【Day87-2 2025.11.29 アルヘシラス→マラガ】
11時発のマラガ行きのバスに乗り、日記を整理したり動画を編集に集中しているとあっという間に2時間半が過ぎた。
到着予定時刻はあと40分ほどだ。
海沿いに大きなドームを有する大聖堂らしき建物と、美しい建造物が建ち並ぶ如何にも歴史のある町を通る。
マラガからアルヘシラスまでにこんなところあったのか。
今度ゆっくり訪れてみたいなとgoogle mapを開いて驚いた。
私はマラガと全く逆方向の町、カディスにいた。
あと40分でマラガに戻れるとは到底思えない。
バスはすぐにそのカディスという町の停留所に着いた。
残り少なくなっていた乗客全員が降りる支度を始める。
私は慌てて運転手に聞いた。
“このバスはマラガに行かないの?“
”マラガ?ここで終わりだよ“
首をすくめてそう言われた。
やってしまった。
”マラガに行きたいんだけど“
”あそこのチケット売り場で確認するしかないね”
バスのトランクルームから荷物を受け取ると、私はすぐにチケット売り場に向かった。
幸い20分後、2時発のマラガ行きのバスがあった。
到着は7時だという。
これから5時間かけてマラガに向かうのか。
予想外に時間を喰うことで一番困るのはスマホのバッテリーだった。
電源が切れたらマラガに着いてからどうしようもなくなってしまう。
バスに電源がないことはこれまでの乗車でよくわかっていた。
私はトイレから出たところのプラットホームが見える位置に電源プラグを発見して、そこでチャージを始めた。
こんな時ばかりバスは早めに到着して、乗客も乗り込み始めた。
運転手に私も乗りますと手を振って、発車3分前にバスに飛び乗った。
最初からおかしいなとは感じていたのだ。
アルヘシラスからマラガには東へ向かう。
地中海は右手に見えるはずなのに、海はなぜか左側に見えた。
そして最初の停留所はタリファだった。
マラガに向かうどころか、西に戻っていた。
それでも私は疑っていなかった。
バスの行き先掲示板はマラガになっていたし、乗る時運転手にチケットを見せて確認したのだ。
出発時刻もぴったりだった。
一番時間をかけてマラガに向かうバスだったので、ぐるっと回ってマラガに行くのだろうと楽観的に考えていた。
それがまさかそのまま真反対に進んでいたとは。
カディスという町。
一体、この町はどの辺りなのだろう地図を確認して笑ってしまった。
それは昨日歩いたCamino Estrechoの終着地Puerto Realから飛び出した島のような地形だった。
私はCamino Estrechoの行程を一気に進んで来てしまったのだ。
海沿いに進むその道と、おそらく並行するであろう高速道路から景色を眺める。
どこまでも果てしなく続くと思われるような何もない平原と青い海。
いつかこの道を歩く日が来たら、今日のことを思い出すのだろう。
そんなことを思いながらふと空に目をやると、白い半月がウィンクして笑っているように見えた。
ベゴにしてもサイモンにしても、こちらの人はさりげないウィンクが上手い。
まさか月からもウィンクされるとは。
午後7時
無事にマラガに到着した。
辺りはもう暗い。
11月に入ってからどの町でもクリスマスイルミネーションの街灯を見かけていたが、それが灯っているところはまだ見たことがなかった。
ベゴによればどの街も概ね、昨日から点灯するのだという。
マラガもその町の一つだった。
クリスマスの街灯で華やかに彩られた久しぶりの大きな町のマラガは、嬉しそうに行き交う人々で賑わっていた。
宿に向かいながら私は今日の事件を思い出して笑ってしまった。
帰国前日にやらかすことになるとは。
しかしドラマも物語もない旅なんか、面白くもなんともない。
神様のお遊びや、天使のいたずらもドンとこいだ。
そもそも脚本を書いたのは私なのだ。
安心して演じ切ればいい。
その波を乗りこなせばよいのである。
それは人生も同じだ。
今日、Facebookに藤井風さんが子どもの頃(?)に書いたという文集の写真が表示された。
その中の「みんなへ」と書かれたメッセージが心に響いた。
「人生は一本の映画。
どんな舞台設定でも、どんなストーリー展開でも、いつも冷静に、決して恐れずに、善い主人公を演じ切って、天国でアカデミー賞をもらいましょう」
一体、この人は人生何回目なんだ?
チェックインを済ませて荷物を置くと、私はすぐに繁華街へ向かった。
マラガのクリスマスイルミネーションは有名で、音楽に合わせた点灯イベントがあるよとベゴから聞いていた。
調べてみると午後6時半、8時半、10時と日に3回開催されるようだ。
今からだと8時半の回がちょうどいい。
繁華街に近づくに連れて人が多くなり、メイン通り以外もさまざまなクリスマスイルミネーションが点灯されていた。
それは本当に華やかで美しくて、そして暖かかった。
混むと聞いていたのでまっすぐ会場に行くつもりが、あまりの美しさに誘われるままに通りを徘徊してしまう。
8時過ぎに会場となるメイン通りに辿り着いた。
中央の広場には大きな大きなクリスマスツリー、そして広場から150mほど走るメイン通りに飾られたイルミネーションは圧巻だった。
私はたまたまスペースの空いていた、両傍に置かれた大きなスピーカーを支える柱の土台に腰をかけた。
土台は私の腰のより少し上の高さがあり、チビの私は立っているより高い位置からイルミネーションを見ることができる。
真正面ではないがベストポジションだ。
開始時間が近づくに連れて人が増えていき、始まる頃には動けないほどになっていた。
8時半ちょうどに始まったショーはスペイン風の音楽で始まった。
それは私が想像していた、厳かだったり、ロマンチックだったりするものではなく、かなり明るいスペインらしい陽気な音楽だった。
みんなも音楽に乗って身体を動かす。
まったくこの国にはかなわない。
いつだって私のメンヘラを吹き飛ばしてくれるのがスペインだ。
みんなの楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうな表情に、私も心の底から満たされた気持ちになった。
”よく歩いたね“
派手に点灯するイルミネーションが、この旅をそんな風に祝福してくれている気がした。
私はスペイン最後の夜をこんな風に迎えられたことに、心から感謝した。