長くなったので2話に分かれています。
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【Day43 2025.10.16 グリマルド→ カルカボソ 30km】
昨夜、サイモンからはおやすみというメッセージが入っていた。
朝、おはようとメッセージを入れると、おはようというテキストと一緒によくわからない自撮り写真が送られてきた。
彼からの写真はいつもよくわからない。
私も送ってみようかと自撮りしてみるがどうも上手く撮れない。
もっとかわいかったらよかったのに、と思うと同時に、何をやってるんだ47のおばさんが、と自分にツッコむ。
まあ、ゆうてもサイモンも歳はそれほど変わらない。
今日は20km先の町のアルベルゲに予約を入れていた。
昨日、熟睡したせいか早くに起きてしまった。
準備もほぼ済ませていたため、予定の7時より45分早く出発した。
昨日は小さな集落に泊まっていたので、すぐに街灯はなくなった。
満月の時はライトなしでも歩けたのに、三日月になった月からの灯りは乏しい。
ヘッドライトで足元を照らす。
いつもとは違う生暖かい風が吹いている。
空を見上げると、弱い月光に照らされた薄い雲の切れ間から星が輝いていて、幻想的な世界を創り出していた。
昨日は8kmしか歩かなかったせいか、足の調子は極めて順調だった。
なんだか何事もなかったかのようにさえ思える。
もしかしたら、失ったあの黄色い矢印バッチが痛みを引き受けてくれたのかもしれない、そんなことを思った。
しかし、最後の最後の芯の部分は、お前次第だよと言わんばかりに時々疼く。
はいはい、忘れていませんよ、と足に語りかける。
歩きながらこれからのことを考えていた。
この先、38km宿がない区間がある。
一昨日の33km越えと、この38km区間をどうするかがサラマンカまでの難所と言われている。
あまり先の行程を考えずに来たが、実はここから30km先にその区間が迫っていた。
昨日、ペンションのオーナーと話していて知ったのだ。
オーナーは言う。
オプションは二つ。
一つは途中で迂回ルートに入り、二日に分けて20km弱+27km強を歩く。
もう一つは19kmほど歩き、宿にピックアップしてもらって、ピックアップ部分はスキップして残りの14kmを歩く。
もちろん、38km一気に歩くという選択肢もあるが、今の私の状態でそれは、現実的ではないだろう。
問題は明日だった。
今日、20kmの町に泊まると明日は必然的に38km宿なし区間手前の10kmの町でストップすることになる。
サイモンの計画を知ってしまった今、時間を持て余すことをしたくなかった。
その時間、ずっと考えてしまうことは目に見えている。
なんでもっと早く言ってくれなかったんだという思いが増す。
彼は事ある毎に、ゆっくり進んでいるから、とメッセージを残した。
少し前から決めていたのではないか。
私が呑気に洗濯物の写真なんか送っているから、言わずにいられなくなったのだろう。
だいたい、残されたTシャツとパンツはどうすればいいのだ。
カミーノマークのTシャツはまだしも、パンツは本当に扱いに困ってしまう。
それになんて言うか、私だけかもしれないが、やっぱり心のホックのようなものが引っ掛かったままのような気がした。
それを解かなければ、一生引っかかってしまう。
満月の日に絡まってしまったホックは、次の新月あたりで解く必要があるのではないか。
余計にこんがらがってしまう可能性もあるが、預かり物を返さないことには始まらない。
そんなことが頭に浮かぶ。
昨日は諦めていたが、できる限り追いつきたい、そう思い始めていた。
矢印を失ったあの日、カサレスで私は必ず届けると約束した。
あの時は足が動かなくなったらどんな手段を使ってでも渡しに行こう、そう思っていた。
今、足は動く。
だったら、できる限りのことをしたい。
ダメならその時、考えよう。
10kmほど歩いたところで足の調子は順調だった。
今日はあと10km程度。
お昼前後に着くだろう。
もう少し先まで行こうか?
そんな考えが頭に浮かぶ。
目的の町の先には5km先に町があり、アルベルゲではないは宿もある。
時間もあることだし、5km先なら問題なく歩けるだろう。
残りの5kmは38km宿なしゾーンと合わせて考えればよい。
そう思って宿の予約ができるかチェックすると、5km先の町の宿はすでに満室だった。
ああ、やはり20km先の町でストップするしかないか。
しかし足の調子は快調で、どうしても先の町まで行くことを諦められない。
追加で10km歩くか?
急に30kmは無謀だろう。
せめて昨日から準備していれば。
自分との葛藤が続く。
みんな直観に従ってとか、足に聞いてとか言うが、どうすれば良いかそんな簡単にわかったら、苦労などしないのだ。
結局私は正午までに今日の目的の町に着いたら、先まで歩こうと決めた。
もちろん、今までのペースの歩きと休憩した上で。
午後の時間を悶々と過ごすくらいなら、歩いていたかった。
町に着いたのは、ちょうど12時だった。
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つづく