阿波の梟のブログ

阿波の梟のブログ

ブログの説明を入力します。

「なぜ、あの味が好きになれないのか」

「おじいちゃん、柿ってなんかモサモサしてるよね」 孫の一言に、思わず笑ってしまった。秋になると我が家の庭に実る柿と蜜柑。丹精込めて育てた果実を東京の孫たちに送るのが、毎年の楽しみだ。だが、どうやら彼らの舌には合わないらしい。

好き嫌いとは、ただのわがままではない。心理学や脳科学の研究によれば、味覚の好みには遺伝子が関与しており、苦味や酸味に敏感な子どもは自然とそれを避ける傾向があるという。脳の扁桃体は、感情と記憶を結びつける役割を担い、過去の経験が味の印象を左右する。つまり、初めて食べたときの「おいしくなかった」という記憶が、嫌いの感情を強めてしまうのだ。

進化心理学の視点では、苦味や渋みを避けるのは、毒や腐敗を見分けるための本能的な反応とされる。子どもたちの「嫌い」は、実は生き延びるための知恵の名残かもしれない。

だが、味覚は変わる。私も若い頃は苦手だった山菜が、今では春の楽しみだ。ゲーテは言った。「人は自分の好むものしか見ようとしない」と。けれど、時が経てば、見えなかったものが見えてくることもある。孫たちも、いつかふるさとの味を懐かしく思い出す日が来るだろう。好き嫌いの奥には、記憶と感情、そして命の知恵が流れている。

好き嫌いの形成に関する学際的考察:心理学・進化心理学・遺伝学・精神医学・脳科学の視点から

要旨

人間の「好き嫌い」は、単なる感情的反応や個人的嗜好にとどまらず、遺伝的素因、神経生理学的構造、発達的経験、社会文化的背景、心理的傾向など、複数の要因が複雑に絡み合って形成される。本稿では、心理学、進化心理学、遺伝学、精神医学、脳科学の観点から、好き嫌いの形成メカニズムを総合的に分析し、その科学的根拠を明らかにする。

1. 遺伝学的要因と味覚の個人差

味覚の好みは、遺伝的要因に大きく影響される。特に苦味受容体(TAS2R38遺伝子)の多型は、ブロッコリーやピーマンなどの苦味に対する感受性を左右することが知られている[4]。このような遺伝的差異は、進化的には毒物回避の適応戦略として機能してきたと考えられる。

2. 脳科学における情動の生成と記憶の連合

「好き」「嫌い」といった情動は、脳内の扁桃体や海馬、前頭前野などの領域が関与している。特に扁桃体は、感情の評価と記憶の形成において中心的な役割を果たす[3]。Okuyamaら(2016)は、海馬の腹側CA1領域に保存された社会的記憶に対し、快・不快の刺激を与えることで、特定の対象への「好き」「嫌い」の感情を人工的に生成できることを示した[1]。

3. 心理学と学習理論

古典的条件づけやオペラント条件づけの枠組みでは、快刺激との連合が「好き」を、不快刺激との連合が「嫌い」を形成するとされる。例えば、ある食べ物を食べた後に体調を崩すと、その食べ物に対する嫌悪感が形成される(味覚嫌悪学習)[4]。また、自己効力感や報酬系の活性化も、好意的な感情の形成に寄与する。

4. 進化心理学的視点

進化心理学では、「好き嫌い」は生存と繁殖に有利な選択を促す適応的機構と捉えられる。例えば、甘味や脂肪分への嗜好は高エネルギー源への本能的な志向を反映しており、苦味や腐敗臭への嫌悪は毒物や病原体の回避に寄与する[4]。また、他者への好悪の感情も、協力関係の形成や敵対者の識別といった社会的適応に関係している[3]。

5. 精神医学と感情の偏り

うつ病や不安障害などの精神疾患では、感情の評価バイアスが変化し、通常は好ましいと感じる刺激に対しても無関心や嫌悪を示すことがある。これは神経伝達物質(セロトニン、ドーパミンなど)の不均衡や、扁桃体・前頭前野の機能異常と関連している[3]。

