ふっと、思い出してゾクゾクするときがあります。

それは、今年大学2年生の長女が生後半年のころ、1歳、1歳半と3回繰り返して入院生活を送った時のことで、大変だった時の園長先生の言葉が忘れられません。

殆ど忘れて生きていますが、ある時、「ひょっと」思い出すのです。

お医者様に行く前にはホメオパシーなど使いながら、保育園生活も欠席にならないように気を付けて生活していました。


でも、お休みが続き、ついに、気管支炎で入院することになり、お見舞いは短時間、幼児は檻のついたベッドで、ぐったりしているときはまだ、立ち上がりこっちを見るときはわたしも本当に後ろ髪引かれて、辛い思いで病院を抜けてきていました。

 

やっとのことで退院して保育園に行った日に歩く

 

「大変だったでしょう、でもね、これからもっと大変なことがありますからね」

 

この一言でした。

 

初めて長女を出産して3か月くらいで預けて働いた私にとっては、本当に体も心もつらく初めてのことばかりで、園長先生は、そんな新米ママさんに向けて、「こんなこともあるけれど、負けずに頑張りましょうね」という慰めのおつもりだったのかもしれません。

でも私は、「なんて、怖いことを言う園長先生なんだ笑い泣き」と思ったのでした。

 

私は、園長先生の言葉にムチ打たれてしまいました。
非常勤の仕事もそれなりに休んだので、結局8割以上その後切られてしまい体調も崩して家にいれば、横になってばかり、仕事以外の土日も近所のファミリーさん(区の一時預かりシステム)に預けていました。本当に辛い時代でした。えーん

 

子どもを夕方ピックアップして自宅へ向かう1本道で、娘が「わあ~」と元気よく駆け出して行ってくれた時には、今も映像になって夕方の景色を思いだすのですが、溜まっていたものが溢れだし、もう本当に涙涙で、入院を繰り返したけれど、こんなに元気な娘になっている、な~んだ、私の心配し過ぎ!と娘から元気をもらえている自分を感じて、自分で「大丈夫、きっと大丈夫」と自分で自分を励ましていたような記憶があります。

 

 

時を経て、今、ピアノのレスナーとして、幼児さんや、小学生のお母様方とレッスンを介してお会いしてお話しすることも多いですが、必ず、「以前はこんなこともありましたが、成長しましたね」や、「お子さんはこんな風に仰っていますよ」「今日はちょっと、疲れていたようで、体調気を付けてあげてください」などなど、お子さんの様子をお伝えし、働いているお母様が安心できるようにお話しすることを心掛けています。

 

それは、もしかすると、この時のことが知らず知らずに身に染みて、世のお母さま方が本当に大変な思いをしながら子育てをしているのが分かったから、自然と言えるようになってきたのかもしれないなあと思います。

 

2人の娘を育ててきただけですが、現在、大学2年と中3の娘、2人とも全く違うキャラクターの持ち主で、同じことを言ってもダメなんですよね。

 

保育士さん、幼稚園教諭の方のような勉強はしておりませんが、結局は子どもも大人と同じように、1人の人間として、お話していけばきっと悪いことにはならないと信じています。

 

2年くらい前から人とのコミュニケーションや自分のことをよくわかるように「傾聴」の講座に行ったり、石田勝紀先生のママカフェプライムに出かけたりして、なお一層人とのかかわり方を勉強していきたいなあと思っています。

昔から、娘にピカソを見せたら「私、ピカソになる!」といって困ったことがありましたが、子どもだからと言って、「これくらいでいい」という事はせず、大人と同様、なるべくなら「本物」を見せたり聞かせたりしたく、今も興味のある上の娘には、忙しくて電話する暇もないらしいですが、機会あれば、本場のイタリアオペラや、オーケストラのコンサート等探していこうと思っています。

大学2年の娘はもう、自分で歩きだしているので、なかなか2人でどこかへ行くこともなくなっていますが、私も病身の母とヨーロッパを2人で旅行したことは今だに良い思い出です。

 

子育ても人間づきあいも同じくらい大事に思っています。


 

 

 

 

 

 

長女も大学2年になり、下の娘も中学3年になりました。

自身にも色々なことがありましたね。
世の中も、テレビのニュースで、私が子ども、娘時代に比べれば、毎日情報過多で、毎日信じられない事件や事故、災害のニュースが報道されて、目や耳をふさぎたくなる日もありました。

でも、こうして、家族もそれなりに元気で暮らしていられるという事に幸せを感じています。

自分も若い20代の時のようには動き回れなくなっていて、

今後は、まだ考えるのは早いかもですが、下の娘も成人させ、いかに迷惑を掛けずに一生を終えられるか、なんて考えてしまいますがどうなりますか。

 

