こんばんは、しろくまです。
捕まってしまったであろう、彼から手紙が届いた。
前回の続きです↓
鼓動が早くなる。
今まで味わったことのない緊張が走る。
私は自分の部屋で床に座り、4つに折られた3枚の便箋を丁寧に広げた。
手紙には、逮捕されたこと、留置所内から手紙を書いてくれていること、
接見禁止だったが、母と姉には会えたこと…
そんな内容が続く。
私は何度も深呼吸をして、確かめるように文字を読み進めた。
留置所に来た頃は、体調がすぐれずにいたが、今では落ち着いているとのこと。
そうか…良かった。
彼は最終的に振り込め詐欺の犯罪組織の一人として、裁かれることになった。
彼自身知らないこともあったが、今では納得して罪を償うつもりだと書いてあった。
「留置所ではすることがなく、ゴロゴロしてまるでパンダみたいです。」
そんな文が添えられていた。
私は彼のことを、いつも
「パンダみたいですね、体型が。」
「パンダみたいな体型だけど、パンダほど可愛くないですね」
「このパンダ野郎!!」
とよく言っていた。
素直に好きとか、そういう事が言えない私の軽口。
この手紙は警察内で内容を検閲されてから、問題が無いことが分かり次第、
送付されているとのこと。
自分の事を手紙でパンダというおっさん…
私はその言葉に、なんだか彼の優しさを感じていた。
彼が出てくるまで、私たちは手紙のやりとりをした。
恋人でもないけど、何通も何通も。
きっと、彼は手紙を待ってくれている!
そんな風に思っていたんだ。
塀の中ではどこまで世間の事がわかるのかもわからないので、時には彼が好きだった歌手の新曲の歌詞を送ったりもした。
1年も過ぎた頃だろうか、彼が出てくる事が決まった。
彼と共通の友人、とりわけ仲の良かった私を含めた3人で友人宅で彼を迎えた。
パンダのようにずんぐりむっくりした彼は、驚くほど痩せていた。
1年という歳月の重さを感じたのか、私を含めそこにいた全員が、泣いた。
大の大人が揃いも揃って泣いた。
手紙もだけど、ずっと待っていたのは私の方だったのかもしれない。
そこから彼の家探し、職探しが始まった。
私は出来ることを手伝った。
無事に家も職も見つけた彼と、学生から社会人になっていた私。
必然的に私が学生でなくなった分、会う時間が減っていった。
ある日、久々に彼の家で前のように遊んだ。
些細なことだったと思う、帰り際に彼と喧嘩したのだ。
内容は覚えていないのだけれど、それでこの不思議な関係も終わったのだった。
「俺はお前が好きだけど、きっとお前が求めることを与えることが出来ない。
ごめん。」
そう、わかっていた。
わかっていたんだよ。
それでも一緒にいられると思っていたのに、選ばなかったのは自分だ。
彼は何も悪くない。
そこから彼とは疎遠になり、今では連絡先もわからない。
うそ、今携帯見たら電話帳に連絡先あった(笑)
もう15年以上も前の話。
でも、あの頃が一番人を好きになるって感覚で恋をしていたなと思う。
歳を取ってから「この人が好きだから一緒にいたい」という恋愛の始まりは、
あっただろうか。
なんだか打算的になってしまったように思う。
心が傷つかないように、そっと薄い膜を心に張っている。
思い出の中で生きることはできない。
でも、それがあったから今の私でもあるのだ。
拝啓
お元気でしょうか。こちらは元気です。
あなたとの手紙を最近読み返しました。
何事もいつかは過去になるのですね、良い思い出も思い出したくないことも。
私が送った手紙の内容は、正直ほとんど覚えていません。
でも、少しでもあなたが時代に取り残されないようにと、
私も必死で手紙を書いたことは覚えています。
新劇場版のエヴァンゲリオンの公開を楽しみにしていたあなたと、
留置所から出てから一緒に行きましたね。
手紙にはあなたがその時聴けなかった、宇多田ヒカルのBeautiful Worldの歌詞を書きました。
とてもおこがましいですが、私からあなたへのラブレターみたいな歌詞でした。
でも本当に当時の私とリンクしていてびっくりしたことを覚えています。
あれからいかがお過ごしでしょうか。
もういい歳になると思うので、油断しているとどんどん太ると思いますので
体調管理には今以上に気をつけてくださいね(笑)
今は離れた所に住んでおりますので、会うことは難しいでしょう。
でもいつか、空白の時間をお互いお話出来たら嬉しく思います。
そして一つだけ懺悔があります。
寝ていたあなたに、一度だけキスをしました。
ごめんなさい。
あなたのトラウマを知りつつ、そんなことをしてしまいました。
ただ偶然だと思うのですが、そのあと横で寝ていたあなたは私を抱きしめてくれましたね。
理由はわかりませんが、とても嬉しかったな。
それでは、お体に気をつけて。
くれぐれもお身体にはご留意くださいませ。
おわり。