのことを
書いてくれてたけど、
その先生に言われたことで
特に忘れられないのが
自分が高校卒業直前に言われた
「実はShocaさんのために
毎回授業の準備してた。
Shocaさんはいつもちゃんと
真面目に授業を受けてくれるから
そういう子が大人になった時
いつか“先生の授業で学んだことの
意味があったな”と思ってもらえたら
先生という仕事も報われるかなって」
という言葉。
自分の当時のクラスは
別に学級崩壊してたわけではないし
その高校時代も不良が多いとか
ガラが悪いような学校でもない。
ただ、自分も一回学校行事で
教卓に立ってみて気づいたけど、
生徒はバレてないと思って
うまくサボってるつもりでも
先生の位置からはほぼバレてる。苦笑
中学までは義務教育で
どんなに勉強が嫌でも
学生でいたくなくても
基本的に学校に在籍してないと
いけないけど、高校は本来
義務教育ではないから
自分の意志で高校生という立場を
選んで生きてるんやし、
いくら学費無償化になったとしても
その高校生が学生として
生活するにはお金はかかるわけで、
親のお金で学生でいさせてもらってる
親のお金で高校生として
生活させてもらってるのに
勉強をあからさまにサボる
というのはやっぱり良くないと
自分は当時からずっと思ってた。
自分は当時から機能不全家族で
ついでに親2の教育熱心度は
かなりのものやったから
勉強に関しても精神的に参る
一歩手前まで追い詰められたり
高校生以前のことを考えても
これは教育虐待やったなぁと
思ってしまう部分も多々ある。
もちろん、そこまでいってしまうと
“学生は勉強が仕事”
というような話を越えてしまうから
みんながそうなれとか
そこまで追い詰められて普通とかは
全然思わないけど。
ただ、何かになりたい!という
将来の目標を見つけた時に
あまりにも勉強をサボってしまってると
その選択肢はやっぱり狭まってしまうし、
一見勉強に関係なさそうな職業でも
もしその職種から離れて違う仕事を
始めようとかの状況になった場合に
後悔することにもなりかねない。
自分も勉強は好きではなくて
親が「いい成績を取らないと
趣味も気分転換も一切禁止」という
勝手なルールを作ってたから
やむなく頑張ってただけなんやけど、
嫌なことでもめんどくさくても
頑張らないといけない時はある
とは今でも思う。
こういうことを堂々と言うと
いじめに繋がるから当時から人には
言わないようにしてたけど、
周りがめちゃくちゃだらけてても
自分はある程度は勉強するように
心がけてたし、流されないようには
してたかなと思ったり‥。
じゃあ、今その高校生の頃に
なりたかった大人になれてるのか?
と言われたらまだまだそうではなくて
だからこれも胸を張っては言えないけど
自分は人に堂々とできないような
生き方はしてきてない
というのは自信を持って言える。
複雑な環境に育って
たくさん辛い思いもしてきたけど
決して横道にそれずに
人として大事なことは一応
兼ね備えてるつもりでいる。
自分に自信がない自分も
その部分に関しては本当に
自分のことを好きやと思える。