時代の卒業ソング、H20「想い出がいっぱい」、荒井由実「卒業写真」、キロロ「未来へ」、ドリカム「笑顔の行方」、岡本真夜「トゥモロー」、最後のお弁当、人生の階段、仰げば尊し、卒業式・卒園式。

 

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*今後の予定曲

 
 

音路(21)
幸せは踊り場にある… ゆっくり登っておいで



今回のコラムは、卒業シーズンにあわせて、以前のコラム「音路(21)幸せは踊り場にある~ゆっくり登っておいで」の内容を修正・加筆、楽曲や動画を追加するかたちで、掲載させていただきます。


◇卒業シーズン到来

今年も、卒園や卒業の季節がやってきました。

ちょうど、それをむかえた方…、
親としてわが子の卒業を見届けた方…、
数年前に行い、なつかしく思い出される方…、
はるか遠い記憶の中で 美しい想い出となっている方…、
中には、戦時中で式典はできなかったが、苦労を共にした仲間たちの顔を思い出す…
という方々が、たくさんおられることと思います。

人生は、さまざま経験の連続…途切れることのない水の流れのよう…。
卒園や卒業は、その流れの中で、強制的にやってくる人生の節目ですね。

自身の意思で、これまでの活動を止め、新たな出発をする時にも、「卒業」という言葉を使う人も少なくありません。

それは、「卒業」が、ものごとの終わりの意味だけでなく、これからの自身の未来への出発点にもなるからですね。
まさに、連続して続く「人生の階段」の途中にある「踊り場」が、この「卒業」です。

今回のコラムは、そんな「踊り場」で一息ついたつもりで、少し懐かしい楽曲を聴いてみたいと思います。
親である方は、子供とともに…、そうでない方は、自身の美しい「想い出」の中の「踊り場」を、どうぞ思い出してみてください。

「踊り場」とは、あまりにも輝いている場所なのですから…。


◇笑顔の行方

さて、「卒業」という言葉を聞いて、あなたは、何を頭に思い浮かべますか?
学生時代は楽しかった…、つまらなかった…、辛かった…、
そろそろ、仕事を卒業しようかな…、
いろいろなことが脳裏をよぎることと思います。

どうでしょう…、今のご自身と、学生時代の卒業時のかつての自身を比べて、何かが変わりましたでしょうか?
変わっていないものはありますか?
失ったものはありますか?
失っていないものはありますか?

* * *

「ドリームス・カム・トゥルー」の1990年の楽曲「笑顔の行方」です。
懐かしい卒業アルバムを開いて、自身の無邪気な笑顔の写真を見始めるところから、この歌は始まります。

あの頃は泣いてばかりの私…
でも、もうあの頃の私じゃない…
私は何も失ってなどいない…
あの頃と同じ笑顔はできなくても、私には…

あの頃の私から、しっかり卒業し、愛にまっしぐらの楽曲…
1990年の三人…。
ドリームス・カム・トゥルー
♪笑顔の行方

 

さらに25年後のドリカムの歌唱… 変わらず元気いっぱい、笑顔いっぱいで、愛にまっしぐら!
それにしても、吉田美和さんと中村正人さんは、日本の音楽史に残る作詞作曲の名コンピ!
2015年のライブ
♪笑顔の行方

 

皆様も、学生時代の友人たちの笑顔を思い出す方々も多いと思います。
人の笑顔は、時空を越えて、きっとどこかに向かっていきますね。


◇最後のお弁当

卒業シーズンになると、多くのブログには、わが子の高校卒業での「最後のお弁当」という内容の記事や写真があふれてきますね。
おもしろ話しから、感動話しまで、それはそれは内容豊富!
お弁当も、力作ぞろい!

