ピアノが好きでずっときていたので、小学校時代も早く音楽のことばかり話せるお友達に囲まれて過ごしたいと、音楽の学校に行くことを夢見ていました。
まあ、でも大人になったら何になりたいかは、いろんな職業が通り過ぎましたよ。どれも非現実的でしたけれど。
ピアノの先生はありきたりで、俳優になりたいと思ったことも小さい頃はただ、テレビで出ている女優さんの美しさにほれぼれしてそう思ったのだと思いますが、看護師、客室乗務員なども頭の中に浮かんでスーっつと消えましたね。
でも、ピアノは一環としてぶれずに来たので、なかなか大人になっても決まらない人のことは、理解できないです。でも、なんでもできる可能性があるからなのかもしれませんね。私は、ピアノをとったら、何も雇ってもらえないかもと危機感を覚えた経験もありましたから。
娘もしじゅう(長女)、父親と議論しています。
私はこういう時、カヤの外。
まあ、家族の中で私は音楽畑で、一般を知らない異人的な扱いをされています。物言いもストレートだし、家族で話をしていても物音に敏感で何かの物音や、音をドレミに返還する癖があり、嫌がられますね![]()
でも、私は子供のころからクラシック音楽の好きな両親とそうでもない姉との間で育ち、音楽の良さを互いに楽しみながら会話していた家族で、音楽に依存していましたから、今でもその心地よさを求めるときがあります。
食事中やキッチンで料理するときに、ブラームスや、ショスタコービッチなどその時に応じて元気が出る音楽を流しながらというのが心地良い。
結婚当初、何もわからない夫には遠慮して、出産後も子育てで大変中、ちょっと聞きたくてもテレビが大好きな夫に遠慮していました。
でも、ある時、「子どもにもいいのよ、バイリンガルやトリリンガルも、2重に聞こえても頭に入るらしい」とか屁理屈をこね、食卓ではテレビのニュースが流れる中、私の座る席のテーブルでは、イヤホンではなく、携帯からクラシックを流していたり・・・
そんな風にストレス解消していました。
そうそう、長女の学校の面接で、副担任が「自分は1つのものにこだわって生きてきた人間で後悔しているので、娘にはいろいろなものに失敗してもいいからチャレンジして欲しい」的な発言がありました。
私は「、この人後悔しているんだあ」
私は全然後悔してない。と自問自答してしまいました![]()
娘に言うと、ママったら!!と叱られましたけれど。
ほんと、自分がちょっと外国にいたことがあるからって、強制はいけませんが、長女の学校選びの時から実は必ず全員カナダや、オーストリアなど海外研修のある学校に行ってもらいたいなと思っていました。残念ながら2人娘とも学校選びの際、そういうことはないようです![]()
自分が中3の時、受験が終わり音大付属に通うことになった時に、運よくその大学のヨーロッパ研修旅行の定員に空きがあるので行かないかというお誘いを受け、合格した友人2人と参加して、いきなり、春休みにヨーロッパ5か国の旅に行ってきてしまったのです。
それまでの私はかなり、ヨーロッパ志向だったので、嬉しく、親に出してもらえたお金でこんなに若い思春期に行けたことを、本当に贅沢で良い経験をさせていただいたと感謝しています。
中でも、パリでオペラ座バレエ団の「ロミオとジュリエット」をシルヴィ・ギエムとパトリック・デュポンで観られたことは、偶然とは言え、その後の私の音楽人生を広げてくれました。
今コロナで、世界中が困っています。
昔の話をするようになると、年を取ったなあと思います。
昨日私とひとまわり違うママ友さんを招いて自宅ランチをしましたが、私のリサイタルデビューポスターを見てびっくりされ、その年齢でママ友さんは既に出産されていたといい、私はまだ独身、親のすねをかじり、演奏会をして父が肺がんで亡くなった後で留学の後始末をしに行ったり来たりした頃の生活でしたから。
ちっとも1人前ではなかったのです![]()
若いママ友さんには、ちょっとした嫉妬、いやいや自分は外国を見てきたのだから嫉妬する身分じゃないよね![]()
まだ小4の次女をちゃんと責任持ち、一人前の大人に育て、我が家の片づけをして、もし余暇があれば演奏の精進かなあ・・・
体の衰えを感じるとともに、人生の半分を十分に超えたんだと思っています。
でも、もうそんな年になったんですね、正直実感しています。
そうそう、よく言う年をとるって、その人の本質が余計なことが削られ鋭敏に、または、濃厚になっていくのかなとも夫の姿をみたり、自分をみてそう思っています。
人生の先輩方!いかがですか?