しづりん絵日記 -2ページ目

しづりん絵日記

もがけばもがくほど深みにはまる。世の中を斜に構えつつ、平和に生きよう。

   どこぞで大炎上していた「建築の日本展」を、遅ればせながら見て来ました。



  これだけの大規模な網羅的な建築展は未だかつて見たことがなく、色々と考えさせられるものがありました。(誤解を恐れずに言えば)南條さんと藤森さんと倉方さんという建築界の傍流的な人達によるキュレーション、かつ民間の美術館だからこそ思い切ってやれた建築展なんじゃないかと言うのが正直な感想です。

  9つのカテゴリーの導入部、つまり起承転結の起から、結への繋がりが突拍子がなく、なんというか、雑誌でいうところのPR広告記事的な印象がありました。かつて大学時代に建築デザインの授業で名作の系譜の中で突如としてその大学教授の作品が挿入される「違和感」を思い出しました。


  つまり、起承転結の起と結だけが最初から決まっていて、途中の承と転の繋がりがやけに強引に感じてしまうというか。逆に「起承転」まではいいれけど「え、なんで結がそうなるの?」というか。それがPR広告記事に似た違和感、あるいは予定調和的な印象があったのだと思います。

  例えば田根剛さんや成瀬猪熊さんへの「繋がり」が見つからない(たしかに集まって住むんでることに違いないが何故彼らなのか)。あるいはRC Rやジョンポーソンと日本との繋がりが唐突過ぎるというか。彼らをどうにかしてねじ込みたかったんじゃないかという邪推(あるいは「民間的」な誘導というか)が拭えないのです。

  とはいえ、私はこれをやり切った価値は確実にあると思うのです。「建築の日本展」という、ある意味「大それた」建築展は、大真面目なアカデミック界では絶対に出来なかったと思うのです。アカデミック界であれば「あれがないからダメ」「それを入れるならアレもいれるべき」となり、それらが膨大な量となって、全然まとまらず、完成できないであろう事は容易に想像できるからです。彼らが知っている事の範囲というか、好みというか、ある意味でかなり偏ったセレクションであるものの、エイやとやり切ってしまって、世の中にメッセージをどーんと出してしまうのは、やっぱり凄い事だと私は思うわけです。

  岩田厚さんの記事にもあるように(意図的にかどうかはわからないけれど)ポストモダンがすっぽり抜け落ちてたり、あるいは並べて見れば明々白々の中国建築の影響が抜け落ちているものの(先に書いた「承と転」が抜け落ちているものの)、やり切ってしまう事にこそ、価値があると思うのです。

  東京オリンピックのメイキングビデオを見て思った事は「ゼロから作っていた時代」の深みというか、深く勉強をする態度というか、そういうゼロからつくる事に思いを馳せる事が、今の時代には必要だと思うのです。モジュールについてのライゾマの展示を見ても、大量生産の黎明期のプレファブや電話ボックスのモジュールへの深度や真剣さと比べて、現代の建築に関わっている私達の真剣さがどの程度あるのか、考えさせられるものがありました。


   ネットに溢れている、ピンタレストなんかから「それ風」のデザインを参照して、ちゃちゃっと「それ風」のものをつくってしまう、現代の作り手へ警告でもあるようにも感じました。

  つまり「本当の建築」に現代の建築家がどれくらい触れているのか?そんなメッセージを私は受け取ったわけです。待庵の原寸展示がまさにそれで、ホンモノの待庵には滅多に入れないけれど、それを体験出来ることだけでも、この展示には価値があるように思います。




  そして私が思いついたのは、批判も含めてこれら9つのテーマを「僕ならこの導入部から帰着点に対してこの系譜も入れる」とか「この導入部からならここへ帰着する」といった、あらゆる「僕の9つのテーマ展」「建築の日本展のつづき」をやったら面白いと思いました。そんなわけで建築界の人々が、どう感じたかを話し合う場が広く持たれる事を期待しています。

