手塚治虫「アラバスター」 | 空想俳人日記

手塚治虫「アラバスター」

透き通る 身も心も 雪の花 



 透明人間のお話は数あれど、これほど身につまされる差別や偏見、そして人間への不信や憎しみを突き詰めた姿を描いたお話は、あまりないのではないでしょうか。
 オリンピックの英雄とアイドルスター。英雄でありながら、黒人であることに、アイドルスターの付き合いは単にビジネスライクの感情抜き。そんなことも気がつかん主人公がアホと言えばそれまでですが。いや、そんなことより、黒人男性に対する差別と偏見は、その後の多くの不幸をもたらします。ここでアラバスターと名乗る人間が展開する復讐劇の根の深さよ。
 アラバスター、辞書で引いたら「雪花石膏(せつかせつこう)」と出てきた。雪の花のように透き通る石なのか。完全に透き通ることが出来ず、あたかも世の中の醜さの代表のごとく、美なるものの抹殺を繰り広げていく主人公。しかし、注目に値するのは私にとっては彼じゃない。物語は新たな二人の大切な人物を登場させてくれます。
 一人は亜美。そうそう、市川森一さんもおっしゃっておりますけど、彼女こそ、手塚マンガのヒロインベスト3に迫るキャラだとさ。じゃあ、そのベストスリーといえば、順不同だけど、「三つ目がとおる」の和登さん、「リボンの騎士」のサファイア、そして「来るべき世界」のロココ、だそうな。なるほどお、いいねえ。
 亜美って、容姿からすればメルモちゃんに似てなくもないよね。しかし、彼女はひょっとかすると、市川森一さんが言うヒロインベスト3に迫るどころか、もうこれは、ある意味で追い抜いてしまっている、そう思います。
 様々な人々に翻弄される幸薄いキャラクターは、ヒロインベスト3のような安定的にフィックスされたキャラと比べると、その悲哀も含め、余りにも情緒不安定な分、私たちをハラハラドキドキさせながら、じわじわと心の中に沁みてくる。心を揺さぶられる。
 さらに、そんな彼女の存在をさらに高めてくれるもう一人。手塚ファンなら、もうお馴染みのロック。役柄はロック・ホームという名のFBI捜査官。このロック自身も、他の物語の役柄から比べると凄まじい。美の頂点を自分だと思い込むほどのナルシスト氏なのです。「ぼくは美しい」・・・。そんな彼が、亜美と接触するシーンは際物、この物語を読む一番の醍醐味ではないでしょうか。
 少年誌に掲載にしては、結構グロで陰湿な話ではありますが、なかなか味わいのある作品です。ところで、この作品、誰か映像化してくれへんでしょうかねえ。しかも、可能であれば、アニメなんかじゃなく実写で。内臓剥き出しの人間も今の技術ならいけるでしょう。が、そんな映像よりも、私は、ラストの亜美の、悲しい結末ではありますが、美しい妖精に見えるシーン、それを是非映像で見てみたいのであります。
 手塚先生自身は「最悪の時期の悪い作品だ」などと自ら吐露されてらっしゃったようですが、いえいえ、最悪の時期だったかもしれませんが、最高に上出来の作品ですよ。


手塚治虫漫画全集(89)