フラガール | 空想俳人日記

フラガール

フラダンス ダンスが済んでも 踊ろうよ 



 もちろん、常磐ハワイアンセンターの成立物語は凄い重要だと思います。これまでの、日本が推し進めてきた産業、資源である黒いダイヤモンドなる石炭に関わる仕事にいらっしゃる人にとって、リストラあり、新たな事業の勃興あり、そういう時代背景の中で、変われない人々と変わらざるを得ない人々の中で、積極的に新しい時代を生きようとした人たち(しかも女性、炭坑ではありえない社会)。
 変わらない人間は悪くない、変わる時代が悪いのだ、そういうコメントもありましたね。今や、会社あるいは一つのビジネスモデルの寿命は10年だと言われています。リストラも名前の意味なんかそっちのけで、直ちに解雇みたいなものですね。それが良いのか悪いのか、それだけをここで語るにしては、世の中が、あるいは地球に生きる人々が何処へ向かおうとしているのか、そんな宇宙船地球号の観点で話さねばならなくなります。
 そういう問題からすれば、ここでいう常磐ハワイアンセンターのような新たなビジネスモデルを作れない企業も悪いんでしょうね。でも、それを理解できない労働者も考えるべき。まあ、そういうことも含んでいるでしょうが、それよりも、ここでは、変われない男ども(情けない)の中で、自分たちの仕事や生き方を見いだしていく女性たちの人生の悲喜交々を一生懸命観るべきでしょう。
 さて、東京では借金塗れで逃亡するしかないダンスの先生、そして、炭坑の女性たちは、変わろうとする人たち以外は生活のためなどの理由が参加の動機です。して、先生も同じ穴のムジナ。仕方なしに教える平山まどかを演じる松雪泰子、そして、昔の女性の代表である富司純子、その二人の狭間に蒼井優が好演をしています。もちろん、蒼井優は、岩井監督の「花とアリス」でご存知の方もいらっしゃいましょうが、バレエ経験があり、踊りは抜群です。でも、そんなことよりも、彼女を中心とした先生、母親、兄(豊川悦司、彼、こういう役のがこれから当たりかも)の関係がいいですね。
 でも、何がいいって、昭和40年以降の歴史観や周りの人々とのギャップよりも、彼女を中心とする、当初ずぶの素人で始まった常磐ハワイアンセンターのダンスガール、いわゆるフラガールたちの結束ですよね。その中で、南海キャンディーズの静ちゃんも結構重要なポイントじゃないですか。
 実は、この映画鑑賞と同じ頃に「夜のピクニック」というのを観て、極めて同質の感動を得たんですよ。こちらの方のが華々しく、「夜のピクニック」は極めて日常的でおとなしく素人臭いのですが、感動の源がいっしょであることに気がつきました。
 私たち人間って、被害者意識があると何も変われないんですね。変わりたくなければそれまででしょうが、例えば自分は何がしたいのか、そういう時に、時代の流れを加害者にしてしまえば自分は被害者です。学校の行事も主催者を加害者にしてしまえば自分は被害者です。よくよく考えれば、被害妄想って、今の自分を守りたい、変わりたくない、いや、むしろ、誰かから与えられたことで生きていくことに仕方なしのヨシとしている、そういう人たちが多いのではないでしょうか。「夜のピクニック」という静かな映画でもそうでしたし、この「フラガール」のように感動で涙塗れになる映画もそうですけど、そこで自分が何に気づき、何にトライし、何を得るか、それに尽きると思うんです。
 この映画の見所は、母親の変貌です。最後にフラガールたち、特に娘の蒼井優の熱演に観客が沸く、それを母親が体感する、蒼井優の涙いっぱいの笑顔。その踊り、ずっと終わらないで欲しい、そう思って観ていました。私たちは、映画を観て、物語の初めから終わりまで、自分がどう影響し感化されていくか、そのプロセスの素晴らしさに、また映画を観に行きたくなるのですよね。
 そうそう、ついでですが(ごめん)、岸部一徳にも拍手。先生役の松雪泰子にラストの方でボソッと言う一言、とっても効いてました。
 いい映画はいっぱいあります。いいえ、つまらない映画なんて、ひとつもないと思います。私はそうして、映画を観ています。