今年で自分のためにしているコンサートは9月に3回目を計画中です。9月14日に致します。

ショパンばかりを弾いて、ショパンのことを話しながら彼の生きた時代、彼の考え方に思いを馳せたいと思っています。

子どものころ、と言っても小学校高学年でしょうか、なんとなく、ショパンっていいなとロマンティックな雰囲気を気に入っていたこともありますが、大人になっても好きなのは何故なんでしょうね。

やはり、生身の人間が書いた音楽だなあと言うのは弾いていてヒシヒシと感じます。
それで、魅力的なんだと思います。

 

子どもにも夢中になれることを早く作ってほしいと思っています。

ピアノのお教室はドイツから帰国して数年経ったころからしておりますが、そちらのお子さんたちには、好きな音楽を見つけて欲しいなと思っています。
私はクラシックを学んできた人間なので、どうしてもそちらに偏りますが、たとえそうでなくても、最近は、米津玄師さんや、あいみょんさんの歌もいいなあって思っています。

 

その好きな音楽を自由に操れる、というか、好きな風に気に入った風に演奏できるように、そんなふうに習いに来た生徒さんがなってくれたら嬉しいです。

業界風に言えば、音楽的な演奏。テクニックはなくても、その方の音楽がにじみ出るような、やはりその方の音楽性が出ている演奏には感激する者ですね。それが小学生でもです。

お教室のホームページも古くから私のかかりつけの鍼灸師の方に作成していただいていたのが、手入れをしなかったお陰で大変なことになっていて、今年リニューアルしました。

よかったら、そちらにyoutubeなどもあるので、ご覧ください。
また、今までご無沙汰でしたが、そんなにしないうちに、こちらに近況やら、いろいろと書いていこうと思います。

東京都豊島区で「ハルモニークラングピアノ教室」を運営しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

ショパンシリーズ、第二回を無事に終了致しました。今回は、愛知県稲沢市のサロンで午前午後と2回、東京で1回、同じトークコンサートをさせていただき、とても勉強になりました。ショパンはすみれが好きだったそうで、菫色の壁紙を所望したり、イギリスから帰国の折にも部屋にすみれを飾っておいて欲しいと手紙で友人に書いています。
私の好きなアガサ・クリスティみたいに謎解きをしているような感覚で調べていると、へえ!って思うことがたくさんありますね。
来年は、ショパンコンクールもあり、映画も秋頃に公開されるみたいです。




 

​愛知県稲沢市で弾いた後、サロンの友人と石垣フェチの私は名古屋城に行ってきました。
中は公開されていた部分が少なく、天守は改築中でみれませんでしたが、やはり日本の色や室内装飾の繊細なデザインと技工が素晴らしく堪能してきました。
とにかく、石が重なっているのをみるのは、日本のお城だけではなく、世界にある石の重なっている史跡、石切場には興味があります。どうやって切り出し、運んだか。重ねる時の技術も。
重なり具合は、ずっと見惚れてしまう。




 

​次女のPTAで、半日保護者の旅行を計画して、書記をさせていただきました!結構PCの書類の整理は好きかもしれません。
勿論事務方の勤めをしたことないですから、専門に習ったこともありません。Googleドライブでがんばりました。
でも、最近のPTA、近ツリに頼むところもあるみたいですね。まさか、記念品も近ツリとまでは想像できませんでした。
大変でしたが、最後に美味しいお弁当を50名くらいで報告会をして、楽しいお喋りで締めくくりました。




 

​以前から、バロックダンスってどんな?小さな子にメヌエット、ブレーを教えるのにこれでいいんだろうかと思うことしばしば。実際に習ってみると難しくて、この年になってステップを覚えるのも難しく、音楽は頭に入ってくるものの、それに合わせて体が動かない💦
優雅なものかと思っていたら、結構難しく、ルイ14世?は足をこの形にして取るのは、自分がダンスが上手いと言うことを見せているポーズだそうで、知らないことが山とありました(汗)


なかなかもっと書きたい事はあったと思いますが、今年を締めくくるものとして久しぶりに写真も入れて書いてみました。


気になっていた。まだ蛍光灯のリビングの照明をいじったらば、スイッチが壊れてLEDに急遽変えることになったり、仏壇が家には2つあるのですが、下に敷いたテーブルクロスに誇りがかぶり、本当に久しぶりに、仏様の誇りを払ったり、台所の窓を拭いたり、普段気になるところを小掃除しました。
数年前から大掃除は、12月にしなくても、違う季節にしたっていいんだ!と自分なりに思うようにしました。

来年はどんな年になるか分かりませんが、年賀状もだんだん書かなくなりますし、歳とともに仕事も減ってくるのかなと思って、別のことに目を向けていかないとどんどん世の中から置いていかれそうな気分です。
でも、究極、生きていればいいんだと思うことにします。
またそのうち書きます。