女子生徒の顎が外れるほど、生徒の顔を叩いたセンコウがいると言う。

このご時世、これほど騒がれているにもかかわらず、それでもまだ平気で生徒に対し、暴力、体罰、殴る、蹴る、そんなことができるセンコウがいるのだが、私は不思議でならない。

そして、そんなニュースを聞くたびに私はこう思っている、生徒に暴力をふるうセンコウは、自分も殴られた経験があるのだろうかと、私は頭をひねる。

 

高校の部活動、1年上の奴らによく殴られたり蹴られたりした。

殴られた跡のあざが、ひと月ほど消えなかったこともあった。

1時間ぐらい背中を殴られた、蹴られたなぁ。

時には道具や木刀でも殴られた。

首を絞められて、気絶しかけたこともあったなぁ。

今と違ってあの頃は、全部耐えたけどね。

 

そうそう、奴らは今頃どうしているのだろうかねぇ。

 

生徒に暴力をふるうセンコウについての疑問、さて、そいつらは、自分が殴られた経験あるからそれと同じように生徒を叩くのだろうか、それとも、自分は殴られたことがないから、顎が外れるほど毛加減せずに殴れるのだろうか。

 

まず、殴られた経験がある奴について考える、自分が殴られた時、どんな気持ちだったのかを訊いてみたい。

私の場合は、思い出すと今でもはらわたが煮えくり返りそうになるほど気分が悪くなる。

この恨みは死んでも消えない。

さて、それを踏まえて、殴られた経験があるにも関わらず、それでも生徒を殴るセンコウは、自分が殴られた時、嫌な気持ちにならなかったのだろうか。

それとも、自分が嫌な思いをしたからその腹いせに誰かに同じような嫌な思いをさせようという魂胆なのだろうか。

殴られた恨みを殴った当人に向けるのではなく、全く関係ない生徒に向ける、そして無抵抗な生徒をどついて、自分のうっ憤を晴らしている。

負の連鎖を続ける為に、生徒をどつく。

自分がやられたから同じことをやっている。

単純な発想だねぇ。

 

次に考えるのは、自分は殴られた経験が無いセンコウについて。

生まれてこのかた、親や兄弟、先輩や周囲の者に叩かれたことがない蹴られたことがない、そんな奴が他人に暴力をふるう、その心理は?

殴られたことがないから、殴られる相手の気持ちは想像できない、いや、想像なんて最初からしていない、だから平気で殴れる。

痛い経験が無い奴が他人に痛みを与えるその光景、なんとも薄気味の悪い。

自分は嫌だが他人にはOK、自分は痛い想いをしたくないけど、他人はかまわない、そして、無抵抗な生徒を叩く。

そんな奴らにとって叩く瞬間は、快感なのでしょうか。

自分はその痛みを知らない、だから他人にはあじわわせる。

殴られた経験が無いと、あの不愉快さや気分の悪さは想像できないのでしょうか。

 

私が嫌だった経験を他人にはしてほしくない。

殴られるのも嫌だし殴るのも嫌、だから、そんな嫌なものは誰にも経験してほしくない、ましてや、相手が無抵抗なら尚更。

経験しているから知っている、しかし、経験していなくても嫌なことぐらいはわかるだろう、分からないのか?お前はバカか?

バカがこの国では教師になれるのか?

バカが子供に何を教えるのだ?

時には厳しい指導も必要だろう、しかし、顎が外れるほど女の子を殴るかねぇ~、信じられんわ。

 

しかし、これが間違いなくこの国の現実であり、教育現場の現実です。

叩かれた人間は叩かれたことをどう思う。

他の人間は知らないが、私は叩いた奴らのことは死ぬまで忘れない、そしてもし機会があるなら、顎どころか●してやりたいぜ!