青年劇画と少女漫画の奇跡の融合!!池田さとみ先生の永い追跡 | きたがわ翔のブログ

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漫画家です。
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う〜む、女の子のロングヘアをうまく描きたいけど、一体どうしたらよどみなく細い綺麗な線が引けるんだろう.....

 

これ、デビュー当時の漫画家だったら一度は悩むと思います。かくいう私がそうでした。(あっ、今ペンタブで線を引いてる人たちは補正機能があるから関係ないのかな?)結局ペンに慣れることで問題はすぐ解決しましたが。(おいおい)

 

こちらは今でも大切に持っているサンコミックス版の永い追跡

 

 

漫画家デビューする1年前の昭和55年頃、私は池田さとみ先生のシシィガールという作品だけ読みたいがために、男子中学生のくせにちゃおという付録付きの少女漫画誌を自ら購入しておりました。当時付録付きの少女漫画誌でダントツに洗練されていたのはりぼんでありまして、私は付録にさほど興味がなかったのでどうでもいいといえばそれまでですが、これ一体誰が使うんだっ!?というシャンプーハットなるものが付録についていたりと、とにかくちゃおは付録がやたらダサかったのでした。それが今や付録付き少女誌に於いてちゃおが売り上げダントツトップなんですよね!?いやはや凄い!!やはり時代は変わるものです。

 

 

そのちゃおですが、連載陣は別マから移動した島貴子先生のLet`s go奈々や、聖鈴子先生の名探偵江戸川乱子(これはのちに読み返して大好きになった!!懐かしい!!)などがある中で、池田先生のページだけがとにかく異世界と思えるほどめっちゃクールだったのです。

 

シシィガールの内容は、不幸な生い立ちの女の子が自殺した両親のかたきを打つために芸能界でのし上がってゆくサクセスストーリーであり、(ひえええ!!なぜこんなハードなストーリーの漫画がちゃおに!?)そして主人公の奈智亜(なちあ)はまさしく後の中森明菜を予感させるルックスと雰囲気を持っていました。その風になびくロングヘアーの線の細く美しくシャープなことったら!!

アマチュア時代随分真似して描いたのですが、なかなか上手く描けず....う〜む....

 

こちらがシシィガールの主人公奈智亜

 

 

私は床屋に偶然置いてあったちゃおからこの作品を発見して夢中になったのでした。当時の絵柄はくらもちふさこ先生の(いつもポケットにショパンあたりの絵)を更にクールにした感じでしたが、そこから辿って彼女のデビュー当時の作品を漁ってみたところ、これまたびっくり!!シシィガールからわずか2年前の作風は、なんとりぼんの太刀掛秀子先生風アイビー乙女チック漫画タッチ!!

 

これらの作品は実家のどこかに眠っており、現在非常に入手困難でありますが、くらもち先生の初期の大傑作冬・春・あなたの中に、デビュー直前の池田先生が描いたと思われるモブがあちこちに見受けられます。やはりといいますかくらもち先生が大好きだったんでしょうね。実際あの当時くらもち作品に憧れる新人漫画家がどれだけ多かったことか.....

 

こちらは切り抜きを持ってるくらもち先生の冬・春・あなた

 

なんと下のコマの絵がデビュー直前の池田先生の絵!!

 

こちらの真ん中の女の子もそう!!なぜそれを断言できるのかと言いますと.....

 

漫画の中に池田さとみの文字が!!手伝ってくれた方々の名前をこのように書き込むことを

当時の漫画家はよくやっていたのですよ。そして別マで描かれていた石井房恵先生の文字も!!

 

 

 

シシィガールの後、都落ち戦争というバトミントン漫画の連載作品を最後に池田先生はちゃおを去ります。絵柄はますますシャープになり青年劇画に近くなり、(ああっ私も人のこと言えんなあ....)この絵柄で付録付き少女誌に描くのは流石に無理があったのでしょう。次に池田先生を発見したのは別冊少女コミックで、83年4月号。そこに私の思い入れの深い超傑作の長編読み切り、永い追跡が....

 

 

 

 

最初この漫画を見た時は、ん?別コミに弘兼憲史先生?と思いました。(おいおいおい!!)

キャラクター、構図、トーンワークにいたるまで見事に青年劇画タッチ。しかもかなりハイレベルの。(ここ重要)

実は池田先生はこの時代において非常にトーンワークに優れていて、グラデーションの使い方など今見ても惚れ惚れしますが、とにかくこの漫画に当時私、マジでやられました!!!!