私自身は、もう何十年も、家族に弁当を作ってもらったり、作ったりはしていませんが、他人のブログの弁当写真を見るのが大好物です。
一年通して、ネット上にある、知らない人たちの弁当写真を眺めて楽しんでいます。
その人物や家庭の個性があふれる、味わい深い、奥深い、家庭ごとの「しみじみ弁当ワールド」です。

* * *

さて、弁当をつくるママやパパたちにとっては、わが子の高校卒業時が、子供たちへの「最後のお弁当」になることが多いですね。
三年間のホームドラマが集約されたような、作る人の思いが凝縮したような、「最後のお弁当」です。

皆さん、作った弁当のメニューを覚えておられますか?
作ってもらった弁当のメニューを覚えておられますか?
味は…?
見た目は…?

最近は、最後のお弁当の写真はもちろん、お弁当づくりの光景を動画で残しておく方も多いようですね。
息子たち、娘たち…、作ってるところを、動画で初めて見たとは何事!
三年間、何を見てた!
(子)エ~ッと、食ってただけ!

毎日のお弁当に、「〇〇べんとう」などの名称を付ける方もいます。
昔はウインナー造形が主流でしたが、近年は、すごい「キャラ弁」も!

* * *

子供たちが、幼稚園や学校で、どんな風に弁当を食べているのか、見たことがないという親御さんも少なくないですが、一度、見せてあげたいものです。
幼稚園や保育園では、自慢合戦、おかず交換、まるで おもちゃを見るような視線ですよ。
「先生、聞いて聞いて…、この食べ物はうちではね…、ママはね…、パパなんてね…」。

女子中学生だと、ミニトマトを落として転がっただけで、ゲラゲラ…。
よくあれだけ、食べもののことだけで語り合い、笑い合えるものです。
「ねえ、あの店の新メニュー知ってる…、新商品の菓子食べた…」。

高校生あたりだと、友人の母親の料理の味の嗜好や腕前を知っている…。
「あいつの弁当の肉の味は抜群やで… 煮物も最高や!俺にもよこせや!」。
「二限目に、もう食い終わったで…」

食卓や食事、家庭が、ひとつの箱の中に凝縮しているのが、まさに「お弁当」!
「お弁当」と、ひとクチに言っても、ここまで家庭によって違うものか…、卒業で終わってしまうのは、実に惜しい!

息子よ、娘よ、パパもついでに…、毎日しっかり味わってよ!

ママたちに感謝して、この動画を…。

東京ガスCM
動画「お弁当をつくるお母さん」

 

西友CM
動画「お母さんのお弁当覚えてる?」

 


◇お料理ノート(世界にひとつのお弁当)

私は、仕事の関係で、故人を偲ぶ映像に、かつて たくさん関わってきました。
その際に、故人に関わる遺品や資料をたくさん調べるのですが、男性と女性で決定的に違う内容があります。
男性の遺品にはまずないものが、女性の遺品にはたくさんあるのです。
それが、料理を記したノートやメモ類です。

冷蔵庫の中の作り置きの料理、いつからあるのか わからないカメやビンの中の漬物、この食器は何のため…、女性の遺品にはそうしたものが山ほどあります。

遺されたノートには、材料や作り方はもちろん、購入した日にちや店名、量や代金などが細かく手書きで書かれていたりもします。
代金をまけてもらったとか、去年より高過ぎなどと、書き添えられていることもあります。
料理のちょっとしたコツも、おそらくは本人しかわからないであろう書き方がされていることもあります。

このノートは、たいてい本人しか読み返しません。
家族の味の感想やら、亭主へのグチやらが、ノートの隅に書かれていることもあります。
テレビの料理番組や旅番組、ドラマから料理のヒントを得たと書いてあることも多くあります。
家族に料理を作る際の、好き嫌いの克服法とか、高血圧対策とか、自身の料理への課題が書いてあることもあります。
たいていは、話し言葉のような文章が書かれています。
今現代でいえば、ブログ内容に近いものですが、よりプライベート色の強いノートの内容です。

まさに、料理する本人の人生が、料理というテーマで切り取られているような内容なのです。
昭和世代のお母さんたちには、このようなノートをお持ちの方が相当におられますね。

* * *

クラシック音楽の大作曲家の中には、自身が死ぬときに、それまでの自身が記述した楽譜をすべて焼却させた作曲家もいますが、あなたなら、どうされますか?

