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私たち3人は,私のフライトの時間ぎりぎりまで,
ピザ屋で存分に楽しんだ。
「さあ,荷物を置いてくつろいで。
日本で彼女がお世話になるんだ。
今日は僕がご馳走するから,なんでも食べてね。
私たちの故郷は,なんでも素手で食べるんだ。
だから,君も今日はそうしてね。
そうだ,手を洗っておいてでよ。」
「手で食べるのは大丈夫よ。
インドにも行ったことがあるもの。
そもそも,ピザだしね。
来る前にトイレに行ってきたし,
ナプキンもあるから手洗いは大丈夫よ。」
「そうか。それはよかった。
そうそう。
さっき航空会社から電話があって,君の使ったクレジットカードの有効期限のことを確かめられたんだ。
勿論大丈夫だって言ってしまったけど,確認してもらってもいいかな?
カードを見てもらえる?」
「もちろん。」
私は荷物からお財布を取り出し,カードの有効期限を確かめた。
勿論問題はなかった。
「大丈夫よ。」
「良かった。」
今度は彼女が興奮気味に言う。
「ねえねえ。今日はすごい出会いになったわよね!
私,本当にうれしいわ!
絶対に,私たちの故郷のセブにも来てね。」
「もちろん!」
「セブはいいよ。
本当に素敵な島なんだ。
みんな家族で・・・。温かくて・・・。
そうだ!今日はお祭りだったね。」
「そうよ~。」
「みんなで集まって,ごちそうを食べて,お祈りをするんだよね。」
「そう!願い事を唱えるのよね。
そうだ!
私たちは今日はセブに居られなかったから,一緒にここでお祈りをしない?」
「それは名案だ。」
「いいわよね?」
「もちろん!どんなお祈りなの?」
「水を使ったお祈りよ。教えてあげる。
水・水・水・・・
うーん,ここではできないわね。
一緒にトイレに行きましょ。」
「ああ,行っておいで。」
「わかった。」
彼女の後を付き,私もトイレに立った。
トイレの洗面台で,彼女は不思議な仕草をした。
蛇口をひねり,水を出す。
それから,
左手で掬った水を器用に左手のひじから下にかけ,
今度は右手で掬った水を左手にかけた。
これを7回繰り返しながら,願い事を繰り返すのだという。
「あなたの願い事はなに?
このお祈りは本当に効くわよ!
出産?」
彼女は笑いながら,私の脇を肘でつついた。
「違うわよ~」
と,私たちは長らくトイレでふざけあったのち,
席に戻った。
「もう,行った方がいい。」
しばらくすると口火を切ったのは従弟の彼だった。
すっかり日は落ちていて,
確かに,フライトのための出発の時間が近づいていた。
私は彼女と深いハグをして,
”メールする,次は日本でねっ”と言葉を掛け合って別れた。
ホテルの方向に向かって私は歩き出した。
と同時に,一応,念のため,
とお財布を確認した。
あるはずのカードがなかった。
振り返ったが,二人の姿は既になかった。
---つづく---