島田修三さんが、角川『短歌』12月号に、
「底荷の変容」という文章を書いている。
一昔前の、渡辺和博の『金魂巻』や、
『短歌現代』の玉城、岡井、往復書簡なども取り上げながら、
『「趣味」としての歌に向かう多数派と、「文学」として歌に向かう少数派が渾然一体となっているのが現在の作歌層の実態であり、』という認識が示され、
大衆=主婦、的な論の展開もあって、
「底荷の変容」説になる。
(船底に積まれて、船のバランスを取る「底荷」
になぞらえた、上田三四二の「底荷」説(「短歌・俳句は日本語の底荷」)は、
有名なものだけれど、その内実を占める大衆作歌層が、一変した、という。)
その代表に挙げられているのが、「主婦」という
短歌を趣味のアイテム化し、島田修三氏を脱力させる、
ひとかたまりの存在、ということであるらしい。
・ご破算で願いましては主婦ですというような要約法で統べられる
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参照
※
『短歌を日本語の底荷だと思っている。そういうつもりで歌を作っている。俳句も日本語の底荷だと思う。短歌、俳句、そういった伝統的な詩歌の現代においてもつ意味は、この底荷としての意味をおいて他にはないと思っている。底荷とは空載時の船舶の重心を低くするために船ぞこに積み置かれる荷物を言い、ふつう、砂利が用いられる・・・底荷と対をなす言葉は、マストである。帆である。短歌がマストであり帆であった時代が遠い昔にあったことを思わないではないけれど、また今でも短歌をしてマストたらしめようとする志の存在することを知らないではないが、それはそれとしても短歌は底荷だとするのが私の覚悟である・・・私は短歌、俳句の言葉は日本語の中でもとくに格調の正しい、磨かれた言葉であると思っている・・・そういう言葉の修練をつんだ人が、また積もうとして努力し、そこに楽しみを見いだしている人が、何万という数を越えて存在しているのである。彼らは文学者を自称しない。商店主であり、運転手であり、教師であり、主婦であるそういう普通の生活者が、短歌、俳句において驚くべきすぐれた言葉の使い手なのである。この底荷のあるかぎり、私は軽薄の二字を染め抜いた帆を張る日本の言葉の航海について、悲観しない。
上田三四二「短歌一生」
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「底荷の変容」という文章を書いている。
一昔前の、渡辺和博の『金魂巻』や、
『短歌現代』の玉城、岡井、往復書簡なども取り上げながら、
『「趣味」としての歌に向かう多数派と、「文学」として歌に向かう少数派が渾然一体となっているのが現在の作歌層の実態であり、』という認識が示され、
大衆=主婦、的な論の展開もあって、
「底荷の変容」説になる。
(船底に積まれて、船のバランスを取る「底荷」
になぞらえた、上田三四二の「底荷」説(「短歌・俳句は日本語の底荷」)は、
有名なものだけれど、その内実を占める大衆作歌層が、一変した、という。)
その代表に挙げられているのが、「主婦」という
短歌を趣味のアイテム化し、島田修三氏を脱力させる、
ひとかたまりの存在、ということであるらしい。
・ご破算で願いましては主婦ですというような要約法で統べられる
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参照
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『短歌を日本語の底荷だと思っている。そういうつもりで歌を作っている。俳句も日本語の底荷だと思う。短歌、俳句、そういった伝統的な詩歌の現代においてもつ意味は、この底荷としての意味をおいて他にはないと思っている。底荷とは空載時の船舶の重心を低くするために船ぞこに積み置かれる荷物を言い、ふつう、砂利が用いられる・・・底荷と対をなす言葉は、マストである。帆である。短歌がマストであり帆であった時代が遠い昔にあったことを思わないではないけれど、また今でも短歌をしてマストたらしめようとする志の存在することを知らないではないが、それはそれとしても短歌は底荷だとするのが私の覚悟である・・・私は短歌、俳句の言葉は日本語の中でもとくに格調の正しい、磨かれた言葉であると思っている・・・そういう言葉の修練をつんだ人が、また積もうとして努力し、そこに楽しみを見いだしている人が、何万という数を越えて存在しているのである。彼らは文学者を自称しない。商店主であり、運転手であり、教師であり、主婦であるそういう普通の生活者が、短歌、俳句において驚くべきすぐれた言葉の使い手なのである。この底荷のあるかぎり、私は軽薄の二字を染め抜いた帆を張る日本の言葉の航海について、悲観しない。
上田三四二「短歌一生」
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