卒業と同時にすべて消し去りたいですか…、それとも、多くの人の心の中にとどめておいてほしいですか…。
せめて、「お料理ノート」だけでも…。

遺族は、ノートの文章を読んだだけで、その味を思い出せますね。
「あの料理… それほど美味くなかったけど、私は好きだったな…」。

どれだけの時間と愛情が、そのノートの中に残っていることか…。


◇幼稚園・保育園・小学校の卒業

さて、世の中には、数えきれないほどの「卒業ソング」が存在しますね。

卒業式や、特定の卒業場面を描いた内容の楽曲から、その歌詞の内容から「卒業」と強く結びついて、まさに「卒業ソング」として愛されているものなど、列挙したらキリがありません。
皆さんも各自に、「誰が何と言おうと、私の『卒業ソング』」はこれ…」という楽曲をお持ちでしょう。

今回は、定番曲や、私の独断で、映像と結びついた音楽動画をご紹介したいと思います。
ここでは、基本的に、いわゆるポピュラーソングに絞ります。

* * *

1980年頃から2000年代初めの頃まで、下記の三曲は、幼稚園、保育園、小学校では、まさに定番曲でした。
式に参列した親御さん方は、この楽曲が聴こえた瞬間に、涙腺が崩壊していましたね。

私は、立場上、卒園や卒業の現場に、かつて数えきれないほど立ち合いましたが、2000年頃からは、母親だけでなく、父親が卒園式や卒業式に参列することが急激に増え、男泣きする父親が続出してきました。
普段から、ちょっと強面(こわもて)のお父さんほど…崩壊しやすい!
そこまで号泣しなくても… という、会話不可能になるお父さんもめずらしくはありません。
「むす、むこ、ころもが…、ころもが、ありあり(うぃ)がとうござい…、ございます、るるるる」。
「お父さん…、涙声で何をしゃべっているのか、聞き取れませんが…」。

泣き顔を見られるのが嫌で その場から立ち去るお父さん…、
涙を我慢するため、急に沈黙し、おかしな変顔になるお父さん…、
家族が寝静まってから卒業式のビデオ映像をひとりで見ながら号泣するお父さん…、
父親たちだけで居酒屋に集合して号泣する男性グループ…、
など、見たり聞いたりして顔が緩むような話しに、私は、たくさん触れたものです。

母親や祖父母という立場になると、平気で、卒業する本人の前や式典でも泣くこともできるのでしょうが、まだだまその時代の頃までは、父親は人前、ましてわが子の前で泣き顔など見せられない男性が少なくはありませんでした。
今は、どうなのでしょう…。

「そんなこと、知らねえよ」とご主人が答えたら、それは、どこかで号泣している証拠ですね。
お母さんは、お父さんのそんな裏の素顔を、そっと わが子に伝えておいてくださいね。

かつての、定番の三曲です。
自分で歌った方…、わが子の歌声で聴いた方…、これらの曲を憶えていますか…。

♪思い出のアルバム

 

♪さよなら ぼくたちの ようちえん(ほいくえん)

 

♪今日の日は、さようなら

 


◇本人たちしか知らない「卒園・卒業」

ひとつだけ、幼稚園や保育園での、私のエピソードを書きます。

私はかつて幼稚園生や保育園児らと、普段の園で、よく話しをしました。
いつの頃からか、卒園式では「将来は〇〇になりたい」という、卒園生ひとりずつの発表が行われるようになりました。
私は、親のいないところで、子供たちに、それが本当の話しなのか、よく聞いたものです。

すると、「本当はウルトラマンになりたいのに、ママから、弁護士になりたいと言うように言われた」とか、「本当はママやパパの店を手伝いたいのに、サッカー選手になりたいと何となく言ってしまった」とか、中には「本当は『かぼちゃ』になりたいと言いたかった」という子供たちの声を聞きました。
正確には、よくよく聞くと、かぼちゃのような人間になりたいということらしいのです。
ようするに、頑丈な身体で、強い意思を持ち、中身はおいしく、さらに黄色に光っているという意味なのです。

