『短歌新聞』「新人立論」/棚木恒寿《「読み」をめぐって》 2
2008.02.09 Saturday
>「歌人に論じられてこそ歌は輝き、後世に残ってゆく。歌を「読む」ことは、歌人の大きな仕事であろう。」(『短歌新聞』「新人立論」/棚木恒寿《「読み」をめぐって》)
それとは別に、歌人に論じられなくても、読者に読まれれば、と、いうこともある。
しかし、実際には、幸いにして、多くの人に読まれ、論じられる機会を持つか、
誰にも全然読まれず、当然、誰にも論じられないかに分かれやすい。
で、大多数の歌は、制作はされるが、
そのまま実質上、デッドストックとなり、
いつのまにか反故となって消えてゆく。
歌集に収録されることがあっても、誰にも読まれることなく、
またいつのまにか古紙となって処分されるのを待つことになる。
それに比べれば、都心のメガ書店の詩歌コーナーなどで、
さして売れないまでも、一応読者の目に届くところに並べられ、
手に取れるところに置かれる歌集は、何という幸福な歌集だろう。
それだけでも何と十分に幸運な歌集だろう。
人口比で言えば、一冊の歌集が、
発行部数で300部とか1000部とかいう歌集が、読み手を得るのは、
宝くじ並みに稀なこと。
だから、歌集を買って読んでもらえて、
しかも論じてもらえる歌人さんたちは、
その幸運に感謝してもいいだろう。
世の中には、日の目を見ず、生まれなかった子のように
消えてゆく歌だって大いにあるのだから。
その実力に応じて読まれていると思える歌人さんには、
関係のないたわごとに思えるかもしれないが。
2008.02.09 Saturday
>「歌人に論じられてこそ歌は輝き、後世に残ってゆく。歌を「読む」ことは、歌人の大きな仕事であろう。」(『短歌新聞』「新人立論」/棚木恒寿《「読み」をめぐって》)
それとは別に、歌人に論じられなくても、読者に読まれれば、と、いうこともある。
しかし、実際には、幸いにして、多くの人に読まれ、論じられる機会を持つか、
誰にも全然読まれず、当然、誰にも論じられないかに分かれやすい。
で、大多数の歌は、制作はされるが、
そのまま実質上、デッドストックとなり、
いつのまにか反故となって消えてゆく。
歌集に収録されることがあっても、誰にも読まれることなく、
またいつのまにか古紙となって処分されるのを待つことになる。
それに比べれば、都心のメガ書店の詩歌コーナーなどで、
さして売れないまでも、一応読者の目に届くところに並べられ、
手に取れるところに置かれる歌集は、何という幸福な歌集だろう。
それだけでも何と十分に幸運な歌集だろう。
人口比で言えば、一冊の歌集が、
発行部数で300部とか1000部とかいう歌集が、読み手を得るのは、
宝くじ並みに稀なこと。
だから、歌集を買って読んでもらえて、
しかも論じてもらえる歌人さんたちは、
その幸運に感謝してもいいだろう。
世の中には、日の目を見ず、生まれなかった子のように
消えてゆく歌だって大いにあるのだから。
その実力に応じて読まれていると思える歌人さんには、
関係のないたわごとに思えるかもしれないが。
