「戦争犯罪者、それは勝者が決定するものだ。」東条英機・本当の姿。大東亜戦争を考察。 | ~ 真昼の夜空 ~ 星はいつでも、あなたの中にある

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自分を理解し、他者を知り、過去・現在・未来を見つめる。
西洋占星術やタロットから得られる可能性を見つめる。

 

 

ちょっと、私の祖父ににてるな(笑)

 

 

 

 

何百年もの間、アジア諸国というのは

白人キリスト教国に植民地支配をされてきました。

 

第二次世界大戦前のアジアを考えてみても

米国列強に植民地とされた国々ばかりです。

「アジアは白人から支配を受けていた」

と言っても、大袈裟ではないでしょう。

 

しかし、アジアで植民地にされることなく

独立主権国家として存在していたのは

日本、シャム王国(タイのことです)ネパール

などでしょうか。

 

 

第二次世界大戦。

などどいわず、大東亜戦争。と

日本人ならちゃんと呼んで下さい。

大東亜共栄圏が、かわいそうだ。

 

 

突然ですが、以下は戦後

上院軍事外交合同委員会での、マッカーサー

本人による発言です。

 

 

「太平洋において、我々は彼らを迂回しました。

我々は包囲したのです。

日本は八千万人に近い厖大な人口を抱え

それが四つの島の中にひしめいているのだということを

理解していただかなければなりません。

その半数近くが農業人口で

あとの半分が工業生産に従事していました。

 

潜在的に、日本の擁する労働量は量的にも質的にも

私がこれまで接したいずれにも劣らぬ

優秀なものです。

歴史上のどの時点においてか

日本の労働者は、人間は怠けているよりも

働き、生産しているときのほうが

より幸福なのだということ

つまり労働の尊厳と呼んでもよいようなものを

発見していたのです。

 

これほど巨大な労働力を持っているということは

彼らには何か働く材料が必要だということを

意味します。

彼らは工場を建設し、労働力を有していました。

しかし彼らは手を加えるべき原料を

得ることができませんでした。

日本を絹産業以外には、固有の産物が何もないのです。

彼らは綿がない、羊毛がない

石油の産出がない、錫がない

ゴミがない、その他、実に多くの原料が欠如している。

そしてそれら一切のものがアジアの海域には

存在していたのです。

 

もしこれらの原料の供給を断ち切られたら

一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを

彼らは恐れていました。

従って、彼らが戦争に飛び込んでいった動機は

大部分が安全保障の必要に

迫られてのことだったのです。」

 

 

つまり、アメリカに石油などの資源を止められた日本は

自衛のために戦争を余儀なくされたのだということを

マッカーサーも告白しているのです。

 

日本人や在日

この日本国で生まれ育った多くの人達は

正確な近代史を教わっておらず

所謂「自虐史観」を親や、学校教育から

当然のように植え付けられてきました。

家庭によっては、屈折した反日教育を受けて

染まってしまった「被害者」もいるでしょう。

 

「日本は悪いことをしたんだ」

「日本は自分から戦争をしたくてして

負けるのにアメリカに攻撃して

挑んでいった挙句

無条件降伏をしたんだよ。」とか

「日本は朝鮮を植民地支配したんだ。」

 

などなど、たくさんありますが

まあ、この辺が代表でしょうか。

子供たちに、絶対に教えてはいけない欺瞞です。

一番肝心な部分を、故意に抜き取っている。

その上で、日本が無能で阿呆だったのだと

悪かったんだと教えるんだから、悪意に満ちている。

わたし式に言わせると、これは空洞教育です。

知れると都合の悪い史実や真実のみ

スポイルして「教えてたぞ」というのは

真の教育ではないだろう。

これでまともな愛国心や民族性が育つわけもない。

その様に「狙った」教育なので、当たり前の結実ですが。

その上での、現在の日本国の惨状ですから

笑えない。

教育がいかに大切であるか、国の根幹であるか

ということを私は述べています。

(安倍晋三はこの教育の改革から

まずは手をつけていってくれた唯一の人ですが、殺された。

東条さんも愛国心の強い方ですが←まあ純血はみんなそうだが

殺されました。よほど愛国心の強い日本人は邪魔なのだろう。

国を潰し、乗っ取るときには

その国の人間や文化をまずは壊す、奪う、否定することから始まる。

インディアンを皆殺しにしたように。)