子供たちが本当になりたいと思う姿には、それぞれ必ず理由がありますね。
実は、その姿の外見や社会的な地位ではないのだと感じます。

昔は、結構 衝撃的ではあっても面白い発言が多く、会場が笑いに包まれたりしたものです。
やはり、外面(そとづら)よりも中身が重要な「かぼちゃ発言」のほうが面白いし、中身があるし、実に「おいしい」。
「かぼちゃ」と表現した子は、きっと今頃、いい作家になったことでしょう…。
絵本作家でしょうか…。

* * *

弁護士よりもウルトラマンのほうが、どれほど正義感もチカラも強いことか…。
それでも、私は、「本当はウルトラマンになりたいのに、ママから、弁護士になりたいと言うように言われた」という、その子に、本番前の練習の時に言いました。

「弁護士の仕事は、ウルトラマンと同じように、立派なお仕事だよ。ウルトラマンに倒される怪獣ではなく、ウルトラマンを助ける人たちだよ」と。
その子は、卒園式の本番に、しっかりとした声で「弁護士になりたい」と言いました。
そして、壇を下りる時に、私の方を見て、胸の前で、腕を十文字にして見せてくれました。
私は、ニヤリと、うなずきました。

これは、私とその子だけしか知らない、ある卒園のお話しです。

* * *

幼稚園や保育園では、必ずケンカの仲裁役を買って出る子供が一人か二人はいます。
実は、彼らの親は、そうした自身の子の姿を知らないケースも少なくありません。
子供なりに、何かを感じて、親に話さないこともあります。

その仲裁方法も、子供それぞれにユニークな方法で、話し合いよりも理にかなっています。
実は、役割分担まであり、子供たちの見事な連携プレーを見ることもあります。
先生たちも、しばらく様子をみていることも多いですね。

まさに園での数多くの経験が、子供たちに、そのチカラや思想を植え付けていくのだろうと思います。
そこには、大人社会の弁護士の発想、裁判の発想は絶対にありません。
たいていは、その場の彼らだけで、彼らなりの方法で、解決させてしまいますね。
5分後には、笑いながら一緒に遊んでいたりします。
大人には、ちょっとマネできませんね。

* * *

近年の子供たちの中には、自身が描いた絵の中の人物の横に、言葉の台詞を書き込む子がいます。
こうした子は、画家や音楽家よりも、漫画家や作家、映画監督、俳優に向いているのかもしれません。
画家や音楽家になるような子は、まず言葉を書き込まない気がします。

自身の語りだけで、光景や感情を見事に再現できる子もいます。
おもちゃなどで「ひとり遊び」する時の、子供たちの言葉や歌をよく聞いてみてください。

瞬時に、友人や動物、物のモノマネをできる子もいます。
自分劇場を始める子もいます。

空中に飛びあがっているわずかの時間のあいだに、身体を自在に動かせる子も中にはいます。
どれだけの潜在的な運動能力でしょう。
空中姿勢は、重要なヒント!

子供たちというのは、本当に、個別の特殊能力だらけですね。

子供の頃の年齢では、結果を出すことよりも、方法論・認識論・プロセスを学ぶ方が大切なのでしょうね。
大人になってから大きな違いが出るのだと感じます。
幼稚園や保育園に行くと、子供ごとに持つ特殊能力が、いかに違うかがよくわかります。

私の記憶の中では、自分だけの特別な能力を持っていない子は、ひとりもいませんでした。

* * *

子供たちは、家では絶対に見せないような姿を、外の学校の世界で見せたりするから、実に面白いですね。
想像以上の勇敢な姿や、あまりに優しすぎる姿、リーダーシップを発揮する姿など…、実は、わが子のそうした姿を知らない親御さんも多かったりします。

