週末に

Netflixで「すすめの戸締り」

を見てしまいました。

 

 

ストーリーなどは以下を参照していただくとして、

 

九州から愛媛・神戸・東京、そして最後に東北へと

話の展開される場所が分かっていきますが・・・

 

僕の想い出の地は

兵庫:生れ育った場所

   神戸は僕の中高のあった場所で

   今も、生まれた家に住んでいます。

愛媛:僕が大学生活を過ごした場所

東京:僕の仕事の主戦場で、

   5年弱、単身赴任で、

   東京の隣県である神奈川県川崎市で生活していました

そんなわけで、アニメの進行中に、上記の場所で過ごした

想い出も浮かんできました。

なんか、懐かしく切ない思いをいっぱいに・・・

 

もちろん、このアニメでは

いくつかの地震の場面と

「東日本大震災」を舞台にした場面がラストシーンで

出てくるのですが・・・・

 

何度かの地震の場面も

「東日本大震災」を舞台にした災害の場面でも

「一枚の扉」の向こうの「常世の世界」の風景も

僕にとっては、

「阪神大震災」の記憶が蘇り、

その後の自宅の片づけや修繕の大変さと

ローンの返済の大変さ、そして、

それらを全く認めなかった裁判所など

多くのことが浮かんできて、

涙なしには見られませんでした。

 

人は、

「自分で経験していない」と、

地震で被災するということも

地震の時の火事の怖さも、

がれきの中での水も電気もガスもない生活も

その中での「途中失明した母の介護の大変さ」も

「罹災後のローン返済の大変さ」も

全く理解していないのは、理解はできます。

 

それでも、裁判官という地位にある人が、

「法と証拠」に基づいていると

「法の一部と証拠の一部のの恣意的解釈」で

「裁判官だからという理由で、勝手な判断をしていい」

と思っているのが、日本の高等裁判所である

という悲しい現実には、なんとも切ないなぁ!

と思わざるを得ません。

 

だた、僕は、裁判所や兄妹に認められるために、

亡き父母の世話・介護をしたわけではないし、

誠意に、自分のしてきたことを、述べたので、

僕の行為を認めることができない裁判所や兄妹は
聖書に従い、彼らを「異邦人」だったと思い、
彼らの言動の評価は「神に任せる」ことにしました。