皆様こんばんは。 



金曜の夜にしっぽりと、ChatGPTに人生の方向性について相談しておりました。


 その中で、
「そもそも、なぜ日本舞踊を始めたのか」
という話になりまして。 


綺麗な着物を着たいから?

誰か周囲で習ってる人がいたから?

親に習わせられたから?


全部違います。


実は私の日本舞踊の原点は、日本ではなくインドにあります。


 小学2年生の途中で、父の仕事の都合によりインド・ニューデリーへ渡りました。

 今から20年ほど前のインドは、停電もしょっちゅうで、インフラや衛生面でも日本とは大きく異なっていました。 


けれど子どもだった私の記憶に残っているのは、不便さよりも人や動物、文化との距離の近さです。


 遊びに来た祖母が
「戦前の日本みたいね」
と言っていたのを今でも覚えています。


 学校では北インド古典舞踊のカタックを習い、友人たちも習い事として当たり前のように古典舞踊を学んでいました。


 一方で自宅には、なぜか南インド古典舞踊バラタナティヤムの先生が来てくださり、ムドラーや基本ステップを丁寧に教えてくださいました。

 日本人の先生でしたが、ヒンディー語を流暢に話し、異国の文化を深く学び表現するその姿は、幼い私にはとても眩しく映りました。 


帰国後、私は少し不思議なカルチャーショックを受けます。 


「日本の文化って、意外と身近にないんだな」
と。

 茶道でさえどこか敷居が高く、日本舞踊や三味線に至っては、周囲に習っている人が誰もいませんでした。 


本当は、日本にいるなら日本の踊りを習いたい。 


そう思っていましたが、その願いは一度胸の奥にしまい込み、現実的な目標だけを追いかけるようになりました。


 転機になったのは谷崎潤一郎先生著の『細雪』でした。

あれは 地唄舞ではあり昔のお話ですが、日本舞踊文化が習い事で存在しうるものというのを知り、

 そして偶然にも引っ越し先の近くにお稽古場を見つけました。

 ようやく辿り着いた場所でした。


 今では、日本舞踊も三味線も私の生活になくてはならないものになっています。 (三味線は踊りの音を勉強するためにはじめるのですが)


そういえば、インドでお世話になったバラタナティヤムの先生にとって、私は最初の弟子だったそうです。


 もしもう一度お会いできるなら、 

「古典舞踊は続けていますが、分野を変えてしまってすみません」 

と謝るかもしれません(笑)。


 でも同時に、

 「先生が植えてくださった種は、こんな形で花を咲かせました」 

とも伝えたい。 


その日が来るまで(いや一生ですが)、技術も表現も磨き続けたいと思っています💃


↑インドで買ったバングル(腕輪)と謎の袋 踊りで辛くなった時はこれを見て初心に帰ります(笑)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました🙇