オリバー・ツイスト | 空想俳人日記

オリバー・ツイスト

貧困の 支えに悪は 何処にある 


 

 そういやあ、ローズマリーから何年? 1970年頃だと思うから、35年にもなるんだあ。人間が人間以外の子どもを産む、なあんて、よう分からんけど、心理描写が卓越的な作品。そうして、さらに名作「テス」が生まれたはね。ナスターシャ・キンスキーもよかった。文豪ハーディの名作を、ポランスキーが英国ロマンの薫りふんだんに映像化した大作メロドラマ。それにしても甘美だったなあ。そんなんが煮詰まって、世間的には余り有名じゃないかもしれないけれど、「赤い航路」、今から10年ちょい前の作品。愛情とは精神的にも肉体的にも残酷なものへと変貌するものであることを、心理的な恐怖症感覚で素晴らしい映像化しちゃったねえ。
 それからどうしたあ、なんて思ってたら、そのあと、いきなり「戦場のピアニスト」なる映画で、ご立派になられちゃった。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞でしょ。そして、ななななんと、アカデミー賞監督賞も。あらら。ところで、その前に、単なる出演だけど、ルコント監督の映画に欠かせない男優ミシェル・ブランが監督した「他人の空似」に出てたの知ってる? ま、それはいいけど。そんなこんなで、今回「オリバー・ツイスト」だって。
 これも、文豪ディケンズの名作よん。なかなか見ごたえはありましたよ。かつての、ちょいやばい作品作りしてきたポランスキーがいたく正統派の作品を作りたもうたら、力強い作品になりましたね。もちろん、昔のポランスキー好きな人からすれば、毒気がなくなったと思うかもしれませんけどねえ。なんせポランスキーなんだから、もっと人から誉められるよりも、けちょんくそんに貶されるような自意識過剰なる心理的映画を撮って欲しいな、そう思ってしまう人も多いのではないか。つまり、今回の「オリバー・ツイスト」は優等生作品という感慨。
 でも、その中でもひときわ光る主人公の絶えず悲しげな顔と、彼がもっとも心を通わせられたはずの相手、ベン・キングズレー演じるフェイギン。彼、いい役者だねえ、「砂と霧の家」にも出てた。そうそう、「AI」に「シンドラーのリスト」にも出てた。オリバー演じる主人公の子役が素晴らしいいう話だけど、いやいや、それよりも素晴らしいのは、ベン・キングズレー。牢屋で絞死刑前に妄想に取り付かれている様なんて、いいよねえ。ほんと光ってた。
 で、この作品、彼の演技があるからこそ救われた、この作品がごろっと変わった。と言っておしまいですむのだろうか。本当に、それだけなのだろうか?
 ポランスキー自身は、文芸作品を莫大な費用を使って単に道楽的にこしらえているだけなのだろうか。この映画、賞を受けるべく作品「戦場のピアニスト」に拍手喝采だったアメリカでは、受けが悪かったらしい。前作と比べて、単に文芸娯楽大作になってしまったためだからだろうか。
 先のベン・キングズレーの光る演技にしても、言い換えてみれば、彼の演技は彼自身によるところだけだったのだろうか、ポランスキーにとって想定外だったのだろうか。そんなことはないだろう、そう思って、この作品を咀嚼すれば、単に文芸作品を描いたのではない、前作「戦場のピアニスト」の思いがあれば、こう観よう。
 19世紀前半の英国は資本主義経済が浸透し、富が蓄積されるとともに膨大な貧困層を生み出しながらも、後の社会福祉制度の萌芽のような制度があったそうだ。これは当時の英国の話だが、これを今の世界に置き換えられないだろうか。簡単に言えば、オリバー・ツイストは21世紀にもいる、ということだ。いるという表現だけでは生ぬるい。より増えるであろう社会構造になってきている、とも言えるのではなかろうか。ふと、「ドミノ」という映画を思い出した。あの中で描かれている社会構造は現実だ。
 そして、オリバー彼一人だけを救う者もいるだろうが、彼とともに、彼以外とともに共存しようとするフェイギンも、今の時代にいるということだ。そう考えれば、最後にオリバーが牢屋でフェイギンに対し「お願い。許してあげて」という言葉が力強く感じられるはず。結果、オリバーの願いも空しく資本主義経済の社会はフェイギンを処刑する。そこまで考えて作られた作品だとすれば、これまでポランスキーが監督として創りあげてきた数々の作品の延長にあると見えるのである。
 オリバー・ツイストは21世紀にもいる、さらに作られようとしている。そして、彼とともに身近に生きるフェイギンも21世紀にいる。特に今、貧富の差は歴然と2極化している。市場原理崇拝のアメリカ理論だ。フェイギンは貧民の代表であり犯罪まがいで生きるしかなく悪のレッテルを貼られるしかない。それがラストで伝わってきたのは、私だけだろうか。アメリカで受けが悪かったのは、そうしたことに過敏になっているアメリカだからではなかろうか。
 なぜ今「オリバー・ツイスト」なのか。この「オリバー・ツイスト」という作品、単純に19世紀の文豪作品の映画化だけだとは思えない。