『パフューム ある人殺しの物語』 | cinenote N

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観た映画新旧にときどき音楽
(Cinema and music etc.Log より)

 嗅いだり残したりといった匂いにまつわる行動は、人というより動物的なごくごく基本というかプリミティブで本能的なものだろう。人が暮らしてきた環境で嫌な、好ましくない臭いを消臭する技術は、もしかして遠い昔からヤシガラ活性炭はあったのかもしれないけど元を断ち切るところまでは進んでいなかったかと思うので、生活臭に関しては消す=よいかほりorもっと強力なかほりをぶつけてイヤな臭いをかき消すかいうことがポイントで香水やら香木が用いられてきたのではないだろうか。でも対人的にいざ!という場面で活躍するのは勝負パンツならぬ勝負のかほり。爽やかであったり官能的であったりステキなかほりを残して異性の気を引こうとするのは今も昔もかわらぬ人の性。動物でいうならマーキング? デート・合コンレベルでなくっても人が軽く集まるぐらいのミーティング程度で普段つけなれないトワレをシュシュッと振りかけたらかぶれちゃった経験のある方いませんかー?
 というわけで今でこそ脱臭には銀が効くっ!とか消臭することに躍起になりがちだけれど、その反面、程度の度合いの違いはあれど人は無意識のうちに相手の嗅覚に訴えて自分の存在を印象づけようとするところはあるだろう。

 と長い長い雑談はさておき『パフューム ある人殺しの物語』。これは、すごい。ひとこと、圧巻。なにが?といって巷で話題だったらしい広場のシーンもそうかもしれないけれど、たぶんヨーロッパの監督でないと撮れないであろう全編から漂う雰囲気にヤラれた。冒頭闇の中から男の鼻だけがぬっと現れてまるでスクリーンのこちら側の匂い、というか存在を嗅ぎ確かめるかのようなその掴みの演出だけでとろけてしまった感じ。

 

 物語はその男、ジャン=バチストが監獄から連れ出され村の広場で処刑の宣告を受けるところから、この世に生を受けた時点へとさかのぼる。パリの市場の雑踏で、誰からも誕生を望まれることなく産み落とされた彼が、持って生まれた嗅覚を頼りに恐ろしいほどの生命力でもって成長し、やがては香りへの欲求のために手段を選ばぬ方向へ進む課程が描かれる。
 その特殊な嗅覚は彼をそこまで生きのびさせてきた基本的生存本能であったのに、愛しく想う乙女の香りを永遠に残しておきたいという初めて抱いた渇望に溺れて自滅の道をたどるというか。またその香りの探求の課程で、彼は自分自身に全く体臭がないことを知ってしまうのも大きな悲劇。気配も匂いも残すこともなく闇夜や空間に紛れては自分の求める香りを手にするためだけに殺人を繰り返す彼。
 そしてできあがった「究極の香り」は人の心を掴むどころか、殺人を犯した彼に対する人々の憎しみすらも忘れ陶酔させるほどの、あまりに愛しすぎる歓びを与えるシロモノ。死刑台のまわりでは阿鼻叫喚ならぬ生々しくも神々しい宗教画のような愛欲の風景が繰り広げられるけれど、その中心にぽつねんと立ちつくすジャン=バチスト。香水というのはつける個人のそれそれの体臭と混じり合うことで独特の香りを醸しだし持続するものだというけれど、体臭を持たない彼は異質な存在を改めて強く意識すると同時に、まるで自身が何物であるのか、果たして本当にそこに存在しているのか、とてつもない孤独を感じたのではないだろうか。きっと彼が求め作り上げたのは人肌の温もりのかほりだったのだろう。生まれおちた場所へとかえった彼は人々の愛を最初で最後、身を以て体験するために香水を自分に浴びせかけるという暴挙にでる。

 どんな香りも、残骸も、長い長い時間が経てば塵のように消えてゆく。無情というのともちょっと違う気がする、どちらかといえば諸行無常?な世界観にじんわりと浸ってしまった。ヨーロッパの古い裏町の路地にはそこで起きた様々な痕跡の残り香と一緒に、塵と消えた彼がいまだ漂っているのかも、と思ったり。

 いかにも欧州のブラックなおとぎ話のようでもあり、なおかつゴシックメジャーな世界を創り上げた、それまでインディ的なところに惹かれていたトム・ティクヴァの手腕には完ぺき脱帽。またそんな重厚さに華と話題を添えた愛しのサーことサイモン・ラトル率いるBPOの音を音響よろしい映画館で堪能できたのも大いにステキな体験でした。原作も読んでみたいです。

(いまだ積ん読本だけど……汗)

 

 

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原題:PERFUME: THE STORY OF A MURDERER パフューム ある人殺しの物語
監督:トム・ティクヴァ 2006年製作
出演:ベン・ウィショー、レイチェル・ハード=ウッド、アラン・リックマン、ダスティン・ホフマン、ジョン・ハート

@サロンパス 丸の内ルーブル 2007.03.22鑑賞