生まれた日の出来事

私が死んでいたはずの日

この資料が今日に届いた事にも何か意味が有るかもしれませんね。

先日、落札させていただき先ほど届いた明治5年の資料です。

私が生まれた52年前の今日、母以外の家族と親戚を集めての私を殺す為の話し合いがあった日です。

叔母の猛反対で私は今も生かされていますが、この資料に出会い私が落札できた事にも意味があると思います。

先ほど届いたばかりで内容をよく調べておらずスキャナーで取り込んだ画像をご覧下さいね。

誰か現代語訳して下さる方がいましたら宜しくお願い致します。

この資料については以下を参考になさって下さいね。

育子告諭(いくしこくゆ)
木更津懸廳
明治五年 壬申五月

木版印刷摺物

「育子告諭」は、明治5年(1872年)に木更津県が発布した、間引きを禁止し、育児支援制度を構築するための布告。
木更津県令(後の知事) 柴原和(しぱはらやわら) が力を入れ、間引きをしていた当時の状況を踏まえ、子育てを支援するための政策として発布されました。
この布告は、淑徳大学の資料によると、善兵衛や仁兵衛といった人物の育児事業とも関連しています。
彼らは多額の寄付を行い、木更津県も彼らの事業を褒賞しました。
具体的には、以下の内容が含まれます。
間引きの禁止:
当時の風習であった間引きを禁止し、子供を育てることを推奨しました。
育児支援制度の構築:
育児を支援するための制度を設け、子育てをしやすい環境を作ろうとしました。
善兵衛、仁兵衛との連携:
育児事業で実績のあった善兵衛や仁兵衛と協力し、育児政策を推進しました。
この「育子告諭」は、近代的な育児政策の始まりを示す重要な資料と言えます。

間引き絵馬:
間引きの行為を戒めるために、寺社に奉納された絵馬。
間引きされた子供の冥福を祈り、二度とこのような悲劇が繰り返されないようにという願いが込められていました。

【[育子告諭]】
https://adeac.jp/nagara-town/text-list/d100010/ht050290

取手市埋蔵文化センター第6回企画展
葛飾・印旛・千葉県時代の取手
https://www.city.toride.ibaraki.jp/maibun/bunkakatsudo/rekishi/kikakuten/documents/kikakuten6pdf.pdf
13ページ
千葉県の成立と展開
千葉県下の取手市域の村々

この生まれた日の経験が有るからこそ私はアルビノの活動を真剣にしております。

生かされた、この命を本当の寿命が来る日まで誰かの為に使いたいです。