【Day88 2025.11.30 マラガ→マラガ国際空港 10km】
タトゥーの矢印が消えてしまうという夢を見て、深夜に目が覚めた。
タトゥーの近くに小さな傷ができて、無意識にそれを引っ掻いたとき、一瞬、タトゥーを傷つけてしまったのではないかと焦った。
多分、それが影響したのだろう。
夢だったのかとわかるとすぐにまた眠りについた。
私は矢印を失うことが怖いのだ。
朝、シャワーを浴びると機内預けにしたいものと、手持ちしたいものを分けてパッキングをする。
イスタンブールを経由するフライトは夕方5時40分。
早めに行ったとしても午後3時に着けば十分だろう。
市内から空港までは30分程度だ。
午後2時に町を出れば十分間に合う。
昨日のバストラブルで時間でなくなってしまい、お土産を買い損ねてしまった。
カテドラルと昨日見て美しかった教会に寄ったら、最後にスーパーでお菓子などのお土産を買おう。
それでそのくらいの時間になるだろう。
チェックアウトを済ませるか否かは悩んだが、途中で帰ってくるのも煩わしく思い、結局バックパックを背負ってアパートメントの部屋を出た。
肌寒いのは分かっていたが、最終日の今日はタトゥーの矢印をいつでも見られるようにしておきたくて、用意したタイツは履かずに歩き用のショートパンツで外に出た。
アンダルシアに帰ってきて初めての雨だった。
と言ってもガリシアのような大振りではなく、傘をささずとも歩ける程度だ。
短パンでもそれほど寒さは感じない。
初めの頃は一刻も早く降ろしたいと思っていたバックパックも、今は背中にあるのが当たり前に感じる。
ベゴが”バックパックは私の身体の一部なの“と言っていたことを思い出した。
カテドラル、昨日行った教会と回ってみるが、日曜でいずれも入れなかった。
またタバラでもらったメッセージカードを思い出した。
問いの答えは教会にではなく、自分の中にあるのだ。
私はそのことを知っている。
特にこの旅で私は多くの問いを持った。
その答えは遅かれ早かれ、自分の中から浮かんできた。
私はそれが正しいという確信がある。
なぜならこの旅は他の誰でもない、私の物語なのだから。
それは人生でも同じだ。
教会が開いていないとすると、あとやることは買い物くらいである。
早めに空港に向かおうか。
そう思いマップを開いた。
空港近くにスーパーがある。
市街で買っても荷物になるだけなので、ここで買うか。
このスーパーに向かうには...
経路検索すると公共交通機関で30分のとなりに、徒歩で2時間と出てきた。
2時間、8kmか...
歩こうか...
まだお土産は買っておらず両手は空いている。
幸い時間もある。
このバックパックを背負って一昨日は33km歩いたのだ。
たった8kmを歩かない理由はない。
私はマップを確認して歩き出した。
膝の矢印が、歩こうと言っているような気がした。
約3ヶ月前、マラガに降り立った日も市内の宿まで歩いてみた。
今、その道を今度は空港に向かって歩いている。
あの日より足取りは軽い。
夫に「空港まで歩いてます。歩きバカだ」とLINEを送ると「アホや」と返ってきた。
本当にバカでアホである。
左手に海を拝みながら私は歩いた。
マラガの海も遠浅だ。
長い長い白い砂浜の奥に広い広い海が広がっている。
その上を一面にグレーの雲が覆う。
こんなに広い雲が存在することに私は驚いた。
雲を透した太陽の光は弱く、海はグレーに淡いグリーンを混ぜたような色だった。
波はほとんどなく湖のように静かだ。
太陽の直下の水面だけがその光を受け取って、キラキラと輝いていた。
この旅を終えて明日には日本に着く。
今はもう、そのことを肯定的に捉えていた。
この旅で出会った面々はそれぞれの道に戻り、それぞれの歩みを始めている。
私も私のベースである日本で、私の道を頑張りたい、そう思うようになっていた。
次にみんなと会う時に恥ずかしくないように、前より素敵だなと思ってもらえるように。
英語とスペイン語を勉強して上達したい。
いつでも歩けるよう身体を整えたい。
十分な旅ができるようお金を貯めたい。
日本でこんな仕事したんだよと胸を張って言えるような仕事がしたい。
10年前にカミーノを終えた時は、ただただ絶望だった。
私はカミーノに恋をしたが、それは一方的な思いで、カミーノは決して振り向いてくれない、初恋のようなものだと思った。
矢印を失ってしまったと思った。
その思いは断ち切れず、10年間も恋したままだった。
しかし今、この旅を最後まで歩かせてくれた。
そしてオスピタレラになることと、アルカシラスから始まる次のカミーノ、Camino de Esprechoを歩く夢を見させてくれたカミーノは、少しだけ私の思いに答えてくれた気がする。
今、私の矢印は、私の中にあると感じられる。
私は3ヶ月前より少し自分に自信を持って、日本の地を踏むことができるだろう。
スーパーで買ったたくさんの食材と、この旅で得たたくさんの思いを抱えながら、約3ヶ月前に降り立ったマラガの空港のゲートを潜った。