6. 社会文化的影響と可塑性

文化や家庭環境、教育、メディアなどの社会的要因も、好き嫌いの形成に大きな影響を与える。例えば、ある文化では好まれる食材が、他の文化では忌避されることがある。これは、社会的学習や同調行動、文化的スキーマの影響を反映している[1]。

結論

「好き嫌い」は、単なる主観的な感情ではなく、遺伝的素因、神経生理学的構造、学習経験、社会文化的背景、心理的傾向などが複雑に絡み合って形成される多層的な現象である。今後の研究では、これらの要因間の相互作用を明らかにし、個人の嗜好の変化や調整可能性についての理解を深めることが期待される。

[1]: 好き嫌いの科学的根拠から原因 | 阿波の梟のブログ [3]: 人の好き嫌いはなぜ変わる?恋愛の行方も決める「扁桃体」 [4]: 食べ物の好き嫌い克服の脳内メカニズムが見えてきた…カギは「嫌悪記憶の消去」にあり

「働くことの意味が揺らぐ時代に(共生と調和)」

私たち団塊の世代は、高度経済成長のただ中で「働くこと」に人生の価値を見出してきた。モノが乏しかった時代、豊かさを求めて懸命に働くことは、個人の誇りであり、社会の発展に寄与する道でもあった。しかし、現代は様相を一変させている。少子高齢化が進み、労働人口は減少。若い世代は非正規雇用に甘んじ、将来への展望を描きにくい。かつての「働けば報われる」という信念は揺らぎ、世代間の価値観の断絶が深まっている。

スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットは、「危機とは、二つの信念の体系の狭間における不安定な過渡期を指す」と述べた。まさに今、日本社会は、かつての勤労中心の価値観と、多様性や自己実現を重視する新たな価値観の狭間で揺れている。AIやデジタル化の進展は、労働の意味そのものを問い直し、グローバル化は国境や文化の境界を曖昧にする。このような変化は、私たちが築いてきた社会の前提を根底から揺るがしている。

だが、危機は終焉ではない。それは、新たな価値を模索する契機である。過去を振り返りつつ、次代に何を手渡すべか、それこそが、私たちの責務であり、希望の種である。多様な価値観を認め合い、世代や国籍を超えて支え合う社会を築くこと。自然と調和し、誰もが尊厳をもって生きられる未来を目指すこと。危機の時代にこそ、共生と調和という新たな羅針盤を胸に、次の世代とともに歩みを進めたい。

危機の時代における日本の行方――オルテガ・イ・ガセットの視座から

スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットは、「危機とは、二つの信念の体系の狭間における不安定な過渡期を指す」と述べた(『大衆の反逆』)。この洞察は、現代日本が直面している諸問題を読み解く上で、極めて示唆に富んでいる。

現代の日本社会は、まさに多層的な「危機」のただ中にある。少子高齢化の進行は、人口構造の根幹を揺るがし、地域社会の持続可能性を脅かしている。労働力不足を補うべく外国人労働者の受け入れが進む一方で、文化的摩擦や共生の課題も浮き彫りとなっている。グローバリゼーションの波は、経済的な恩恵とともに、地域固有の価値観や生活様式に変容を迫り、アイデンティティの揺らぎを生んでいる。

さらに、AIやデジタル化の急速な進展は、労働の在り方を根底から変えつつある。人間の役割とは何か、働くことの意味とは何かという根源的な問いが、社会の各層で突きつけられている。気候変動の脅威は、自然との共生を重んじてきた日本文化に対し、改めてその原点を問い直す契機を与えている。そして、経済格差の拡大は、社会の分断を深め、共感と連帯の基盤を揺るがしている。

これらの課題は、いずれも従来の信念体系――すなわち、終身雇用や年功序列、家族主義的価値観、均質な国民国家像といった枠組み――の限界を露呈させている。一方で、新たな価値観や社会モデルは未だ定まらず、多くの人々が不安と混乱の中にある。まさにオルテガが言うところの「過渡期」に、我々は立たされているのである。