  かなり散文的かつ稚拙な感想ですが、備忘録的に書いてみました。出たばかりという「図録」を読んで、もう一度整理してみたいと思います。

  倉方さんとまたどこかで話してみたい。南條さんも訪ねてみようと思います。

仕事=つまらない、遊び=楽しい、っていう二項対立は大昔に終わったと思うんだ。


遊ぶために会社を辞めなきゃいけない会社なら、その会社は近い将来になくなってるよ。断言したっていい、ホントにそうなるよ。


死ぬほど働かされてるって文句のひとつ言いたくなったなら、働く場所を変えちゃえばいい。腹が立つほどの好天の休日に、粛々と仕事やってる人達がいることを、おっさん達はたぶん知らない。


そういう人達が一番給料が高いんだからさ、笑えるよね。「日本なんて滅んでしまえ」って思ってもバチは当たらないさ。


だけど、そんなおっさんのことはどうでもいい。他人がどんな人生を選んでも私には関係がない。私が重要視してることはただひとつ。「楽しく仕事する」それだけだ。


どうしてもやらなきゃいけない事があるなら、日向のある場所で思いっきり太陽浴びて、ピクニックしながら仕事したらいいよ。


それをケチつける人がいるような会社なら、いますぐ三行半突きつけて辞めちまえばいい。今時、売り手市場で、いくらでも行く先はある。無職になることはあり得ない。みんな人を探してるから。意味のない不安なんかサクッとすっ飛ばして、好きなところに行けばいい。


だけど、建築って仕事は修行だから、産みの苦しみを乗り越えられないようじゃ、ダメなんだぜ。建築は産みの苦しみがハンパがないから、最高に面白いんだ。そして気づいたら夢中になってる。


ねぇ、知ってる?遊びが仕事で、仕事が遊びの境地に達したら、何もかもが、フローの体験になって、ミラクルが起こるんだよ。


他人のリア充も、タワゴトも、仲良しごっこしてる友達も、マジでどうでもよくなるんだ。それで友達がぜんぶ居なくなったところで、そんなのは最初から友達でもなんでもない。せいぜい断捨離できたと喜ぶべきだね。


マジでイケてるやつに「実は友達が少ない」のは、そういう理由からなんだよ。同じように何かに夢中になってる人は、何かに夢中になってる人には会いたいけれど、どうでもいい綺麗事や付き合いに時間を使う事が嫌なんだ。そんな事に時間を使うくらいなら「ゆっくり寝たい」って思ってる。だから、そういう人同士は会った瞬間から意気投合する。会えばすぐにわかるから。


建築はもちろん、大金が動くから、利権とか、見栄とか、成果とか、法律とか、新技術とか、評価とか、なんやかんや、山ほどの難関がある。


そういう連続した難関を突破していく「日々の行動」を通じて、みんなちゃんと見抜いてるんだ。

「困った時に本当に助けてくれる人は誰なのか」ってことを。で、心の中で思うわけ「この人は信頼できるな」とか「二度と組むことはないな」とかね。


建築はチームワークだから、誰とチームを組むかは、何よりも重要なファクターなんだ。


ちょっとばかり有名だからとか、組織の中で安泰だからって、一生安泰とは限らないんだよ。

みんな、あんがい「背中」を見てる。


で「ホントに大博打に打って出る時」に声を掛けるのは、意外な「あいつ」だったりするんだよね。


初めて「内藤廣の功罪」を感じた気がする。


それは「渋谷」の話じゃない。「土木」の話だ。


まず前提として、土木学科はあくまで土木関係者を育てるところであり、建築学科はあくまで建築関係者を育てるである。


建築家内藤廣は「土木のデザインをよくしたい」から土木学科で教えていたのであって、「土木学科出身者でも建築家になれるようにしたかった」わけじゃない(はずだ)。内藤廣に接したことで建築に目覚めたならば、「真正面」から「建築学科に転部」すればいいだけだ。