 

2〜3ページ目。いきなりリアルな背景の描き込み、トーンワークの妙、シャープな構図。

非常に画面が緻密であります。

 

 

 

 

以下簡単なあらすじ。

 

兵庫県須磨の浦ーーー20年前、親子3人の乗った乗用車はこの海に突き落とされ7歳の少年(野村重夫)だけが生き残ります。彼は養子先の女性(現場の第一発見者)の元で貧しいながらも愛情深く育てられ、いつしか刑事になります。そんなある日、なんとかつての事件に残された指紋が一致する事件が発生、そしてそこには意外な真実が.....

 

 

ストーリーの後半、主人公の愛する育ての母と通りすがりの少年が事件の犯人の男に人質として捉えられます。刑事である主人公が現場に着くとナイフを持った犯人がこう言います。

 

 

いいこと教えてやろうじゃないか兄ちゃん!

おまえの家族を殺したのはこの女だ

俺は見たんだ この女がぶつけた対向車を海に落とすのをよ

あんたもきのどくなこったな 親殺した女とも知らねーでいっしょに暮らしててよ

 

 

その言葉の直後、犯人からうばったナイフで男の胸を刺す母。

ここからの演出の見事さときたら.....

 

 

 

育ての母が手に持つ銃(実はただのモデルガン)を、少年に向けた瞬間

断腸の思いで母を撃つ主人公。

 

一ページ白黒反転。縦に長いコマで階段の踊り場から落ちてゆく母と思い出の中の母親の姿をはさみながら

モンタージュ風に。

 

入学式、桜の花吹雪の中、母との姿に主人公の慟哭が重なって.....

 

 

 

 

その後、主人公は仏壇の引き出しから母の手紙を発見します。

 

あの日一人息子を亡くして泥酔していたわたしは車を盗んで走り回っていたのです

事故のあと気が動転し車を海につき落としました

あなたを見つけた時息子のかわりにあなたが生き残ったようで見捨てて行けなかった

菊池(犯人)には事故の現場を見られ長いことゆすられていました

いつかわたしはあなたに裁かれなければなりません

この銃をあなたに向ければあなたが私を撃っても正当防衛になるでしょうか

過去に目をふさいでずっとあなたと暮らしたかった

 

 

ラストシーン、思い出の風景の中、小学校で母がパン食い競争で一番にゴールのテープを切り、大喜びする少年の主人公の姿。そしてモノローグ。

 

 

家族を殺した犯人を許すことはやはりぼくにはできません

そして

お母さん

あなたの残した二十年間の愛もまた

決して忘れはしないでしょう

 

 

 

ううう....しばし落涙.....

 

 

 

 

実際この作品は弘兼憲史先生の人間交差点(ヒューマンスクランブル、原作矢島正雄)の影響を強く受けている気がします。ストーリーも非常によく練られているのですが、私が何より驚愕したのが上に紹介した後半のコマ割り、演出の素晴らしさです。

 

以前あすなひろし先生について、本来少女漫画家であったあすな先生が描いた青年劇画だからこそ、あのような唯一無二の作品が生まれた、と書いた事があったようにこの作品も絵柄こそ青年劇画寄りになっていますが、やはり根底は少女漫画なのです。まさにそここそが弘兼先生の人間交差点とは違う、なんとも絶妙なところなのです。

 

 

そしてこの演出こそ、池田先生がその昔強い影響下にあったくらもち先生からまなんだものではなかったか、と私は思うのです。くらもち作品のなかで私が最も好きなわずか一小説のラララあたりの、あの神がかったコマ割りと演出、表現力、そこに弘兼テイストが加わってこのような奇跡の作品が生まれたのではないでしょうか。

 

 

私はホットマン以降ヒューマンタッチの作品を多く手がけていますが、根底には今でもこの作品の影響があることをここにて白状いたします。この作品の主人公は少年の頃両親を失った事故の真相を暴くため刑事になろうと決心しますが、私はこの作品を読み、いつかこんなヒューマンタッチの泣ける話を描ける漫画家になろう!!と高校一年の時決心したのでした。あ...あれから35年....はふう....(ため息)

 

 

 

 

てなわけで、年内の私のブログはこれにて最後であります!皆様、よいお年を!!