しかし、危機とは単なる終焉ではない。それは、新たな秩序や価値を模索するための「創造的破壊」の契機でもある。過去の枠組みに安住するのではなく、未来に向けた想像力と勇気をもって、新たな社会の形を描き出すことが求められている。地域の知恵や伝統、自然との共生の精神を再評価しつつ、包摂と多様性を尊重する社会へと舵を切ることが、今まさに問われているのではないだろうか。

オルテガの言葉に耳を傾けるとき、我々はこの不安定な時代を、単なる「危機」としてではなく、「変革の予兆」として捉え直すことができる。そこには、より持続可能で、より人間らしい未来を築くための希望の萌芽が、確かに息づいている。

「自然と共に老いるということ」

「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」持統天皇のこの和歌に、季節の移ろいと自然との静かな共鳴が宿る。

七十五を過ぎ、蜜柑や角軒の剪定に畑で過ごす日が増えた。人の手が入らぬ畑や庭は、たちまち草に覆われ、荒れ果ててしまう。休耕地は獣の通り道となり、人を遠ざける。自然は放っておけば戻るものではない。人の営みと手入れがあってこそ、実りと美しさが保たれる。

「自然に従うことが、自然を支配することだ」(フランシス・ベーコン)は、自然との関係の本質を突いている。人は自然を征服するのではなく、理解し、寄り添い、共に生きることで初めて調和が生まれるのだ。

自然と向き合う日々は、命のリズムを肌で感じさせてくれる。剪定の手を止め、風の音に耳を澄ませば、自然の声が静かに語りかけてくる。草の匂い、鳥のさえずり、土のぬくもり、それらはすべて、自然が差し出す対話のかたちだ。

自然との調和は、静かなる対話の中にある。人の手が自然を育て、自然が人の心を耕す。その循環の中に、老いの豊かさと、未来への希望が息づいている。

二月は、梅の香りと水仙の清らかな姿に彩られる。寒さの中にも春の兆しを感じ、静かな自然の息吹が心を満たす。花は凛と咲き、鳥は優雅に舞い、水面には波紋が揺れる。そんな季節の美しさが、深い味わいを添える。


 

「未来への期待――政治の再構築に向けて」

自民党が歴史的勝利を収めた背景には、政党間競争を超えた構造的変化がある。政治学者ルーマンは、政治を「不確実性を縮減する自己準拠的システム」と捉えた。2024年の混乱期、自民党は決定能力を失い、政治システム全体が揺らいでいた。今回の選挙結果は、その揺らぎを修復し、政治が再び社会に「決定」を供給できる状態へと戻ったことを示す。

一方で、ロールズが説いた「世代間衡平」の観点から見れば、消費税をめぐる議論は制度の持続性を問う問題である。短期的な減税の誘惑に抗し、将来世代の負担を見据える姿勢こそが、社会の基礎構造を守る政治の責務だ。若者が「将来の社会保障が揺らぐのでは」と不安を抱くのは、制度への信頼が揺らいだ証左でもある。

今回は、政治に対する国民の「明確な方向性」への渇望だ。シュミットが「政治とは決断である」と述べたように、曖昧さを排し、国家の針路を示す力が求められている。高市政権の掲げる「日本列島を強く豊かに」、まさにその決断力への期待ゆえだろう。

国際秩序が揺らぎ、国内の制度も転換点に立つ今こそ、政治は未来への責任を果たさねばならない。「政治とは希望をつくる仕事である」とは、ある政治哲学者の言葉だ。衆院で安定多数を得た高市政権には、制度の持続性と国際社会での役割を両立させる、新たな政治の物語を紡ぐことが期待される。

 

自民党圧勝の政治学的再解釈――ルーマン、ロールズ、シュミットの三理論による多層分析

要旨(Abstract)

本稿は、2026年衆議院選挙における自民党の大勝を、読売新聞社説の論点を手がかりに、ニクラス・ルーマン、ジョン・ロールズ、カール・シュミットという三つの異なる政治理論の枠組から再解釈する。分析は、①政治システムの自己準拠性、②正義と制度的安定性、③友敵区分と政治的決断、という三つの軸を中心に展開される。

