漫画界のドストエフスキー、青木雄二先生の”悲しき友情” | きたがわ翔のブログ

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漫画家です。
仕事や日常生活についてゆる〜く発信していこうと
思っています。

しばらくバタバタしておりましてすご〜く久しぶりのブログ更新です。心待ちにしていた方が多少なりともいらっしゃるのかどうかわかりませんが、今回のようにかなり更新が遅れたとしてものろのろ亀のように書き続けていきますのでどうかよろしくお願い致します!

 

 

実はつい先日友人であり漫画家の山田玲司氏がニコニコ動画にてやっているトーク番組にて事もあろうに私がゲストとして出演してしまい少女漫画の歴史について語ったりしたのですが....その動画を見直して改めて自分の醜態、クソオタっぷりに軽い目眩が....あううう。

 

いや、彼と久しぶりに会えてテンション上がったこともあるのですが、ほとんど息継ぎもせず(ややオーバー)約二時間喋りっぱなし!!しかも興奮するといちいち声が裏返えるし....オタクに自分の得意分野語らせるとこうなるという典型的な悪見本ですよ!!

すみませんすみません.....でも、めっちゃ楽しかったです......

 

 

メモ書きもせず喋ったのでところどころ史実が不正確なところもありますからその辺りの修正もしたいと思うので....その...懲りずにまた呼んでくださいね〜!!わははははは!!

 

 

閑話休題

 

 

先月購入した70代の女流漫画家斎藤なずな先生の夕暮れへという短編集にはからずも大変衝撃を受けてしまった私。特に収録作品のひとつであるトラワレノヒトという読み切りは私がここ数年読んだ漫画の中でもベスト3に入る傑作であると思うのでいつかここにて紹介したいと考えているのですが、今回はナニワ金融道で一世を風靡した故 青木雄二先生のさすらいという短編集に収録されている私の大好きな悲しき友情という先品について書かせていただきます。

 

こちらがその短編集。どこかガロ的にほいが.....

 

 

 

トラワレノヒトを読んだ時、ああ、この漫画の読後感に近い(あくまで私のものさしにおいて)せつない作品を昔読んだなあ、と思い、本棚から引っ張り出したのがこれから紹介するこの作品。初版が1997年なのでもう20年経つのですね。(ここもせつない!!)実は青木先生と先ほどの斎藤先生唯一の共通点。それはお二人が漫画家としては非常に遅咲きの40過ぎてからプロデビューされたのだということ。

 

だからと言ってはなんですが....お二人とも人生の酸いも甘いも知り尽くしたような非常に大人な作品を描かれております。ほとほと私が感心するのは重いテーマを扱いつつどこかクスッと笑ってしまうようなユーモアのセンス。エネルギーやイマドキなセンスにはかなわずともこれだけは絶対若い漫画家には真似できません!!

 

いや、撤回します。おそらくお二人は若い方以上にエネルギー(体力というより生体エネルギー)がおありなのでしょう。40過ぎて漫画家を目指す、これがいかにエネルギーのいることか!!

気づけばいつの間にか青木先生側の年齢に突入している私。ううう....マジでこんな才能が欲しいですわ!!

 

 

 

では、私の大好きな悲しき友情のストーリーをば。

 

 

このお話の登場人物は現場で働く二人の日雇い労働者であります。(なんと地味な....)彼らは友達なわけですが、実は年が32歳も離れております。還暦過ぎの熊田は半分人生を投げており、その日その日を怠惰に生きているような男。一方30前後の真面目で理屈っぽくやや天然な感じのする男菊池は漫画家志望であり、仕事の合間に必死に投稿作を執筆しております。

その作品とは以下のようなもの。

 

こ....これは売れない.......(´Д`

 

 

 

毎度現場監督の小言に対し、常に真面目な受け答えをする菊池に対し熊田は、

 

なにもそう一生懸命やることはないって!

ワシ達は労働者、あいつは現場監督やがな

あんな監督の言うことなんか適当に聞き流しといたらええんや

 

それに対し菊池は

 

でも監督は資本家ではないから労働者ですよ

同じ働く仲間ですよ

 

 

熊田は心の中でつぶやきます。

 

こいつは時々訳のわからんこと言うアホで変わり者や

そやけどゼニも貸してくれるしワシにとっては役に立つ人間やで(内心しめしめと思っている)

 

 

とにかくむちゃくちゃ絶妙なんですよ!!この二人の会話のやりとりが!!

そもそも32歳差でブルーカラーの男二人が主人公の漫画なんて青年漫画界であっても空前絶後のネタではないかと思うのですが。

 

 

仕事が終わり、軽くビールを引っ掛けに行く二人。途中熊田は宝くじを連番で10枚買い、菊池は本屋で

ビックコミックを買います。その号にコミック賞の最終審査発表が載っているのですが、コミック賞は該当作なしで

プロの漫画家の選評もなにやら厳しいものばかり。そのページを見せてもらう熊田。

 

 

熊田  全体に話が暗いっていうてるのー

 

菊池  ドストエフスキーの罪と罰は暗いですよ

    でもそれについて文句言う批評家は誰もいません

 

熊田  難しいこというなや 面白かったらそれでええねん(熊田の言うことはある意味正しいです。)

 

菊池  でも僕は暗い方に真理が、そしてリアリティが潜んでいると思います

    今描いている漫画は地味かもしれませんが全く新しい漫画なんですよ

    新しいものが古いものを必ず打ち破って行きます

 

そして熊田はまた心の中でつぶやきます。

 

あんなもん描いてる限り入賞なんかどだい無理や

夢は漫画家やと言うてるけど永久になられへんわ....

