アンテヘラ→ ビジャヌエバ・デ・アルガイダス 25km
朝6時25分。
まだ暗いうちから大きな荷物を背負って、誰もいないホテルのフロントに鍵を置く。
日の出は概ね2時間後。日本のイメージでは朝4時半と言ったところだろう。
外に出ると驚くほど空気が冷たい。
昼夜のギャップは恐ろしく激しい。
掃除業者の人やバルの店員。
それぞれの朝を迎えるために街にはポツポツと人がいた。
中には何をしているのかよくわからない人も。
なるべく元気に“オラ”と声をかける。
おおよそ興味もなさそうに“オラ、ブエノ”と返される。
明かりが灯るような地域はすぐに抜け、閑散とした細い舗装路に入った。
ヘッドライトなしには歩けない。
サインを見逃さないように最新の注意を払い、別れ道では必ずマップを確認する。
ここで道を間違えたら最悪だ。
相変わらず真っ暗で人気もない。
静まりかえっているので、時折り交差する車の音に敏感になる。
こんなところで襲われたらどうしよう?
怖くない訳ではない。
早く明るくなることを祈る反面、いつまでもこの時間が続いてほしいとも思う。
頭上には満点の星空と日に日にかけていく月。
世界が起き出す前のこの空間を、独り占めしたような気分になれる。
この時別な時間が、私は好きだ。
やがて前方の山のシルエットがはっきりしてくる。
さっきまで深い紺色に包まれていたのに、その色がグラデーションを帯び、東の空の地平がうっすらオレンジに染まる。
もうすぐ日が昇る。
日が登るとあとは時間とこ勝負だ。
午前中の涼しいうちに距離を稼ぎたい。
イタリアの生い茂るようなオリーブ畑とは異なり、かなり間をあけて等間隔に植えられたオリーブ畑の間を永遠と歩く。
丘の上に立つと、赤茶色のなだらかな丘が広がる広陵とした大地が一面に見渡せた。
まるでどこかの惑星に置いてきぼりにされたみたいだ。
雲ひとつない真っ青な空には、ギラギラと輝く太陽だけが激しい存在感を示す。
あの空の先には宇宙が広がっている。
そんな当たり前のことを実感する。
午後3時。
無事にアルベルゲ(巡礼宿)へのチェックインを済ませ、身支度を整えると腹ごしらえに外に出た。
暑い。もはや熱いと言うべきである。
日差しが強いなんてもんじゃない。痛い。
肌が焼けるではなく焦がされているようだ。
一刻も早くバルに入りたいが、この時間はみんな活動しないのだろう。
人通りもまばらで大方のバルは閉まっていた。
やっとテラスで賑わう人影を見つけ、中を覗く。
黒板に書かれたメニューを頼めるか確認すると、無愛想なおじさんが大丈夫だというような仕草を示した。
おじさんオススメの鰯と生ビールを注文して、私もテラスの木陰に腰掛ける。
木陰の内と外では天と地ほどの差がある。
最初にビールとおつまみのオリーブ漬けがやってきた。
身が厚いオリーブとパプリカの塩漬けはしっかりと浸かっていて柔らかい。
ニンニクとハーブとスパイスが効いていて、旨みがぎっしり詰まっている。
濃いめの味が生ビールに最高に合う。
続いて鰯とサラダが大皿に乗って運ばれる。
粗塩のみで味付けされた熱々で大振りの5匹の鰯は、油がのっていて驚くほどふっくら。
トマトとレタスとコーンとにんじんのサラダはシンプルなビネガードレッシング。
恥ずかしいほど綺麗に皿を空けた。
カットされたパンは少量の塩にオリーブオイルに浸したり、オリーブの汁を吸わせたり。
ああ、美味しいと感じる豊かな時間だ。
灼熱の太陽なんてなんのその。
テラスの木陰で最高の食事するための、いいアクセントにすら思える。
食事を終えて宿に戻って一息つくと、マルセルがビールを飲みに行こうという。
昨日、私がご馳走したから気を遣っているのだろう。
時刻は夕方6時。
外に出るとまだ日差しは強いが、傾いた太陽で日陰が多くなっていた。
人々も外に出始め、バルもポツポツと開き始めた。
一番近くのバルのテラスに座る。
キンキンに凍らせたグラスにガリシアの缶ビール。
おつまみは乾いた塩味のポップコーン。
グビグビと喉を鳴らし、プハーっと最高の安堵の表情を見せた後で、マルセルが言った。
une bière à la fin de l'étape pour moi, c'est la preuve que Dieu existe. Oui oui
“歩き終えた後に飲むビールは、神様が存在する証拠だ。”
私も全く同感である。
今日もビールがうまい。
BGMにはコールドプレイのビバラビダが流れていた。
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