1. ルーマン的分析:政治システムの自己準拠性と選挙の機能

ルーマンの社会システム理論では、政治は「権力を媒介とするコミュニケーションの自己準拠的システム」とされる。 この視点から見ると、今回の自民党圧勝は、単なる政党間競争の結果ではなく、政治システムが自らの不確実性を縮減しようとする自己調整過程として理解できる。

● 1-1. 2024年の混乱と「不確実性の増大」

社説が指摘するように、自民党は2024年の惨敗後、政策軸を失い、野党要求を受動的に受け入れるなど、政治システム内部の「決定能力」が低下していた。

ルーマン的には、これは政治システムの機能不全であり、社会に対して「決定の供給」が滞る状態である。

● 1-2. 高市政権の登場と「決定能力の回復」

高市首相の登場は、政治システムが自己準拠的に「決定能力」を回復するための再構成として理解できる。

  • 明確なスローガン

  • 保守層・若者層の支持回復

  • 衆院での3分の2確保

これらは、政治システムが不確実性を縮減し、再び社会に対して決定を供給できる状態に戻ったことを意味する。

● 1-3. 消費税問題は「政治システムの構造的緊張」

社説が批判する「減税の乱発」は、政治システムが大衆の期待に応答しつつも、財政システムとの構造的カップリングにより緊張を抱える典型例である。

ルーマン的には、 政治システムは人気取りの決定を行いたいが、財政システムは持続可能性を要求する という構造的矛盾が露呈している。

2. ロールズ的分析:正義・制度・世代間衡平の観点から

ロールズの正義論は、制度の安定性と世代間衡平を重視する。 この枠組で社説を読み解くと、中心的論点は「消費税」と「社会保障の持続可能性」にある。

● 2-1. 消費税は「基礎構造の一部」

ロールズは社会の制度的枠組みを「基礎構造」と呼ぶ。 社説が消費税を「基幹財源」として維持すべきと主張するのは、まさに基礎構造の安定性を重視する立場に近い。

● 2-2. 若者の不安は「世代間衡平」の問題

社説が紹介する若者の不安―― 「減税すれば将来の社会保障が維持できないのではないか」 という懸念は、ロールズのいう世代間衡平の原理に合致する。

ロールズは、現在世代が将来世代の利益を損なう制度変更を行うことを厳しく戒める。

● 2-3. 野党の政策転換は「公正としての正義」に反する

立憲民主党と公明党の政策転換(安保法制・原発政策)は、 「選挙目当ての便宜的変更」 と受け取られたと社説は述べる。

ロールズ的には、これは「公正としての正義」に反し、 制度的信頼を損なう行為 として批判されうる。

3. シュミット的分析:友敵区分と政治的決断

シュミットは政治を「友と敵の区別」と定義し、政治の本質を「決断」に求めた。 この枠組で社説を読むと、まったく異なる風景が見えてくる。

● 3-1. 高市政権の登場は「決断の回復」

社説が評価する高市首相の明確なメッセージは、シュミット的には 政治の本質である決断の回復 として理解できる。

政治が曖昧さを捨て、方向性を示すことは、シュミットが重視した「主権者の決断」に近い。

● 3-2. 野党の敗北は「友敵区分の曖昧化」

中道改革連合が敗北した理由として社説が挙げる

  • 安保法制の転換

  • 原発政策の転換

  • 選挙目当ての印象

これらは、シュミット的には 友敵区分を曖昧にしたために政治的主体性を失った と解釈できる。

政治的主体は、立場を明確にしなければ支持を得られない。

● 3-3. 国際秩序の変容は「例外状態の拡大」

社説が述べる国際秩序の不安定化――

  • 大国による法の支配の軽視

  • 武力紛争の増加

  • 日本の安全保障環境の悪化

これはシュミットのいう「例外状態」が常態化しつつある状況である。

その中で日本が外交的役割を果たすには、 例外状態における政治的決断能力 が不可欠となる。

4. 結論:三理論が照らす日本政治の現在地

三つの理論を総合すると、社説が描く日本政治の状況は次のように整理できる。

理論 中心概念 社説の論点との対応
ルーマン 自己準拠性・不確実性縮減 高市政権の登場と政治システムの安定化
ロールズ 正義・制度・世代間衡平 消費税維持、若者の不安、制度的信頼
シュミット 友敵区分・決断・例外状態 野党の敗北、国際秩序の不安定化