かわいそうやからちょっとおだてといたろか

 

熊田  神は決して見捨てはせん

    頑張れば必ず入選させるよってな(おだてたつもり)

 

しかし....菊池の製作している漫画こそ、上記のとおり神は思うものであり在るものではない、

つまり神は存在しない、というテーマの作品(おいおい)なわけでして当然のごとく反論が始まり.....

 

 

つまりドストエフスキーやマルクス、エンゲルスを敬愛している彼は、唯物論と観念論という

真理だと信じて疑わない哲学を漫画で人々に伝えようと孤軍奮闘しているのです。

創作する側から見ればある意味ピュアですが、熊田(一般の人)から見ればただの変人。

 

ホームレスに差し入れをする菊池。それを影から覗く熊田。

 

 

その後生い立ち等のエピソードで菊池がなぜそのような思考を持つまでに至ったかが丁寧に描かれます。

そして仕上がった漫画をビックコミックに送るのですが、結果は当然のごとく落選。

 

 

ワシの言うようにエロとかヤクザ描かんからや(熊田のこのセリフに苦笑いしながらも頷く私)

 

 

その日の夜真面目な菊池が珍しく飲み屋でクダを巻きます。

 

歴史を動かすには長い間の根気強い仕事が必要なんだ!!

 

結局彼はこの先どんなに作品が落選しても信念を曲げることはないでしょう。

 

 

 

 

翌日菊池は版下の仕事に就くため日雇い労働者を辞めます。

 

熊田  もう漫画は描かんのか?

 

菊池  とんでもないまだこれからですよ!一時的後退だけですから

    今度は必ずみんなに理解してもらえる漫画を描きます(あくまで前向き)

 

 

 

彼と別れた後、熊田はいつものごとく気晴らしに博奕をしますがその日は全くツキがありません。

コップ酒すら買えないほど負けてしまいアパートの明かりをつけながらつぶやきます。

 

カカと別れて二十年や

もうどこへ行ったかわからへんしな

菊池もおらんようになったことやし明日から真面目に働かんとな

 

 

ところが翌日現場にゆくとそこで60歳以上は雇うなと突然上から命令が下り、なんと熊田はお払い箱にされてしまうのです。

 

 

アホな ワシまだまだ若いものには負けへんで!頼むわトラックに乗せてくれや!

 

無情にも置き去りにされる熊田。

 

絶望の中へたり込みながら熊田は菊池の言葉を反芻します。

 

菊池よ ワシの失業も一時的後退で前進的発展なのか?

そやけどこのワシはこのワシは.....!

 

アーーーーーッ神様!

 

熊田の慟哭でこのお話は終わります。

 

 

 

 

 

後に青木先生は唯物論という書籍を執筆されており、この作品においては漫画家志望の菊池のキャラクターを借りて自分の哲学を表現したかった、という側面もあったろうと思います。

 

しかしはっきり言ってこの唯物論についてはどうでもいいんです。私。

 

私がこの漫画で惹かれるのは圧倒的に熊田のキャラクターなのであります。

 

 

 

社会の底辺を生き、還暦を過ぎていながらいいかげんで適当で情けない男。

特にラストの一コマは山岸凉子先生の汐の声の怖いラストを彷彿とさせます。

母親のいいなりで霊媒少女になった主人公が、死んでもなお母親を求めて彷徨う絶望的なラスト。

 

助けてママ....ママ....

 

思い通りにならないと神頼みする熊田も結局ラストまで何ひとつ変わりません。

 

 

しかし....私は描き手だからわかるのですが、この漫画を読み進めるとこの底辺の男を青木先生は

菊池よりもずっとずっと深く思いを込めて、優しく暖かく描いている気がします。

そして.....熊田はなんとなく似ているのです。

十数年前に亡くなった私の父に。

 

 

青木先生の素晴らしいところにオリジナリティあふれる細かい描写力があります。

 

ナニワ金融道で有名なソープで無理やり働かされる女の子が、排水溝の蓋にからみついた隠毛をかき集めるシーン。

破産を告げられたおばちゃんが、無表情のままメガネを外し、テーブルの上に置いてから急にわっと泣き崩れるシーン。

 

そしてこの作品で最も印象的なのは持ち金をすってしまった夜熊田がアパートに戻って電気をつけるシーン。

 

ワシこうやって部屋に入って一人で電気つける時が一番いややねん

 

トーンを使わず、斜線で部屋の暗がりを描き、壁にヌードのピンナップが貼られた部屋に腰を下ろし、

タバコをくゆらす初老の孤独な男。

何度も言いますが、この描写だけは若い漫画家には絶対に真似できません!!

 

 

 

 

前出の斎藤なずなさんはトラワレノヒトという作品の中で、

 

人間、つまるところ踊るポンポコリンだよな

 

と作中のキャラクターに言わせています。(これは本当に名言!!)

 

 

♪ピーヒャラピーヒャラ、パッパパラパー、ピーヒャラピーヒャラ、パッパパラパー♪

 

 

ラスト慟哭する熊田の背後から、なぜかあの能天気なメロディが聞こえてきます。

 

人間悲しいかな、どんな目に遭おうとも明日はやってくるしじっとしてたらお腹が減ってくるのです。

 

 

 

♪お腹がへったよお〜♪