【Day85 2025.11.27 タリファ滞在二日目】
タリファの宿は快適だった。
トイレとシャワー、キッチンの水場が異常に清潔に保たれていた。
特にキッチンはバックパッカー宿にありがちな、冷蔵庫がもう誰の物ともわからない食材で埋め尽くされることがないよう、プラスチックの籠が山積みにされていて、各自それに入れるシステムになっていた。
ポストイットに名前を書いて貼った籠は冷蔵庫か棚に保管する。
同じ大きなの籠が整然と並べられているので、新参者もそれに従う。
非常に見栄えが美しく、乱そうという気にはなれない。
使った食器類はいつの間にか水切り台から収納棚に収められていた。
シャワールームも排水が溜まったり、カビや汚れがこびりついているということがない。
飛び散った水も気づいたらきれいになっていた。
一体、日に何回清掃は入るのだろう?
ベットルームでは一番奥の窓際の下段が割り当てられた。
たまたまだがラッキーだ。
閑散期なのか上のベットは空いていた。
全てのベットにきっちりと閉まるカーテンが取り付けられていて、プライバシーが保たれるようになっている。
荷物掛けがベット内部と外側二箇所にあるのもありがたかった。
ベット数も割には小さめではあるが、マリンスポーツの街らしくダイニングもおしゃれで、常にラジオ(?)から音楽が流れていた。
ワーケーションで来ているのか、日中はダイニングでパソコンと向かい合うお兄さんが二人いた。
海へも繁華街へも徒歩5分で行ける。
気候はよく清潔でおしゃれ、立地もよく宿代は安い。
ここなら長期滞在したくなる気持ちがよくわかる。
朝8時
朝日を見ようと、昨日買ったチョコデニッシュとヨーグルトと温かい紅茶を水筒に入れて海に向かった。
日の出前はまだ肌寒い。
天気は良いが風は昨日より少し強い。
宿から一番近い海辺にベストスポットを発見していた。
それは見晴らしのよい海辺のレストランなのだが、この時期はオープンしておらず、テラスを作るのに木の板で組まれた2、3段の階段が、腰を落とすのにちょうど良い高さになっていた。
おまけに、レストランの少し手前の海側にはポツンとひとつだけ可愛らしいオレンジ色のベンチがあった。
自分がそれに座っても良いし、テラスの段差から誰かが座るそのベンチ越しに海を見るのもなかなか良かった。
日の出前なので人は少ない。
私は誰もいないそのベンチに座った。
日の出は期待していた海からではなく、右奥の山から昇った。
それでも雲ひとつない空の下、遠浅の白い砂浜と驚くほど美しく輝く穏やかな青い海を見るのは心地よかった。
犬の散歩の人、早速シースポーツを楽しむ人はちらほらだ。
ベンチでのんびりしながら日記の整理をしていると、釣り道具を持ったおじさんが現れた。
おじさんは私に“そのままで”と言ってベンチの脇に荷物を置き、釣り糸の整理を始めた。
私は携帯の画面に集中したかったのだが、おじさんはお構いなしに私に話しかけ続けた。
このレストランは数日前に休みに入ったこと、自分はこの近くの海が見える家に住んでいて、二人の息子がいること、そのうちの一人は有名(?)なミュージシャンであること、飼い犬のヒメナは息子が小さい時に拾った犬で、ヒメナという駅で拾ったからその名前をつけたと言うこと。
釣り糸の整理に二時間くらい掛けていただろうか。
おじさんは自分のタスクが終わると、”君は良い人だね“と言って、たまたま荷物のなかにあった子供向けみたいなピンク色のビーズのブレスレットをくれた。
おじさんが去っていき、私も日記の更新を終えると一旦宿に戻って、そのままコインランドリーに向かった。
あと数日を乗り切るのに最後の洗濯をしたかった。
天気は良いので手洗いでもいけそうだが、干し場が室内なのが不安だった。
明日は歩くのでどうしても乾いてほしい。
お金が掛かってもコインランドリーを使うことにした。
ありったけの服を洗濯機にかけてその間に買い物を済ませ、もう一度ランドリーに戻った。
今度は乾燥機がかけ終わるのを待っていると、隣のおじさんは乾燥機にかけていた布団(?)の中身が飛び出してしまったらしく、乾燥機を開けると小さなスポンジが大量に溢れかえっていて、大変なことになってしまった。
あたりを覆い尽くす黄色いスポンジの山である。
仕方ないので私も回収を手伝った。
全く、なんで目の前でこう言うことが起こるのだ。
洗濯を終えると宿で遅い昼食を済ませて、また海に向かった。
レストランのテラスの階段に座り込んで動画の編集をしながら夕陽を待った。
その頃にはベンチも埋まり、テラスの階段には別の人も座り出した。
夕陽が沈むと人々は一斉に散っていったが、替わりに一人のギターを持ったお兄さんが現れて美しい音色を奏でてくれた。
日が沈むと一気に冷える。
もう海には居られないので、少し飲みにバルに寄った。
この二日通っているバルである。
今日の接客はいつものおじさんではなく、別のお姉さんだった。
冷えたので赤ワインを頼んで隅の方の席に着いた。
携帯をいじりながら赤ワインを啜っていると、”シー!シーだよね?“と声を掛けられる。
こんなところで誰が?と思うが、それは一昨日おじさんに連れていってもらったレストランで会ったお兄さんだった。
少しおしゃべりして、またねとお別れする。
留まることなくずっと歩いてきた。
しかし留まれば、こんな風にだんだん人間関係が築かれていくのだろう。
小さくて穏やかで美しいこの町で、ゆっくりと過ごすのも悪くない。
歩き終わったら、そんな風に過ごしたかったはずだ。
しかしそう気づく頃には、明日は歩くと決めてしまった自分がいる。
全く、なんでこんなせっかちな性格なんだ。
明日の朝は早い。
ワインはこのくらいにして、パッキングを済ませて早めに寝よう。