三者の視点は異なるが、共通しているのは 「政治の明確な方向性と制度的安定性の必要性」 である。

自民党圧勝の政治学的分析――制度的安定性・大衆心理・財政規範の交錯

要旨(Abstract)

2026年衆議院選挙における自民党の歴史的勝利を、政治学・政治哲学・大衆論・財政学の観点から多角的に分析する。特に、①制度的要因、②リーダーシップと政治的物語、③大衆心理の変容、④財政規範と社会保障の持続可能性、⑤野党再編の構造的必然性、⑥国際秩序の変容と外交的役割、の六点を中心に論じる。

1. はじめに:制度的文脈と政治的転換点

2026年衆院選における自民党の単独3分の2獲得という結果は、単なる選挙上の勝利ではなく、日本政治の制度的均衡に大きな影響を与える事象である。 社説はこの勝利を「歴史的大勝」と位置づけ、高市政権が衆院において「安定した基盤」を確保したと指摘する。

政治学的には、これは「二院制の非対称性」が強調される局面であり、参院での少数与党という制約のもとで、衆院の圧倒的多数が政策形成にどのような影響を及ぼすかが重要となる。

2. リーダーシップと政治的物語(Political Narrative)

社説は、自民党が2024年の惨敗後に支持を失った理由として、

  • 政策軸の喪失

  • 将来展望の欠如

  • 野党要求の受動的受容 を挙げる。

ここで注目すべきは、高市首相の登場が「政治的物語(narrative)」の再構築として機能したという点である。

政治哲学的には、ハンナ・アーレントが述べたように、政治は「物語を通じて世界を意味づける営み」である。 高市首相の「日本列島を強く豊かに」というメッセージは、失われた保守層・若者層に対し、「再び前に進める」という物語的効力を持ったと社説は示唆する。

3. 大衆論的視点:若者の不安と政策選好の変化

社説は、若者の間に

  • 国の債務拡大

  • 社会保障の持続可能性 への不安が強いと指摘する。

大衆論(public opinion theory)では、経済的不安はしばしば「将来世代の負担」という形で政治的態度に影響する。 今回、チームみらいが消費減税を掲げず一定の議席を得たことを、社説は「若年層の支持」と関連づける。

これは、 「短期的利益より長期的安定を重視する若年層」 という新しい大衆心理の兆候として読み解くことができる。

4. 財政学的分析:消費税をめぐる規範と持続可能性

社説の中心的論点の一つは、消費税の扱いである。

  • 多くの政党が減税・廃止を主張

  • 自民党も食料品ゼロ税率を掲げた

  • しかし代替財源は不明確

財政学の観点からは、消費税は「広く薄く安定的に徴収できる基幹税」であり、社会保障の財源として最も安定性が高い。 社説はこれを踏まえ、 「基幹財源である消費税を維持するのは当然」 と述べる。

これは、財政規律(fiscal discipline)と世代間衡平(intergenerational equity)の観点からの主張であり、短期的な物価対策としての減税が長期的な制度持続性を損なう可能性を指摘している。

5. 野党再編の構造的必然性

立憲民主党と公明党が結成した「中道改革連合」の惨敗について、社説は

  • 安保法制の転換

  • 原発政策の転換

  • 選挙目当てとの印象

  • 幹部の新鮮味の欠如 を指摘する。

政治学的には、これは「政策的アイデンティティの喪失」が大衆の信頼を失わせた典型例といえる。 政党システム論では、政策的一貫性は政党のブランド価値を形成する重要要素であり、これが揺らぐと支持基盤が崩壊しやすい。

社説が示唆するように、今後は野党再編が構造的に不可避となる可能性が高い。

6. 国際秩序の変容と日本外交の役割

社説は、国際秩序の変容を次のように描く。

  • 米国を含む大国が法の支配を軽視

  • 力による威圧や紛争の増加

  • 日本の安全保障環境の悪化

この状況下で、日本は 「平和外交と途上国支援の実績を生かし、国際秩序再構築を主導すべき」 と社説は主張する。

政治哲学的には、これは「規範的国際主義(normative internationalism)」の立場に近い。 また、衆院での安定多数が外交政策の遂行に必要な「政治的資源」となるという指摘は、制度論的にも妥当である。