幼稚園の子供たちは、「ママも、パパも、先生も知らない、私たちだけの話しだけどね…」という話しを、私のような第三者の大人だからこそ、したりもします。
幼稚園や保育園には、先生すら知らない、子供たちだけに通じる用語や表現があったりもします。
先生も、必要以上に、入り込みすぎないこともあります。

卒園生・卒業生の本人たちしか知らない「卒園・卒業」の世界があるのは、きっと間違いありません。
中高生になると、静かに、大きな「決意」をする子もいます。
時に、そっと見守っておきましょう。

いずれにしても、大切で美しい「想い出」にしてほしい「卒園・卒業」です。
さて、話しを「卒業ソング」に戻します。


◇卒業写真(1975年)

「卒業ソング」は、その数があり過ぎますので、70年代、80年代、90年代の代表曲を、各年代ごとに一曲ずつご紹介します。
この三曲は、数ある人気「卒業ソング」の中でも、特別な存在だと感じます。

* * *

70年代ですと、やはり、1975年発表の荒井由実(結婚後に松任谷由実)さんの「卒業写真」でしょうか。

これは式典や行事で歌われるというよりも、卒業する本人が家に帰ってから、一人でしんみりと聴くような楽曲でしょうか。
あるいは、ずっと後に大人になってから、卒業シーズンになると、どうしても聴きたくなるような楽曲でしょうか。

この楽曲の歌詞のチカラは、いまさら言うまでもありませんね。
当時から今現代まで、とてつもない数のカバー曲があります。

* * *

この歌詞は、卒業当時の時期だけでなく、その後の人生にも継続していく想い出や心情が描かれており、その想いはこれからも継続していきます。
当時から今現在まで、この曲を聴き続けている人は非常に多いはずです。
きっと、これからも愛され続けていく、歴史に残る名曲でしょう。

今でも卒業当時の自身そのままの方…、変わっていった方…、遠くでも近くでも隣に𠮟ってくれる人がいる方…。

歌詞にある「あの頃の生き方」…、遠い過去の自分はどんな生き方だったでしょうか…。
私は、卒業の過去が遠すぎて、「あの頃の生き方」なんて、もうよく思い出せません。
ただ、あの頃に自身が何かの思いの中で生きていたのは確かです。

思い出いっぱいの「卒業写真」の中にいる大切な人物に語りかける…そんな、素晴らし過ぎる歌詞の歌です。

個人的には、やはり荒井由実さんの当時の歌唱でないと、自身の卒業を思い出すことはできませんが、下記に歌唱の一部分だけをどうぞ…。

荒井由実
♪卒業写真

 

やはり当時に、大ヒットした別のカバーで…。
ハイ・ファイ・セットの歌唱バージョンです。
こちらで記憶している方も多いことでしょう。

こちらで記憶している方も多いことでしょう。


♪卒業写真



◇未来へ(1998年)

80年代の代表曲は、このコラムの最後にご紹介します。

90年代に思い出すのは、1998年のキロロが歌った「未来へ」です。

この曲の発表の後、世の中の幼稚園や保育園の卒園式では、この歌がとてつもないブームになりましたね。
この曲に関しては、当時、園の先生方が子供たちに贈る曲として歌われることも非常に多く、先生方が泣きながら歌うシーンを、私はどれだけ見たことでしょうか。

* * *

この曲の歌詞は、母親の心情や願いが、めいっぱい込められており、その歌詞から、自身の子育ての苦労や、わが子と過ごした これまでの出来事を思い出すのです。
今でこそ、子育てをする父親は増えましたが、この歌詞は、まさにママ目線の歌詞です。

あれほど幼かったわが子の「成長」に、突然気づかされた時の驚きと、うれしさ、さみしさ…さまざまな母親の感情が混ざり合った歌詞内容ですね。

この歌詞の最後は、まだまだ幼さの残るわが子に向かって、「これからも一緒に、ゆっくりと歩いていこう」とやさしく語りかけます。
まさに、親子がこれから歩む道を実感するのです。