 

 

靖国神社の帰りに、少女に語り掛ける東条。

靖国=とは「国を安泰にする」という意味があります。

反日のアホが靖国のことを「戦争神社」「悪魔の神社」

なんて言ってたから、これも書いておく。

 

 

政治は水商売のようなもの?

一人の軍人が、一国の最高責任者へ

 

私が東条さんのことを面白い人だなと思うのは

彼はもともと政治家なんか目指していたわけではなく

抜擢されても「水商売の教育は受けていない。

なんて、言ったそうです(笑)

頭いいなと思いましたね。

 

彼は政治の世界は人気どりと妥協が不可欠の

水商売のようなものだと、揶揄したわけです。

しかしそんな東条さんも、当時の人事は天皇陛下の任命で

決まりますから、逃げられない(笑)

(当時の首相は近衛文麿。杉山元は自分の方針を忠実に守り

板垣征四郎を牽制できる人間を陸軍省次官に

就かせようと画策していた。)

 

東条英機のことを

「野心家で最初から総理大臣を目指していたような男だったから

A級戦犯になったんだ。」

などと、無教養で阿呆なことを言う者がいたので

これも、書いておく。

 

先述の通り、東条氏いえば、A級戦犯極悪人。

日本を戦争へ誘導した悪魔の男。

のように言われておりますが、まったく逆で

彼は戦争を回避しようとしていたし、極悪人なんて

とんでもないですよ。

例えば彼の側近の佐藤賢了によりますと

 

ある日、妻が急性盲腸炎に罹り手術代が必要になったと

中尉が佐藤に相談しに来たという。

佐藤にもそんな大金はないので上官で

連隊長だった東条の家を訪問。

東条さんは妻の勝子に何か耳打ちをすると

勝子は風呂敷包みを抱えて外出。

妻が戻ってきたあと、東条は金を貸してくれたそうです。

 

東条は妻、勝子の着物を質に入れて金策し

部下のピンチを救ったわけですね。

極悪人がこんなことをするでしょうか?

「現代の上司」がこんなことをしてくれるでしょうか?

人情味があったのです。

 

階級

旧日本陸軍

大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐

大尉、中尉、少尉

曹長、軍曹、伍長、上等兵、一等兵、二等兵。

 

 

細かい事を気にする性格と行動

 

妻の勝子と東条は、妻子を残し、3年の留学を命じられたときも

任地のドイツから303通に渡る手紙を交換しあっているくらい

筆まめで、愛情深い人です。

(まあ、彼は大変なメモ魔でもあったが…。

几帳面なのですね。食料の配給調査でも

自らゴミ箱を見て回ったとか(笑)

東条さんは、チャハル作戦の頃に初めて戦地で

指揮を執ったが、このとき世界遺産も守っている。

雲崗石窟は、有名である。

彼が「一切触れてはならぬ。」と命令しなければ

文化財や貴重な遺跡は壊されていただろう。

彼がした判断のお陰で、のちに世界遺産となっている。

 

戦争で犠牲になるのは、何も生き物だけではない。

子子孫孫まで残しておきたい貴重な文化財

歴史的な価値のあるものまで、灰燼に帰すわけですから

このような配慮を戦時下においても行うことのできる方が

本当に悪魔なのかと、思いますね。

東京裁判で、頭後ろから叩かれたときの顔を見てもね(笑)

 

彼は息子の英隆に子供が生まれときには

産院でその誕生を待機。子が産まれると突然姿を消し

何事かと思えば、胸いっぱいに

デパートで孫のために買ったプレゼントを抱え帰宅。

陸軍大臣に就任したときには幹部を集めて

「家庭での悩み事は私に相談に来るように」とまで呼びかけた。

東条さんの結婚は25歳だが

妻の勝子と、気の強い母親・千歳との間に勃発した

嫁姑問題には、かなり悩まされてきた男なのだ(笑)

