天使 | 空想俳人日記

天使

天からの ちょっとお使い コンビニへ 



 実はちょっと気分が滅入っておりまして、笑いに行こう、そう思って「THE有頂天ホテル」観るつもりで映画館へ行ったのでした。映画館に着くまで、確かにそのつもりでした。ところが、何を思ったのでしょう。
「ああ、有頂天は、きっとたくさんの人が観ているから、私が観なくてもいいかな」なんて。
 そういえば、三谷氏の映画作品観たのは、脚本担当した「12人の優しい日本人」。面白い本を書く人なんだな、記憶のメモ書きにとどめておかなきゃ。そう思いながら、なんと、その後の脚本や監督された映画観ていないんですねえ。せいぜいテレビで古畑観たくらいでしょうか。そして、このたび気分を晴らすために、やっと観る意志が持てたのに、劇場の前で、先に「みんなが観ているから、まあいいかあ」そう思ってしまったんですね。そして、と同時にふと目に飛び込んできた上映スケジュールの中の「天使」という文字。
「これ、なんだろう」。ポスター観るが、原作の漫画家も知らない。監督も知らない。主人公は深田恭子、大丈夫かア。空中庭園で好演だった永作さんが出てるじゃない。あら、濱マイクの永瀬さんも。なに、泉谷じゃん。それと鰐淵晴子さん。あとは、役者よく知らない。話の内容もまったく知らない。そういや、劇場の予告でも見たことないな、大丈夫かな。でも、「天使」だよねえ。私はいつのまにか「天使」の切符を手にしていた。ベンダース監督の「ベルリン・天使の詩」も思い出した。でも、すぐに、打ち消した。天使の視点からであればあまねく事象を見つめ得るという着想は同じかもしれないけど。
 さて滅入っていたのは仕事のせい。私の仕事は、半分はコンセプトワークとかキーワードとかコンテンツとか、さらにキャッチやらボディやらと言葉にまつわることなら何でもでかしまっせ職。でも、半分というのは、それ以外にクライアントとの折衝やらもあるから。故に、でかしたプランも自分で強引にでも理解していただく説得が必要。そのコミュニケーションも言葉だから、それも仕事の一つになってるけど、みんな言葉じゃん。うへえ。でもねえ、疲れるのよねえ、そのコミュニケーション。
 しかも、でかした後のコミュニケーションよりもでかす前の時間がかかる。何日も何も浮かばないこともある。でも、一生懸命それに関することを調べたり、そのことを24時間絶えず頭の片隅ででも考えていると、ふっと天使が舞い降りてくることがあるのよ。そう、まるで「綴り字のシーズン」のように、言葉の天使が。
 だから、「天使」。天使はジンライムがお好き? 私は最近は日本酒。以前はビールばかし。日本酒、頭が痛くなるだけで全然ペケだったん。
 がんばってもがんばってもがんばっても、なかなか天使が降りてきてくれない。余計に世界が狭くなるばかり。そんな時、ふっと息抜いて熱燗一杯、二杯やると、ほわ~んと世界が広がっていく。そして、へろへろっと天使が舞い降りてくる。でも天使は喋らない。天使はアドバイザーじゃないから。手塚治虫の「リボンの騎士」のチンクや、ピーター・パンのティンカーベルのような、でしゃばりでもない。ただ世界を広げ、見えない世界を見せてくれる。
 でも飲みすぎると、すぐ眠たくなる。持続できない。それと、天使が、ああ、そこまで来ている、なあんて時にへんに話しかけられたりすると、天使はあっという間に逃げてっちゃう。だから、そういう時は、むやみやたらに話しかけてこないでね。
 そうそう、こうして映画のレビュー書くときも、天使が降りてくるときと降りてきてくれないときがある。そうかあ、ジンライムの方が効き目があるかもしれないね。今度ジンライム飲もうっと。
 みなさんも、がんばってもがんばっても駄目なとき、ジンライムを飲もうよ。そうすると、天使がやってきて世界を広げてくれるかもしれないよ。
 そうそう、レイ・ブラッドベリの「10月はたそがれの国」「死ぬときはひとりぼっち」、題名だけだけど出てきましたねえ。いや懐かしい、学生時代よく読みました。「華氏四五一度」「火星年代記」「ウは宇宙船のウ」「たんぽぽのお酒」「十月の旅人」などなど。この本読んでたユミだったっけ、天使が見えませんでしたね。ブラッドベリが天使がわりかな。それとも歌かな、「天使が舞い降りてくる日」っていう。
 ところで、天使が見える人と見えない人がいましたが、どういう人に見えるか、なあんてね。でも、そんなことよりも、この映画を観に行った私たちには天使が見えていた、ということ。観に行かなかった人には見えなくて観に行った人には見えた、ということ。じゃないかな。