当時の卒園行事では、この歌で、ほぼ全員のママたちが涙していました。
そして歌が終わった瞬間、声にならない、涙の沈黙の瞬間が起こります。
涙と感動が、全員の声をふさいでしまう瞬間です。
そして、気を取り直した司会者が、進行を進め始めるのです。

私は第三者として、こうした場に何度もいて、この楽曲の絶大な「底ヂカラ」を毎回 実感しました。

* * *

人は、大人になるにつれ、自身の足元を見ることをしなくなりますね。
この曲は、子供たちだけでなく、大人に向けたメッセージでもある気がします。
たまには大人も、自身の足元を見なくちゃ…。

やさしい女性目線の、歴史に残る すごい楽曲だと思います。

キロロ
♪未来へ

 


◇生き続ける想い

ここからは、近年も含め、映像作品としても非常に素晴らしい、印象的な「卒業ソング動画」を少しだけご紹介します。
このような音楽動画が作り続けられていることは、うれしいですね。

愛おしい学び舎…。
「旅立ち」って ちょっと不安… でも歩み始めるの。
川嶋あい
♪旅立ちの日に


姉と妹の同じ日のそれぞれの旅立ち…。
レミオロメン
♪3月9日


卒業して、それぞれの道に進んでも、私たちはバラバラのひとりじゃない…。
亡き友もいっしょ…。
AKB 48
♪桜の木になろうよ


あの日の約束はずっと続く…。
ケツメイシ
♪さくら(2021バージョン)


先生、コロナって キツいっすね…、そうだな…。
森山直太朗
♪さくら(2020合唱バージョン)

 


◇変わっていくもの

本コラムは、昭和のベテラン世代の方々にも、たくさん読んでいただいていますので、ここで、昭和の卒業定番曲「仰げば尊し(あおげばとうとし)」を…。

この楽曲が、日本の学校の卒業シーンで歌われなくなって久しいですね。
学校側が歌わせなくなった理由については、釈然としないことも多いですが、しっかりと音楽や歌詞を解釈し、意味を教えられる人材が減ったのかもしれません。
また、教師と生徒の関係性が、時代とともに変化してきたことにも、よるのかもしれません。

今、NHKでも、古い時代の「朝ドラ」や「大河ドラマ」を放送していますが、今現代には使っていない言い回しや用語の台詞が、たくさん登場してきますね。
当時は当り前であった言葉表現だったりしますが、今は通じない表現も多くなりました。

とはいえ、時には、この世代間ギャップが面白い…ほほ笑ましい!
そこのお爺ちゃんも、孫と、こんなことしてませんか…。

ドコモCM

 

* * *

さて、この楽曲「仰げば尊し」は、1884年(明治17)に、日本語歌詞のもと発表された唱歌です。
日本から、台湾へ、中国へ伝わり、今でも、それらの国では愛されている楽曲です。

日本の楽曲だと長く考えられていましたが、研究の結果、アメリカの古い楽曲が原曲だと判明したのが2011年のことです。
「Song for the Close of School」というタイトルで、1871年(明治4)の米国の楽譜集に掲載されていたことが発見されました。
その当時の明治時代は、古い米国の音楽が、たくさん日本にもたらされていた時期ですね。
米国でも、日本でも、消えていった卒業の曲です。

 

そういえば、ズボンのベルトに、いつも手ぬぐいを ぶら下げ、いっつもバカでかい声だった あの先生は、今、天国でも教師をやっているのかな…。

「俺は教師しかできない」って、いつも言ってた、あの恩師…。


♪仰げば尊し

 

台湾の卒業シーズンは6月だそうです。
♪青青校樹(中国語)

 

まさにクラシックの歌曲。
かつての青年卒業生たちも、しっかりと年齢を重ね、変わってきました… でも、蝶ネクタイが素敵に見えるお年頃です。
人生の卒業は、まだまだ!
♪Song for the Close of School

 


◇変わらないもの

近年、卒業シーズンによく歌われるようになった ある合唱曲があります。
「変わらないもの」(作詞作曲:山崎朋子さん)という楽曲です。
学校合唱コンクールでも、よく歌われるそうです。

