遠藤寛子『算法少女』 | 空想俳人日記

遠藤寛子『算法少女』

 この間読んだ本が南みや子・永瀬輝男ご夫婦による『ポアンカレの贈り物―数学最後の難問は解けるのか』だ。そして、今回も、前回と同様、数学の本なのだ。
 フィクションばかり読んでいると飽きるのだ。というか、ちょっと現実の世の中のこととか史実とか、そういうものを求めたくなる。

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 とはいえ、前読のポアンカレも、今回の『算法少女』も、歴史的事実をモチーフとしながらも、小説仕立てて、フィクションを交えている。やっぱ、フィクションはいい。ばらばらの現実を繋いでくれるのは、一人一人の脳みその中にフィクションを創り上げて現実社会を生きやすくすることなのだ。
 でね、前回は、位相幾何学、トポロジーで、少々難読だった。章ごとに感想を書いてた自分だった。ところが、この『算法少女』は夢中になり一気に読み上げてしまった。

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 この本は、凄いと思う。まず、凄いのは、『算法少女』(さんぽうしょうじょ)は、安永4年(1775年)に出版された和算書。実際にあった書である。当時の和算書で唯一、著者が女性名義になっている珍しい本であり、現在では国立国会図書館などでわずかに見ることの出来る稀覯本である。国会図書館に所蔵されている資料は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧できるらしい。1935年(昭和10年)に謄写版が古典数学書院から復刻されたらしい。
 そんな誰も顧みないような出版物を、この作品の著者さん遠藤寛子のお父さんが、そういう江戸時代の和算書の収集家だったらしい。世間では全然有名じゃないけど、父親から聞いていた話、その中で出てきた安永4年(1775年)に出版された和算書『算法少女』。

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 当時、刊行の翌1974年、『算法少女』は児童文学として評価され、サンケイ児童出版文化賞を受賞した。数学教育の現場でも受け入れられ、多くの読者を得た。また、異例なところでは『推理小説の評論家として高名なさる方から』『推理小説作家の会合に出てみないか』と誘われた、と遠藤は筑摩書房のPR誌『ちくま』同年9月号にて告白している。
 ところが出版10年で売れ行きがガタ落ちで絶版。それに対し、沢山の人が再販運動をしたそうだが、岩崎出版は再販をせず。十余年を経て、小説『算法少女』は絶版(厳密には在庫切れ増刷未定)となる。著者さんの遠藤氏も「本も商品ですから」と。
 すでに遠藤自身も復刊を諦めかけた頃、都立戸山高校のある教諭が、生徒への課題に小説『算法少女』を用いた。絶版ゆえに手書きの丁寧な資料を作成するほどの熱心さだった。また、東大寺学園中学・高校教諭である小寺裕の音頭で復刊ドットコムに小説『算法少女』が登録された。瞬く間にまとまった票が集まったが、まだ復刊には道のりが遠かった。お茶の水女子大学と文京区の共催で2004年『和算の贈り物』というイベントが催された。その折り、多くの数学者とともに遠藤に講演の機会が与えられた。これに弾みを得て、月刊誌『数学セミナー』の元編集者亀井哲治郎の尽力により、2006年、30年ぶりに小説『算法少女』がちくま学芸文庫から復刊されることになった。

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 そんな経緯も含めて、何が凄いかと言うと、『算法少女』は実際に江戸時代に出版されていたということ。しかも、医者でありながら父親は算法に明け暮れて娘に算法を教えていたこと。これが殆ど誰も知らない話なのだが、著者さんは父親から、当時の江戸から明治にかけての算術の資料を読み漁って、聞かされていた。つまり、算法少女と父親=著者さんとその父親。
 こうして、日本で初めて、算術の極意を出版した女性を、著者さんは著わしたのだね。
 前読みのトポロジーと違って、あっという間に読み終えた中、特に感動したのは、算術が大好きな大名に認められようとしながらも、全然九九も出来ない、貧しい木賃屋の子どもに九九や算術を教えていたら、教えてほしい、月謝払ってもいいから、と他からも要請が。当時、寺子屋と言えば、読み書き、せいぜい算法はそろばんくらい。

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 この中で、一番大事なのは、算術と言えば、関孝和、大名もそんな関派の算術家を抱えてた。でも、関流とか、反関流とか言ってたら、日本の算術は宗派宗流というセミ世界でいがみ合って遅れるだけ。

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 そこに、本多利明が登場する。18歳で江戸に出て、千葉歳胤に天文学を、今井兼庭に関流和算などを学ぶ。諸国の物産を調査し、1766年(明和2年)24歳の時、江戸に算学・天文の私塾を開き、以後晩年にいたるまで、浪人として門弟の教育に当たるとともに著述に専心した史実の人。
 この場面が最高だねえ。主人公のアキは、彼の助言に打ち震える。ちょっと、利明の弁を引用しちゃうね。
《算法の世界ほど、きびしく正しいのはありますまい。どのような高貴な身分の人の研究でも、正しくない答えは正しくない。じつにさわやかな学問です。だんじて遊びなどではない。それを、この国では、一方では算法を金銭を数える道につながるとしていやしむかとおもえば、また、たんなる遊び、実利のないものとして、軽んずる風がある。これにたいして、西洋はどうか。わたしはオランダの本を通して、すこしずつ西洋の事情がわかってきましたが、かれらは算法を重んじます。それは、その底に、正しいものを冷静にみとめるかんがえかたがあるからともいえます。そのけっかはどうか。その航海・天文などの術は、われわれの想像もできないほど進んでいるのです。この国の、算法にたいするかんがえかたを、かえなければいけないーいうあ、それは、世の中のすべてのかんがえかたにも通じますが、まずは手はじめが算法です》
 あきも「そうです。ほんとうに」と声をあげてるよ。
 ここでの円周率の解明の仕方が、わくわくどきどき、頑張って読んじゃうよね。πだの3.14も出てくるけど、国内の流派で争っていることよりも、海外の当時はその玄関が長崎経由の情報にびっくりだね。ここで、さらに、杉田玄白の解体新書の話も。算術は、お花や踊りの花柳流とか裏千家とか違うわけで、もっと流派を越えて、真実に迫るべき。これ、実は、ボクが思うに、世界の国々の人々が平和を願いながらも、国を担う人々が他国と争い、いがみ合う姿に似ている。
 ということで、『算法少女』は実際にあった著作物であり、その跋文(あとがき)は俳人の谷素外(号は一陽井)が記しているが、実は、この後出てくる浮世絵師、実態がよく分からない写楽は、その彼じゃないかと! これも、いいねえ。
 奥付を見れば、ちくま学芸文庫として再版されたのは、2006年。ボクが手にしたこれは2022年の第28刷発行。多くの方が、再販を願ったことだけあり、人気の一冊なんだねえ。
 いやあ、千葉桃三と千葉あき(父娘)、そして、遠藤寛子のお父さんと遠藤寛子氏に、拍手だねえ。


遠藤寛子『算法少女』 posted by (C)shisyun


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