28日TOKYOFMの山下達郎サンデーソングブック(サンソン)は竹内まりやさんとの年忘れ夫婦放談でした。
その中で二日後(12月30日)が大瀧詠一さんの命日と達郎さん。
大瀧さんは、ハッピーエンドというロックバンド(細野晴臣、松本隆、鈴木茂の4人)のメンバーでした。
細野さんはその後YMO(イエローマジックオーケストラ)、松本さんは太田裕美、松田聖子の曲はじめ有名作詞家です。

ハッピーエンド ネットより写真拝借
ハッピーエンドは今は若い人も知っている有名なバンドですが、自分は当時軽音楽部(昔はロックバンドの部活はこう呼ばれていました)の友達からハッピーエンドのレコードを借りて聞いていたんですが、全く売れない無名なバンドで、2、3年で解散してしまいました。軽音の友達は解散コンサートに行ったんじゃなかったかな。
達郎さんのプロデビューは、大瀧さんの誘いでハッピーエンド解散コンサートのバックコーラスです。
達郎さんが初めて出したアルバム「SONGS」は大瀧さんがプロデュース。
大瀧さんは作曲家としてもヒット曲が多く、夢で逢えたら(シリアポール・鈴木雅之)、さらばシベリア鉄道(太田裕美)、風立ちぬ(松田聖子)、冬のリヴィエラ(森進一)、探偵物語(薬師丸ひろ子)、熱き心に(小林旭)などがあります。
CMも多く手掛け「あなたがジンと来る時は私もジンと来るんです」の三ツ矢サイダーも大瀧さんです。
65歳で突然亡くなってしまいました。
サンソンを聞いた後、リクエストの本を瑞穂町武蔵野コミュニティセンターへ(この日が年内最後の開館日)取りに行こうと考えていました。
この図書館分館は大瀧さんが住んでいた米軍ハウスから歩いて数分の、いわば町内会の範囲にあります。
福生の米軍ハウスとか言われますが、この辺りは境界が交わっている地域で、大瀧さんが住んでいたのは瑞穂町になります。
そんなこともあり、図書館分館への道沿いにある公営墓地に寄りました。
久々に大瀧さんのお墓に手をあわせてきました。
三ツ矢サイダーが3本、供えられていました。

大瀧さんのお墓がある墓地
カミさんも行ったことがないというので、付き合ってくれました。
分館で本を借りた後、カミさんが本館も行ったことがないので行きたいとのリクエストがあり、車で10分の距離ですが行ってみました。
知る人ぞ知る大瀧詠一コーナーがあります。
ファンらしき方が、関連本を手に取ったり写真を撮ったりしていました。

瑞穂町図書館

大瀧詠一コーナー

関連書籍とCD
サンソンでは、達郎さん、まりやさんと交流があった今年亡くなった音楽評論家の渋谷陽一さんの話も出ていました。
自分も以前は毎週渋谷さんのラジオ番組を聞いていました。
図書館の大瀧詠一コーナーにも、大瀧さんと渋谷さんのツーショットの写真記事が展示されていました。

大瀧さん(背中の人)と渋谷さん