コロナ禍が続く近年ですが、卒業風景も、コロナ以前と少し変わってしまいました。
卒業行事だけでなく、学校の教育内容や課外活動、学校行事までが変わってしまいました。
それでも、「変わらないもの」、「変えなかったもの」も、しっかりあると思います。
本質は変えない…、大切なものは変えない…、変わらない精神も大切かもしれません。

この春に学校を卒業する方…、これまでの仕事から新しい道に向かう方…、今 多くの苦難と戦っている方…など、今、自分自身に、何かの変化が起きた方は少なくないと思います。

人は、未知への挑戦、困難や病気、挫折の中にあっても、本来の自分自身の中にある「変わらないもの」を持ち続けていくのだろうと感じます。
あなたの中にある…、あなたの周囲にある…、美しい「変わらないもの」を、これからもずっと大切に…。

♪変わらないもの

 


◇持ち続けるもの

日本には昔から「箸(はし)が転んでも笑っている」という言葉表現がありますね。
大人になると、そこまで無邪気に笑う人物たちに接することは、まずありません。
ですが、昔も今も、世の中には、そうした人たちが、しっかり います。
中学校や高校に行くと、そんな女子学生たちが必ずいます。
ある意味、男子生徒も同じです。

どうして、そんなに大勢で笑っているの…、何が、そこまでおかしいの…。
大人では理解不能ともいえるほどの、箸の転がりです。
私も、そうした子供たちの光景を何度も見てきましたが、その度に、こちらが困惑してしまうのと同時に、いい光景だなと感じたものです。

歳を重ねた私の中には、そこまで転がる箸(はし)は、もうありません。
私は、箸が転がったら、そうそう簡単に拾いあげないで、そのままにしておくような、「箸が転んでも拾わない」年齢になりました。
「誰か、落とした箸を拾ってくれよ…」。

* * *

一方、そんな笑いの輪の中に入りたいのに、入れないで、隅っこで箸を握ったままの生徒たちの姿もたくさん見てきました。
それでも、その箸を折ることなく、大人になるまで大事に持っていってほしいものです。
いずれ、一緒に笑いあえる別の人が、目の前に必ずやってくるはずですね。
そんな生徒たちは、「卒業」を、別の意味で待っています。

あなたの中に、あなたの「桜」を失わないで…と歌うこの楽曲。
名前のない「桜」はいません。

コブクロ
♪桜

 


◇想い出がいっぱい(1983年)

さて最後に、80年代の一曲をご紹介します。

1983年発表の、H2O(エイチ・ツー・オー)が歌った大ヒット曲「想い出がいっぱい」です。
当時のヒットテレビアニメ「みゆき」のエンディング曲でした。

当時から、今現在まで、テレビCMでも断続的に使用される「黄金曲」のひとつです。
数年前に、この楽曲をBGMにして、俳優の香川照之さんが「大人の階段のぼる」と歌いながら車に乗り込むという、保険会社のテレビCMがありましたが、私は笑いながら見ていました。
ここで「大人の階段」と聞かされるとは…。
ようするに、この曲の世代が、保険ターゲット…?
階段…、快段…、怪段…、介段(介護段)…。

今でもテレビCMに使われるくらい、強烈な印象を残した楽曲でした。

* * *

この曲の大ヒットの要因は、すばらしいメロディはもちろんですが、阿木燿子さんによる、ロマンチックでキラキラ輝く詩の世界でした。

古いアルバムの中に隠れて…
キラリ木洩れ陽のような…
無邪気な笑顔の下の…
大人の階段…
ガラスの階段…
君はまだシンデレラ…
恋を夢みる頃…
幸せは誰かがきっと運んでくれる…

まさに、夢見る女子学生の世界が炸裂したような歌詞フレーズですね。
ある意味、男子学生でも抱いているような想いかもしれません。

この頃から、「思い出」と「想い出」が使い分けられるようになった気がします。
私は長野県の出身なのですが、作詞した阿木燿子さんも、歌ったH2O(エイチ・ツー・オー)も長野県の出身ですので、非常に愛着を感じた楽曲です。