 

その経験もあり、彼は家庭内の和を

かなり重視していた。

まあ、日本は「大和の国」ですからね(笑)

 

大きな、和。を大切にする国です。

聖徳太子の十七条憲法でも

「和をもって、尊しとなす」とあるでしょう。

本来はそういう民族性である。

 

その日本人の文化、家族制度までも

潰してやろうとする動きが悪質化しているのが昨今である。

戸籍制度も、邪魔なのだろう。

家族の絆や

民族的アイデンティティさえも奪おうとする。

 

 

 

 

戦争の天才、石原莞爾は東条とは犬猿の仲とも言えるが

東条は5歳年下の彼に、少しは嫉妬もあったのかもしれない。

国民から英雄視されていたし

実際、私も石原さんはすげえと思う。

でも、「東条こそ銃殺されるべき者だ。」発言は酷いと思う(笑)

言い過ぎである。

石原を激怒させた「戦陣訓」だけでなく

予備校編入の屈辱を根に持っているのかもしれない(笑)

 

 

私は時々思うのです。

本当の戦犯って、何なのだろうと。

人が人を裁く、というのは、どいういう事なのだろうと。

 

人が裁くのではない、法が裁くのだ。

 

という意見もあるかと思うのですが

その「法」を作っているのもまた

 

人間なのです。

 

 

東条さんは、そんな私にこう回答します。

 

「戦争犯罪者、それは勝者が決定するものだ。」

と。

 

この言葉は1945年(昭和20年)9月10日に

アメリカの従軍記者との会見で

「戦争犯罪者については」と質問されたときの回答です。

終戦後のわが身が、どのようになるか

先を見据えての、達観しきった発言です。

昔の日本人は、、、、、、、。

つらいですね。

ゴチャゴチャ言い訳したり、命乞いをしないから

簡単に殺されるのです。

 

 

 

広島、長崎への原爆投下は

わたしに言わせれば、明らかに

「戦時国際法」の違反です。

 

過去にも当ブログで少し触れましたが

戦争というのは戦闘員同士で戦われるものが

普通で、丸腰の何も持たない

武装もしてもいない一般の民間人を殺傷すること

まして原爆という、当時まだ世界で誰も使ったこともない

体験したことのない

未知の核兵器を

何の罪もない、そこで普通に生活していた

日本人、朝鮮人を始めとした外国人にも

投下したんですよ。

たくさんの無実の動物たちも犠牲になりました。

 

核を使う。

それは、反則です。

 

私は格闘技好きなので、格闘技でちょっと例えてみますが

対戦相手と自分に体重15キロの差があって

相手はグローブの下に鉄製のやや棘のあるナックルを仕込んでおり

しかも今回の対戦相手は三人いる。

相手はみんな、スタンガンも持っている。

自分は何もない、ノーマルでね。

 

 

勝てますか?

 

勝たれへんやろ(笑)と思うんですよ。

つまり、まともな試合(戦争)ではないし

ジャッジ(東京裁判)もデタラメ。

アメリカは勝戦国だ!日本は敗戦国だ!というけどね

丸腰の民間人をあれだけ大量殺戮に至る

原爆(核爆弾)なんか使うのは、勝った勝ったって

 

それ、反則勝ちです。

 

本当の勝利と言えるのか?

よく考えて欲しいですね。

サムライはそんな卑怯なことをしないのだ。

だから負けたとも言える。

堀越先生の零戦だって、一対一で戦おうとしても

アメリカは数の原理でくるので、そりゃ負ける。

(一対一なら、負けませんよ。)

 

従って

正常な国際軍事裁判としてあの東京裁判を見てはいけません。

 

このことを、学校教育で

ひとつも教えないのです。

当たり前です。教えられるわけがない…。

だからと言って、子供たちに自虐史観を植え付けて

洗脳してはいけません。

それは教育ではなく、反日教育という。

 

本当の戦争犯罪、真のA級戦犯は東条英機ではなく

対日戦争を目論見、仕掛けた

ルーズベルト、チャーチルでは?

