【Day87 2025.11.29 アルヘシラス→マラガ】
朝9時を過ぎると私は教会に向かった。
散々迷ったが11時発のマラガ行きのバスを予約していた。
宿とバスターミナルは目と鼻の先だが、念の為10時半にはターミナルに着いた方が良いだろう。
残された時間はそう長くない。
今日も快晴である。
それほど寒くはないが空気が澄んでいるのか、町が輝いて見えた。
改めて、アラビックとヨーロッパが融合された町だなと感じる。
街並みも人の雰囲気も他のヨーロッパとは違い、なんて言うかもう少し、生活感が漂っている感じだ。
教会に入ると一人の男性が携帯を見ていた。
こういう人が教会の関係者だとタリファで学んだ。
私は翻訳機で“教会の関係者ですか?”と尋ねて、クレデンシャルにスタンプが欲しい旨を伝えた。
男性は私を教会裏の部屋に連れて行ってくれたが、ドアは鍵が閉まっていて中には入れなかった。
どうやらこの男性はこの教会の信者ではあるが、直接の関係者ではないらしい。
男性は中庭を抜けてさらに奥の事務所のようなところまで連れて行ってくれたが、事務所受付に人はいなかった。
男性は貼り紙を指差して、この時間しか開いていないんだ、というようなジェスチャーを示した。
貼り紙には“18:00-19:30”の文字が。
それは昨日、訪れた時間ではないか。
何度もごめんねと言ってくれる男性にこちらも“non, sorry”と繰り返して、もう一度教会の講堂に戻った。
私はFrancigenaの出発地で購入したオリーブの木でできたクロスを握りながら、またこの地に来れますように、そしてその時にはスタンプが押せて、新たな旅を始められますように、と祈った。
目の前にはキャンドルが並んでいた。
ろうそくに願いを込めたいが、いずれも火が付いていない。
その時、ウェストポーチにライターを入れていたことを思い出した。
タバコを吸うカーリーンに、パラサントを焚きたいからライターを貸してとお願いしたら、そのまま持って行きなさいともらったのだった。
先ほどの男性に火をつけてもよいか確認してから、私は本日第一号のキャンドルに火をつけて、先ほどと同じことを祈った。
そしてその写真を撮ると”It’s for me!”というメッセージを付けてサイモンに送った。
彼は彼の人生を歩み始めているはずだ。
もう私の祈りは必要ない。
教会を出ようすると正面の大きな門の扉に書かれた文言が気になった。
向かって左側の扉には「FIDES」、右側の扉には「SPES」と書かれている。
二つの言葉はアルケミストに出てくるウリムとトンミムみたいに、ツイになっている気がした。
その意味をchatGPTで調べるとそれはラテン語で
“fides:誰かを信じること、約束を守る心、信頼関係
spes:未来に対する期待や前向きな気持ち、希望”
という意味だった。
約束、
希望、
“次の物語まで、またね”
そう送り出されたような気がした。
教会を出ると、目に前にこの町で初めての黄色い矢印を発見した。
その方向に従うとすぐに小さな教会に辿り着いた。
中に入ると一人の女性がいる。
思い切ってまた“教会の関係者ですか?”と聞いてみた。
女性は答えてくれたが、この教会にスタンプはないという。
足掻いたところで開かない扉は開かない。
それは次の物語のものなのだ。
小さな教会を後にすると少しだけ海を望んだ。
そこは大きな港になっていて、巨大な商船と思しき船が並んでいた。
アルケミストに出て来る町のイメージは、小綺麗でマリンスポーツが盛んなタリファより、この町の方がしっくりくる。
しかし、私はこの町のこと何も知らない。
宿に戻ってバックパックを背負い、バスターミナルに向かった。
少し時間があったので最後のカフェ・コン・レチェをしようと行きすがら見つけたバルに入った。
Algecirasというこの町の名がついたバルである。
トースティーヤにトマトソースがとても美味しそうだった。
しかしバルはすごい混雑ぶりで、提供には時間がかかりそうだ。
私は諦めてターミナルに向かった。
この町でやり残したことが沢山ある。
クレデンシャルにスタンプをもらうこと。
商船が行き交う海をじっくりと眺めること。
この町の名がついたバルで、トマトソースのトースティーヤとカフェ・コン・レチェを頂くこと。
それは次の物語にとっておこう。
そしてその前に、帰ったらアルケミストをもう一度読もう。
そんな思いを胸に、私はマラガ行きのバスに乗り込んだ。