あるいはその後、土木学科(ホントは違うオシャレな名前がついてるが敢えてそう言う)内藤廣研究室出身者が内藤廣事務所へ行き、実務で建築に携わり続けたなら、やがて立派な建築家となるだろう。結果、一級建築士を取るに至るような行為は、至極自然で真っ当な行為だ。


しかし、ちょりっと建築を「かじ」って、建築家内藤廣に「触れ」た程度で、わりとお勉強が出来るからという理由だけで一級建築士を取っちゃったとしても、建築は出来るようにはならない。それはあまりにも「建築というプロフェッショナル性」をバカにした行為だ。


内藤廣は建築家として魅力的過ぎるがゆえに、土木学科出身者なのに、「オレ内藤廣さん知ってるというだけのペーパー一級建築士」を増産する片棒を担がされてしまったのである。(そのことに気づいてるかどうかは本人に聞いてみないとわからない)

「一級建築士をとったから建築が出来る」などという烏滸がましい発想は、現場で夜中まで大量の図面と戦っている「真の建築士」への冒涜である。徹夜で建築の隅々まで考えて、メーカーを順番に呼んで相談し、あらゆる建築物を自腹で見に行き、現場にフィードバックし続ける建築家という仕事を、「ペーパー一級建築士と同じに出来ちゃう」なら、資格があることが返ってキケンを招く。いますぐ「一級建築士」の資格の在り方を変えるべきである。


建築は泥臭くて時間がかかる。行政との摂政や、台風に地震に春一番に大雨に大雪に、あらゆる自然現象に耐え、分厚い法規と戦って、新素材とディテールに挑戦し、お金をゲットして、図面をつくりまた、現場でそれらのひとつひとつクリアしてようやく完成する。


一方で、その泥臭いところを一切やらずに「誰かに丸投げ」することは、「学生時代のお絵かき」とまるで変わらない。建築学科を出た程度の知識で「いきなりCMをやる行為」も似たようなものだ。大学出たての「アマちゃん」が、現場も知らずに口先三寸で「百戦錬磨の設計事務所のベテラン」を「指導する」など、100年早い。「おとといきやがれ」「寝言は寝てから言ってくれ」ってな話だ。


似たような話で、建築が完成した途端に(あるいはコンペに勝った途端に)、登場する「手柄上司」もまた、似たような行為である。部下に丸投げして、雑誌掲載や受賞作になった途端にワラワラとバブル感よろしく溢れ出てくるあの「手柄野郎」のことだ。


何故みなそれほどまでに「やってもいないこと」を「やった」と言いたいのだろう?やってない事を「やった」ということは、「出てもいない映画に出たという事」と一緒だ。


つまりそれは「うそ」である。「うそつきは泥棒のはじまり」だ。小学生でも知ってる。


一方で、何故ゆえ「もっとも尽力した人」の名前を入れないのだろう?いちばん頑張った「あいつ」の名前を、よくも平気で削除できるものだ。プリツカー賞をとったRCRのプロジェクトの名前リストを見てみるがいい。それらのプロジェクトには「関与した全てのひとの名前」が明記されている。


何故みなそれほどまでに「手柄」が欲しいのだろう。その欲深き行為が、どれほど「滑稽」で「醜いか」を一度立ち止まって考えてみた方がいい。


紙切れ一枚(土木学科出身の未経験な一級建築士)が、建築設計を出来るかのごとく振る舞い、知りもしない事に偉そうに口を出し、やりもしない事をオレがやったといい、誰かの努力と下支えに労いの言葉もなく、「オレアレ詐欺」な人達。


しかしながら彼等は全く想像出来ていない。あらゆる「今は無名な存在」、つまり「私」であっても「君らを選別する立場」になりうるということを。


自らチーム組成できる立場において私は、これら「手柄野郎」は絶対にチームに入れない。地球がひっくり返っても入れない。泣きつかれても絶対に入れない。


一方で私は、どれほど無名な駆け出しであっても、有能な人はチームに積極的に招き入れ、彼等の名前を明記する。


それが、私のこの「クソくだらない社会」への細やかなる抵抗である。