エンシナス・レアレス→カブラ 35km
昨日から歩き仲間にマラガ在住のベゴが加わった。
去年マルセルと別の道で出会い、この土日と次の金曜から二週間、マルセルと一緒に歩くのだという。
スペイン人の彼女の身長は私と同じくらいでかなり小柄である。
年齢は少し上といったところか。
何よりも快活でチャーミング。
誰にでもオープンで、明らかに素敵な人だった。
私への配慮も事欠かない。
何をするにも話すにも、屈託なく仲間に入れてくれた。
80歳のマルセルのお世話もさりげない。
できた人とはこう言う人だ。
マルセルが横になるベットにベゴが座る。
楽しそうに雑談する二人の間には、私が入ることのできない、共有する歴史がある者ならではの仲の良さが伺えた。
田舎町に安宿や巡礼宿がそう多くあるわけではない。
私たちは今日も同じ宿を予約していた。
一緒に出発してもよかったが、私は先に宿を出た。
今日は35kmの長丁場である。
午後3時からは暑くて歩けない。
自分のペースを考えるとこんなもんだろう、という時間に出発した。
ちょっとのんびりしていればすぐに追いつかれるに違いない。
他にも心底楽しそうな二人の邪魔をしたくなかったし、まだ少しベゴとの距離感がわからなかった。
昨夜会ったばかりだと言うのに、なにしろ完璧なのだ。
それは多分、嫉妬でもあっただろう。
道中、自転車に乗る上半身裸の男の子が話しかけてきて、しばらく一緒に歩いた。
地元の高校生くらいの男の子だった。
楽しく会話しつつも、警戒心は解かないように気をつけた。
若いとはいえ、何があるかはわからない。
男の子は一通り話したいことを話し、聞きたいこ聞き終えると自転車に乗って去っていった。
なんだか急にマルセルとベゴが羨ましくなった。
誰かと一緒に当たり前のように歩けること。
その相手のことが大好きで、一緒にいることが楽しいこと。
警戒心が必要ないこと。
ふと、私も誰かに会いたくなった。
あわよくば一緒に歩きたい。
初対面という警戒なくして歩ける人と。
急に思い立ってカルロスに連絡をした。
彼は去年、ローマの巡礼宿であったスペイン人だ。
みんなで二日間飲んだくれた。
これからも連絡を取り合おうとWhatsAppを交換していたのに、それっきりになっていた。
スペイン人の彼ならどこかで合流してくれるかもしれない。
“元気?その後どうしてた?
私のこと覚えてる?”
今、カミーノ・モサラベを歩いているよ”
カミーノを示す黄色い矢印の写真と共に送信する。
既読になるとすぐに返信があった。
“もちろん、覚えているよ!
どこから出発したの?
僕は来週からカミーノ・プリミティボを歩くんだ。
その後、カールに会いに行こうと思ってる。
彼のこと覚えてるかな?
ほら、ローマの宿で一緒だった…“
時間を感じさせない返答が嬉しかった。
一方で、一緒に歩いてくれるかもなんて淡い期待があっさり吹き飛んだことに、勝手ながらショックを受けた。
こんな急な話、当たり前である。
もっと早くカルロスに連絡しておけばよかったと思った。
そしたら私もプリミティボを選んで、一緒に歩けたかもしれない。
結局、マルセルとベゴには会わず私は宿に着いた。
街場から少し離れた宿は大きなレストランを併設していて、一階のレストランは一般の観光客で賑わっていた。
案内された宿部分の2階には、2段ベット3組を収めた部屋が3つほどあった。
ドアは開けっぱなしでまだ誰もチェックインしていないらしい。
広いフロアにポツンと一人、シャワーと洗濯を済ませていると急に悲しくなった。
こんなに広い宿では、マルセルとベゴとすれ違ってしまうかもしれない。
ここ数日、歩いた後のビールはいつもマルセルと一緒だった。
今日はどうしよう。
なんだか重い気持ちで洗濯物を干し終えて携帯を見ると、ベゴからメッセージが入っていた。
”どこにいるの?下で飲んでるよ!早くおいで”
ビールグラスを手にする二人の笑顔の写真付きだった。
“すぐ行く!“
慌てて階段を駆け降りる。
それから私たちはいろんな話をしながら、笑ってビールを飲んで食事をして、三人同じ部屋に収まった。
こうやって同じ時間を共有して、お互いの歴史が作られていく。仲間になる。
そう、カミーノはこうやって始まるんだった。
これでいいんだった。
出会いのぎこちなさを受け入れないければ、何も始まらない。
隣の部屋には新たな巡礼者が現れた。
オランダ出身の色の白い男性だ。
“君、ポーランドの巡礼者と会った?彼が言ってたよ、アジア人の女性が歩いているって。”
初日に会った男性はどうやらポーランド人だったらしい。
明日には、また新しい出会いが待っている。
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