shiz-7のブログ

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70歳の記念に始めてみました。
日本カウンセリング学会員で社会福祉士です。
結婚前は、東京大学宇宙航空研究所勤務。子育て中は、くもんの教室を15年、男女平等推進センターの相談員、社会福祉法人に20年勤めました。
今は毎日が日曜日。日常雑感を書いています。

地震、台風、大雨、、6月は不安な一ヶ月だったような気がします。

先のことはわかりませんが7月も無事に日々が過ごせますように。

忘れないうちに主な公園の思い出を。

 

 

林試の森公園

昔、林業試験場だったため、日本で初めてスズカケノキが植えられたのだそうです。

立派なスズカケノキを見るならここですね。

カラスがなにか大きなものを一緒件目持ち上げようと努力中でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、都内の公園には、こうして樹木医の診断を待つ木がたくさんあります。

 

 

 

 

 

 

 

文庫の森

国文学研究資料館跡地(旧三井文庫)がコンパクトな街の公園となって活用されています。

江戸時代から続く豪商三井家の戸越の別邸内に事業史編纂室が移ったのは大正期だそうですが、

書庫と事務室を新築して三井文庫としたそうです。大きな戸越公園の近くにあります。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砧公園

 

 

 

 

 

 

さっき降り止んだ雷と夕立、1時間ほどで止み、青空とムッとする熱気が漂っています。

梅雨入りして、ぼんやり過ごしていたのが、大きな雷と稲光でハッとしたような気分です。

 

 日本は四季ではなく二季になるという記事を読みました。 2024年11月6日の三重大学生物資源学部の立花義裕教授へのインタビュー記事です。

この先どんどん暑くなるという、あまり嬉しくない記事でしたが、食料の自給、インフラ整備など急がないと、と今更ながら心配しています。

 

 

2025年12月29日の記事もあります。怖くなりますね。まだできることがあるのでしょうか。

 

 

 

6月の過ぎた三分の一、蘆花恒春園などに出かけました。

すてきな花の小径を見つけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山梨の友人が今年も手作り梅酒を送ってくれました。

毎年これで暑気払いをしています。大変美味です。

 

梅酒だけでなく、

いちごも終わりに近くなったので、クリームにまぶしてたくさんいただきました。

 

こうして安心して普通の生活を送れていて感謝です。

平和憲法を盾に国が平和でありますように。

 

 

いつもの砧公園

 

 

 

いつもの新宿駅、

 

 

工事が続く西口周辺、大変化中の西口バス乗り場、

賑わう南口

 

義母の一回忌、母を見送り、白内障の手術をして、、一年は慌ただしく過ぎました。

 

一年前の今日は、初めての駅に降りて、ピット昴で「フツーの生活 長崎編」を観たのでした。

素晴らしい内容に圧倒され、笑ったり泣いたり、、帰りに、演出の北村総一朗さんにご挨拶ができて握手もしていただき、感激したことをよく覚えています。

あれから一年、

反戦の思いも虚しく、世界も日本も危うい選択をしているようにみえます。

国を治める人々が揃って言う「みんなが平和を求めている。そのために戦うのだ」

ということは間違っていると思います。

武器を捨てなくては話し合いになりません。

まず、人を殺さないという選択をしてほしい。

 

新緑と花の季節に、この自然の恵みに感謝しつつこの風景を守り、普通の生活を守りたいと思います。

シャクナゲと芍薬   神代植物公園にて

 

 

 70年以上前に新しいもの好きの父が初めてテレビを買って以来、私はすっかりテレビ大好き人間でした。その頃は1日中放送していたわけではなく、放送局も少なく、NHK第1と第2と山梨放送の3局だけ。それでも、近所の人たちも見に来て縁側に座って一緒に、白黒の顔面に見入った記憶があります。以来60年近く普通にテレビ番組を楽しんできました。

やめたのは2011年です。恐ろしい津波の映像が繰り返され、その後はなんとなくうさんくさい広告ばかり,, もういいと思いテレビを捨てて視聴料分は復興に寄付して来ました。

 

替わりに家で起きている間はラジオをかけるようになりました。

深夜放送が楽しくて毎晩午前3時頃まで夜更かしして聞いていた中学・高校の頃を思い出しました。ところが、古希を越えてからその深夜放送が耳にうるさく感じ、聞きながら寝落ちできなくなりました。

 

こんどは、YouTubeなどで朗読を聞きながら寝ることにしました。

よく眠れるのはシャーロックホームズや半七捕物帖プロジェクトなどの朗読です。京あゐ堂さんという人の声で、上手で聞きやすい声です。

 

何度も聞いたので、たまには他の朗読を、、、と思い、ふと、絵柄が可愛いファンタジーものを聞いてみました。

 

驚いて眠けも飛びました。

「しんがりした、どうかお待ちください」

「へいした おゆるしください」

???