(あ、スターリンもね。)

 

原爆を投下したとされるアメリカは

誰もまともに裁かれていないんです。

おかしいよね。

原爆は陛下による指示で、地上起爆説

というのもありますが、これは何とも言えないし

私個人としてはウソだと思う。

南方熊楠のようなド平民に

あのような思いやりを傾けてくれた陛下が?

ちょっと想像できない。

原爆投下の罪を陛下に擦っているのでは?

 

 

東京裁判自体が「事後法」←後で作られた法律で裁く裁判

であること、罪刑法定主義に反するとして

無効であると、指摘したバングラディッシュ出身の

インドのラダ・ビノード・パール

 

以前にも少し書きましたが

パール判事です。

 

 

彼は「アメリカによる原爆投下命令こそが

人類に対する罪として断罪されるべきだと。

正論を述べてくれました。

 

邦訳で1219ページにも及ぶ彼の判決書は

GHQに握りつぶされ

一般に知れ渡ることはなかったのですけどね。

 

 

功二級金鵄勲章

(これは現在は、東京九段の靖国神社に奉納されています。)

在りし日の東条氏の胸に飾られていた勲章。

初代天皇、神武天皇が河内国(現在の大阪東部)の豪族

長髄彦の軍勢と戦ったとき

神武天皇の弓に金色に輝く「鵄(とび)」が止まり

その輝きに恐れをなした敵が降伏した。という神話にちなんだデザインです。

※これは一級から七級まであるそうです。

 

 

 

東条さんは「一切語るなかれ。」を

家族への遺志として、巣鴨プリンズで死んでいった。

 

昔の日本人の潔さ、ある種のサムライ精神を感じてしまうが

あまりにも気の毒ではないか。

 

歴史研究家の秦郁彦氏は

東条がスケープゴートたることを

十分に承知していて、甘んじで全責任を引き受け

刑死した。その代わり国民の恨みつらみは

彼の一身に集中」したのだと…。

 

笹川の自著

「巣鴨日記」によると

天皇に累が及ぶことなく

罪を一身に引き受けるよう(東条を)叱咤した。

ともある。

東条は笹川の助言に、そのつど喜んだというが…。

 

開戦決定の責任は内閣閣員及び統帥部の責任であり

絶対的に陛下のご責任ではない。」と述べた。

 

こうして、マッカーサーは天皇を起訴しないことを

正式に決定するに至った。

 

代わりに、東条英機は、絞首刑となる。

 

 

 

今ははや 心にかかる 雲もなし

心ゆたかに 西へと急ぐ

 

 

 

死刑にされた東条英機さん

辞世の句です。

 

 

 

 

 

 

 

東条英機

戸籍に記された誕生日

12月30日は、正確ではありません。

正しくは、1884年(明治17年)7月30日です。

 

 

・陸軍大学入学 1912年   28歳(太陽期

・バーデンバーデンの会合 1921年  37歳(火星期

・チャハル作戦 1937年   53歳 (木星期

・太平洋戦争突入 1941年 57歳(土星期

・東京裁判開廷 1946年   62歳 (土星期

 

各自

トランジット研究等々にお役立てください。

ホロスコープは後日貼り付けます。

 

 

◆上記以外の参考文献◆

「東条英機と天皇の時代」

「正義を貫いた東条英機東京裁判供述書」

「日本の100人」「秘録・石原莞爾」

「にっぽんのヒトラー」

「語ることなかれ」

など。

 

 

私は日本人として、この国のゆく末を案じております。

「ずっと、戦後なんだ。」

と、思わざるを得ない。

 

表面的には、幸せそうに安全そうに装っていますが

最近はそれさえ崩壊してきています。

日本ほど危ない国もないのではないか。