これほどキラキラ輝く「乙女心(おとめごころ)」を歌った歌詞は、それまで他の歌謡曲で、あまり感じたことがなかった気がします。
今現代の女子学生たちにも、このような純粋な夢見心地の感情があるのかどうか…、歳をとった私には、もはや夢見心地を想像もできません。

今の若い世代の女性たちには、この歌の歌詞がどのように聴こえるのでしょうか…。
もう、「シンデレラ」は信じられていないのでしょうか…。
シンデレラは、千葉県の浦安にしかいないわけではありません…。
日本中の各学校に、各クラスに、各家庭にいるのです。

世の家庭のお父さんたちは、自身の娘のことを、外で、「うちのシンデレラ」とかよく表現しますね。
時には、つれない「かぐや姫」…。

ずっと家にいてくれて いいけど、その日まで、パパにはつれなくしないで…。

* * *

私は、「卒業」という感覚を、ほぼ忘れてしまうような年齢になりましたが、青春期が何か輝いていたこと…、何かに燃えていたこと…、未来を頭の中に想い描いていたことだけは、何十年も経った「人生の階段」を下りる年齢になった今でも、しっかり憶えています。

私は、この楽曲を聴くと、今でも、「人生の階段」を強く意識してしまいます。
階段を登る時期に聴いていたこの曲…、階段を下りる時期に聴くこの曲…。
歳をとった私の場合は、歌詞の中にある「ガラスの階段下りる」、「踊り場で時計を気にする」は昔とは別の意味…どうか、もうしばらく割れませんように…、もう少し時間を…。

青春という「青い春」があるのなら、「青い秋」や「青い冬」があってもいいのかもしれませんね。
振り向いたら、「青い春」はかなり昔の出来事ですが、よくよく考えてみたら、目の前には、毎年、新しい春がやって来てくれます。

この楽曲が、学校の「卒業ソング」のひとつであっただけでなく、人生の階段の「踊り場」を感じさせる楽曲であったのは確かですね。

ここは、近年の、階段をしっかり登っているシンデレラたちの歌唱で、二曲…

May J.(メイ・ジェイ)
♪想い出がいっぱい

 

下川みくに
♪想い出がいっぱい

 


◇幸せは、階段の「踊り場」にある

春の学校の「木洩れ陽」の陽ざしの中、今日も、どこかで卒園式や卒業式が行われているのでしょうか…。
笑顔と涙声で、階段の「踊り場」の時を過ごしている親子が、どこかに たくさんいることでしょう。
卒業シーズンの今、これまでの、あなたの「踊り場」をどうぞ思い出してみてください。

あなたの「踊り場」は、いくつありましたか…。
あなたの「踊り場」は、想い出の中で輝いていますか…。
あなたの「踊り場」は、これからも、きっとあります…。

♪幸せは誰かがきっと運んでくれる…、私は死ぬまで、そんな少年なのかもしれません。
そんな受け身でも、いいような気もしてきました。
無理せず、一歩ずつ…。

人の「幸せ」は、きっと、階段の「踊り場」にある…。

* * *

人生の階段を登り始めたばかりの、卒園生、卒業生の皆さんへ…

今、あなたの「踊り場」はキラキラ輝いていますか…。
明かりのない暗い踊り場ですか…。
これからも、たくさんの「踊り場」がやって来ますよ。

人は、歳を重ねると、自身の幸せをあまり願わなくなります。
家族や他人、世の中に、それを願うようになります。
階段のずっと先で、家族はもちろん、大勢の大人たちが、あなたたち卒業生が登ってくるのを待っていますよ。

みんな…、ゆっくり登っておいで。
階段を登った先に、あなたの明日が必ずあります。

岡本真夜
♪トゥモロー(1995年)

 

2022.3.12 天乃みそ汁
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