7. 結論:制度・大衆・財政・国際の交点に立つ日本政治

本稿の分析から、社説が描く2026年政治状況は、以下の四つの軸が交差する地点にあることが明らかになった。

  1. 制度的安定性(衆院3分の2 vs 参院少数)

  2. 政治的物語の再構築(高市政権のメッセージ性)

  3. 大衆心理の変容(若者の長期安定志向)

  4. 財政規範と社会保障の持続性

  5. 国際秩序の変容と日本外交の役割

社説は、自民党の勝利を「党勢回復」と断定することには慎重であり、無党派層の動向が今後の政局を左右すると警告する。 これは、制度的多数と大衆的支持が必ずしも一致しないという、現代民主主義の構造的特徴を示している。

「春光の中で ― 無力感とともに生きる」

年を重ねると、心にふっと影が差す日がある。体の衰えだけでなく、仲間との別れや役割の移ろいが重なり、胸の奥に無力感が沈む。「行く川のながれは絶えずして」と鴨長明が記したように、人生はとどまらず、私たちもまたその流れの中にある。

けれど、流れに逆らうばかりでは心が疲れてしまう。春の光に照らされた畑に立つと、土の匂いが胸をほどき、鶯の声が「まだ生きてよい」と囁くようだ。古歌に「花の色は移りにけりな」とあるが、移ろいの中にも確かな息づかいがある。さらに「ひさかたの光のどけき春の日に」と詠まれたように、柔らかな光は老いた心にも静かに染み入る。散歩や畑仕事のような小さな営みは、体を動かすだけでなく、心の澱をゆっくりと溶かしてくれる。

孤独は後期高齢者にとって避けがたい影だが、家族や地域との会話はその影をやわらげる灯火となる。孫の声を聞くと、芭蕉の「春なれや名もなき山の朝霞」を思い出し、過ぎゆく時間の中にも温もりが宿ることに気づかされる。

無力感は弱さではなく、人生の節目に訪れる静かな合図だ。無理に振り払う必要はない。役割を少しずつ手放しながらも、自分らしい時間を丁寧に積み重ねていく。その先に、年齢を重ねた者だけが見つけられる穏やかな力があるように思う。

無力感と孤独を見据えた包括的アプローチ】

後期高齢者における無力感は、身体機能の低下だけでなく、孤独、喪失体験、社会的役割の変化など多面的な要因が重なって生じる。特に配偶者や友人の死別、地域社会との接点の減少、移動能力の低下は、主観的孤独感を強め、無力感の主要因となることが指摘されている。こうした心理社会的背景を踏まえた健康支援が求められる。

第一に、身体的健康の維持が基盤となる。定期的な健康チェック、十分な睡眠、適度な運動は、身体機能の維持だけでなく、自己効力感の向上にも寄与する。農作業や散歩など自然と触れ合う活動は、身体活動と精神的安定の双方に効果がある。

第二に、生活リズムの安定化が重要である。後期高齢者では生活の目的や役割が曖昧になりやすく、日々の行動が不規則になりがちである。家事や趣味、地域活動など「自分の役割」を持つことは、無力感の軽減に大きく寄与する。

第三に、社会的つながりの維持が不可欠である。家族や地域コミュニティとの交流は、孤独感を和らげ、心理的安定をもたらす。特に孫世代との関わりは、世代継承感を高め、自己の存在価値を再確認する機会となる。

第四に、必要に応じて心理的支援を活用することも有効である。感情を言語化し、喪失体験や不安を整理することで、無力感の背景にある心理的負荷を軽減できる。

総じて、後期高齢者の無力感は単一の要因ではなく、身体・心理・社会の複合的な相互作用によって形成される。したがって、健康提案はこれらを統合的に捉え、自然との接触、役割の維持、社会的つながりの強化を柱とした包括的アプローチが求められる。