安部少尉は『船で本土に帰してほしい』と島民に要求しました。
しかし、黒島と鹿児島を結ぶ連絡船は軍隊に接収され、
一隻だけ残った連絡船も敵に撃沈されて、
黒島に残っていたのは、手漕ぎの船一艘(いっそう)でした。
敵機が往来する中、70㎞も離れた本土へ渡りたいというのは、
あまりに無謀な要求でした。
安部少尉は
『僕が黒島を出たらもう一回特攻としてあっちへ行って
敵をやっつけるんだから、本土へ渡してくれ』と島民へ頼んだが、
島民は、
『2,3人しか乗れない櫓漕ぎの伝馬船で羅針盤も何もないのに、
板切れ一枚浮いているのを見たら敵と見ろという時代に渡れるはずもない』と
島民は誰もが反対しました。
落胆する安部少尉。
諦めかけた安部少尉に声を掛けたのは、
安部少尉が収容されていた家の息子(当時21歳)でした。
翌朝、
2人は密かに船を出します。
手漕ぎの小舟に麻袋の帆をつけただけの船出。
しかし、この日の潮は特別早く、流れも朝鮮半島に向かうあいにくの潮流でした。
更に翌日は、雨まじりの嵐。
島民たちは2人の遭難を確信しました。