江戸川乱歩傑作選 | 空想俳人日記

江戸川乱歩傑作選

 ひとえに「人間椅子」を再読したくって、この本を手に入れた。読んだことがない短編も混じっているしねえ。

江戸川乱歩傑作選01 江戸川乱歩傑作選02 江戸川乱歩傑作選03


初期を代表する傑作9編
 特異な暗号コードによる巧妙なトリックを用いた処女作「二銭銅貨」、苦痛と快楽と惨劇を描いて著者の怪奇趣味の極限を代表する「芋虫」、他に「二癈人」「D坂の殺人事件」「心理試験」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」。


江戸川乱歩傑作選04

「二銭銅貨」
 特異な暗号コードによる巧妙なトリックを用いた処女作、だげな。いやあ、「南無阿弥陀仏」という特異な暗号コードには、恐れ入り屋の鬼子母神であったが。
 乱歩お得意の結末どんでんがえし。ただ、このどんでんがえしは、ボク的には頂けないなあ。

江戸川乱歩傑作選05
江戸川乱歩傑作選06

「二癈人」
 これ、結構すごくないかい。夢遊病者と思い込んでいたら、なんと夢遊病者に仕立て上げて偽犯人にしちゃう真犯人の発想。これは単なる探偵小説じゃないぞ。生きることの恐怖を感じさせる作品じゃ。
 
「D坂の殺人事件」
 ほほう、あの明智小五郎が登場するぞ。古本屋の細君の死を、主人公は明智氏が犯人だと推論する。これはこれで、なかなかの推論だと思うし、明智氏と古本屋の細君が幼馴染だということも聞いてて、読者も「そうかも」と思うのだが、ところがどっこいしょ、そんな主人公の物理的推論に対し、明智氏は心理的推論をする。古本屋の細君にも、ソバ屋の奥さんにも、体中に生傷があることから、結局、ソバ屋の主人と古本屋の細君とのサド・マゾの関係、その行為の果てに死に到ったこと、殺意ではないことを紐解く。このどんでんがえしは、なかなか妙なるものだよ。日本特有の解放的家屋では無理だと言われた密室殺人への挑戦でもあるね。

「心理試験」
 心理試験、面白~い。二人の容疑者の試験結果を見ると、死んだ婆さんの家に下宿してた友人の方が真犯人に思えるけど、この心理試験は、無実の人が犯罪者になってしまう危険もあるってえことなんだね。
 それで、その友人が犯人であることが決まったと嘯いて、あの明智小五郎が弁護人だということで、真犯人を呼び出していろいろ会話する。キーは、真犯人が婆さんを殺すときに、婆さんが傷つけた屏風の小野小町。
 いやあ、このやりとりがなかなか妙にいいってば。これ、「D坂の殺人事件」の第二弾って位置付けらしいよ。解説によれば、この作品で自信をつけて、江戸川乱歩は、職業作家としてやっていくことを決意したそうな。

江戸川乱歩傑作選07

「赤い部屋」
 そろそろ、ボクが江戸川乱歩を好きな領域に入ってきたね。実は、ボクは、これまでの探偵小説っぽい江戸川乱歩は、あんまし興味なかったのよ。ただ、「D坂の殺人事件」における明智氏の心理的推論による自分の妻だけで満足いかずに隣の奥さんとのサド・マゾ関係、これが、江戸川乱歩の乱歩ならではではないかと思っていたので、この「赤い部屋」の「退屈な人生」を法に触れない人殺しで語る、この作品には、ぐいぐい引き込まれたよ。
 特に断崖絶壁から海へ飛び込む。主人公は得意だから、すぐの岩場を上昇で切り抜けるが、友人は、その岩場に頭から突っ込んで死んでしまう。これは、未必の故意、だね。
 そんな例えばを幾つも語った後、最後に複数の殺人。中央線の線路に崖の上から石を落とす。「誤って落としたから列車を止めて」と駅長のところへ行くが後の祭り。
 そうして99人殺した彼は、ピストルをオモチャだと信じさせ給士女に発砲させる。つまり、100人目の殺人は自分自身なのだ。
 はい~、ここまでがワクワクドキドキの話。
 でも、また、やらんでもええドンデン返し。はい、話は全部嘘八百で、最後の給士女はグル、猿芝居というか狂言回しだったとさ。なんだねえ。

「屋根裏の散歩者」
 これ、何度か映画化されてるよね。短編だけど、他のお話なんかくっ付けたりして。ボクが観たのは、ウルトラシリーズの監督も手掛けた実相寺昭雄監督の作品。1994公開された奴じゃなかったかな。
 屋根裏を徘徊しながら、ふと、大きな口を開けて寝ているところへ、節穴から毒薬を落とす。この発想がねえ。ようは、日常からは想像も出来ない住人たちの本性を覗き見るという禁断の楽しみから、思わぬ誘惑が。
 これも、ステキな話だが、またまた、最後に登場する明智小五郎が、「ボタンが取れてるよね。このボタンじゃないの。屋根裏で見つけた」って、嵌めちゃうことで、犯人は彼にゲロを吐くんだ。ほんとは、屋根裏でなんか見つけてなくて、買ってきた品だって。あああ、ボタンが取れてなかったら、どうしたんだろうねえ。
 ただ、この作品の魅力は、屋根裏を徘徊するときの心理描写なのだね。
 
「人間椅子」
 そう、これ好きなんだなあ。前にも読んだと思うけど、椅子の中に人間が入っちゃう。そこへいろいろな人が座る。特に、女性。ここでは、奥様ね。
 ボクたちは、まず視覚から入るよねえ。見掛けだ。ところが、人間椅子の主たる感覚は、触覚だ。そして、聴覚であり嗅覚だ。いやあ、その恋する感覚が、いわゆる生理的にウズウズしてきて、めちゃヨロシイ。こういうところが、江戸川乱歩の気色の良さだと思うのだ。
 ただ、これもね、実は、奥様へ送った手紙なんだけど、自分が人間椅子にずっと座っていたかと思うと気持ち悪がるのだが、もう一通の手紙が届き、奥様が文筆家だということで創作して評価して欲しかった、というオチ。あ、これ、いらんわ。

「鏡地獄」
 この作品と、最後の「芋虫」が、なんとも奇怪でステキだね。レンズや鏡って、覗いたり映したり、とにかく視感の究極が味わえると思う。
 最後には、球体の内部を全面鏡にして、中心に自らを置いた友人の発狂は、まさしく人間の心の奥底をひっくり返すことにもなりかねない、その恐怖が見事に描かれていると思う。

「芋虫」
 これ、凄いよねえ。「反戦小説」だと評価されたりもしているけど、ご本人は否定している。苦痛と快楽と惨劇を描いた、と。ボクも、そう思う。旦那に従順に従っていた妻が、惨劇で芋虫のような姿になった旦那に対し、ある意味、玩具のように持て遊び、快楽の道具にしてしまう。これは、人間の深層心理とも言えるものではなかろうか。
 おそらく、この「江戸川乱歩傑作選」の中で、誰しもが一番の傑作だと評価するのではなかろうか。


江戸川乱歩傑作選 posted by (C)shisyun


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