手塚治虫「ノーマン」 | 空想俳人日記

手塚治虫「ノーマン」

人類の 祖先がお月見の うさぎさん 



 5億年前の月世界のお話。ところで5億年前って、いつ頃でしょう。地球にはまだ人類はいなかったはずですよ。恐竜の時代? お話のラストの方で、恐竜が見えてますけど、白亜紀でも1億年前後前、あの、ジュラシックパークの名前の由来にもなったジュラ紀でさえ、2億年前から1億5千年前。じゃあ5億年前って、いつ? カンブリア紀が5億5千年前5億年前だから、この頃。地球には、三葉虫ほかの海洋生物が登場した時代ですよ。正確にはオルドヴィス紀の、古生代前期、約5億万年前から4億5千万年前までを指すから、これが近いでしょうか。オルドビス紀は、生物の多様化がカンブリア紀と同じくらい進んだ時代で、オウムガイの全盛期。三葉虫のような節足動物や筆石のような原索動物が栄えました。甲冑魚のような魚類が登場したのもこの時代です。
 こんな頃に月では緑があり人間がいて、しかも、今の地球人よりも進んだ文明社会があった、そうな。しかも、彼らは、私たちのような親を知らない。みんな試験管ベイビーなのだ。親の愛情なんて、なんのこっちゃ、ばかり。その月の王子様、それがノーマンなんですね。
 そうした今の人類よりも進んだ月世界をのっとりたいと思う宇宙人がゲルマン人。失礼、ゲルダン人。ゲルダン一族、大移動。ゲルダン人は血も涙もない冷血な高等生物らしい。月の国も、科学が進んで試験管ベイビーだから、親子の愛情も分からないらしい。そんな高等生物同士の戦いに、あちこちの宇宙からレインジャーなる戦士が呼ばれます。念力が使えることが理由らしい。
 その中に、五億年後の地球人が三人。その一人が主人公タク。連れて行かれたときは、パパとママがいるんですね。でも、パパ、あっけなく死んじゃう。ママ、すぐに冷凍化。なんちゅうこと、そう思うけど、月の人間も、ましてやゲルマン、失礼、ゲルダン人も、そんな親子の愛情を知らない。
 さて、ここで、五億年後の地球人が呼ばれるのは、ノーマンがビューアで気軽に未来が見られる装置があるらしく、私たちが今見る月、アバタばかりのクレーターだらけの地球を見たからでもあるらしい。なるほど、そういうことからすれば、栄えていた月が宇宙からの侵略者によって滅ぼされる前に、地球へ移民する件は納得。そう、私たち地球人は、先祖はノーマンの指示により地球に移民した月世界人ということになります。さて、そこでノーマンとは、Noman?それともKnowman?
 まあ、とにもかくにも、おもしろい。かぐや姫が月に戻ったり、二十世紀にしゃかりきに、ソ連とアメリカが月に行きたがったり、私たちが、月を見て、ウサキの餅つきや蟹の横這いに親しむのは、そうことかもしれない、と思うのしかり。
 でも、5億年前の移民が今の人間よりも科学的に優れていたはずなのに、今もう一度、初歩的な科学で邁進している地球人は、きっと、優れた科学に到達しない方がいい、そうした先人たちの智慧があるからかもしれない、そんなことで、冷血になる、親の愛までも何なのか理解できなくなる、そんな未来など、ちっとも明るくない、そういうことが言いたいのではないでしょうか。
 でも、そう言えば、昨今の様々な事件。親を平気で殺す子ども、子どもを平気で殺す親。ああ、親と子の愛が分からない、進んだ世界の人になりつつあるのかなあ、そう思えて仕方がありません。


ノーマン (サンコミックス) 全3巻 手塚治虫/作