ストーリーは、ほとんどが「虐げられた心清い人が、立派な美しい人に救われ、2人で幸せになる」という単純なものなので、安心して寝落ちするはずが、、、

 

何度も「がんく」が続くと気になって、「頷く、と読んで!」と頼みたくなります。

ヘンなためいきを何度も漏らすのは「、、、」の場所らしい、よほど読めないと「フォンチャン?」とか、中国語らしき発音で読んでくれて、もう何を聞かされているのか、、、

 

 

> るいまれなるおあにさま、おあねさまは、いつもがわにいるとあおった。

「おはらがすいた」としょうさくいうと、おおきなきのぜんてのはおどりじが、ゆれた。

 

眠気も吹っ飛びますよね。

この誤読された元の漢字を脳内で当てはめるまで眠れなくなるかんじ。

 

> 類稀なるお兄様、お姉様はいつも側にいると仰った。

「お腹が空いた」と小さく言うと大きな木の全ての葉々が揺れた。

 

 

なるほど、このAIは、下という漢字は全部「した」で、「か」や「げ」とは読まないのね。ほかには「もと」としか読まないAIもいます。「々」を「おどりじ」と読むくらい物知りなのに熟語が読めないんだ、と妙な安心感・優越感を持ったりしておかしくなります。

 

今や、文学、絵画、音楽だけでなく様々な分野で活用されている人工知能が、著作権や、論文の真偽や、フェイクニュースなどで、人の権利にたいして脅威になりつつあります。

しまいには戦争に関わり、人類の脅威になることでしょう。

 

この先人間はどんどん負けるのでしょうか。鉄腕アトムのような正義の人工知能と、悪の手先の人工知能。ある日、AIが人間を超えて世界の脅威になるのでしょうか。

 

畢竟、人工知能は、作った人間のありようを上回ることはないのでは?と思います。

希望的観測とともに、

設計する人間の知性、感性、価値観が、誰もが普通に暮らせる安心な地球を目指すものであってほしいと思います。 

平和な人間社会と、真に賢い人工知能の未来を夢見て目は冴えるばかりです。

 

今年も、ご招待いただいて新世紀展へ。都美術館へ長女も付き合ってくれました。

友人は、今年も大きな賞を受賞、長年の画業をちゃんと見極めてくれる目があることが頼もしいです。私も一緒に誇らしい気分になります。

 

この新世紀展も70年とのことで、設立時の会員の作品と資料も拝見できました。

どのような会かとホームページを見ると、

 

 ようこそ 新世紀美術協会へ!

 絵画・版画   本会は 流派・画風・なんの制約もなく、 常に あしたの絵画

『 造形的 』 創造 を志向し、 清新で 意欲的な 絵画空間の樹立 を 期しています。

 

新世紀美術協会は、昭和30年3月、 われわれの仕事を近代の歴史の流れの中に位置づけるため、 和田三造、川島理一郎、大久保作次郎、吉村芳松、柚木久太を中心に結成されました。

 昭和31年5月、公募第1回展を東京都美術館において開催。 

 

と、あります。

 

美術を志す方が応募できるところとして高名なところでは、 

日展(日本美術展覧会)

二科展(二科会)

院展(日本美術院)

独立展(独立美術協会)      

などがありますが、新世紀展はもっと敷居が低い感じです。

また東京都美術館では、都展(東京都美術館公募展)として独自に公募しています。
 
広い会場を埋め尽くす絵画作品に圧倒されます。日曜美術家でも、本格美術家でも、世の中には沢山の方が絵を描き、造形し、その思いを作品をしあげているのだ、、と。
こうして発表の場を得て、それぞれの作品も又、見る人の心に波紋を広げるのですね。
 
 

カフェ・アートで一休み。チーズケーキがおいしいです。

 

この時期、公園内では、いつも「さつき展」が開かれていますが、規模はちいさくなっていました。最盛期は、広場全体がさつき展だったこともあります。

 

マルシェとして花卉販売、多くはお土産品販売のほうが規模が大きく賑わっていました。

 

 

 

帰宅して、知人にいただいた黒ゴマ米せんべいをパクリ。

オレンジ色のは、ピーナッツ入りのヌガーのような甘いおかしでした。

黒ゴマ米せんべいは、ベトナム土産ですが、物知らずな私は、内心、てっきり「鍋敷き」だと思ったのですが、、、、ナイショです。

大きくて丸くて厚みがあって軽くてしっかりしていたので、、、

 

 

今日も、娘に会えて、新しいものに出会えて、幸いな一日でした。