31年前、私がイガイガ兄貴と今の会社へ面接に行った時に工場の正門に立ち寄り入場手続きをする為、守衛室に行き守衛さんに挨拶をすると背筋を真っ直ぐに座ったご老人がいきなり「要件はなんだ!名前、所属、要件を言え!」と言われビックリしていると用紙を出して「これに記入しろ!」と言うので慌てて見えにくい用紙にのろのろ記入していると、イガイガ兄貴がふらふらよそを見ていたらしく「おい!お前ふらふらするな!同僚が記入中だろ!シャキッとしろ!」と私の頭の直ぐ側で言うので益々、書きにくくなってのろのろ書いていると「まだか!」と言われやっと書き終えた書類を渡しました。
守衛さんは背筋を伸ばしたまま「○○産業はその道を真っ直ぐ行って左側だ!」と教えてくれました。
そして今の会社に入社後に毎朝、入場する時に守衛さんが立っていて車を停車させて挨拶をするとシャキッと立ち直りサッと敬礼をするのですが本物の自衛官や警察官のようでした。
入社後、数年が経ち私の事も父が親会社にいて兄(長男)とも話した事もあり知っていただけるようになりましたが相変わらず、シャキッとしていました。
ある時に私が横浜中華街と鎌倉の日帰り旅行を計画した時にお誘いしたら快く参加していただける事になりご一緒させていただきました。
私は企画者だったので守衛さんばかりと話をする訳にはいきませんので少しだけお話をすると元予科練生で特攻隊員だった事を知り今までの事が全て納得いきました。
その守衛さんが退職なさって数年後に亡くなった事を知り君津市のお寺に無縁仏として埋葬された事を知りました。
自分の命をかけてきた方の生き様は本当に一言では表せないものでした。
守衛さんは最期の最期まで自分の生き方を貫いていらっしゃった事を思い出します。
私もそんな生き方が出来るかは分かりませんが守衛さんとの出会いもきっと私にとって大きな学びだったのだと思います。
守衛さんは背筋を伸ばしたまま「○○産業はその道を真っ直ぐ行って左側だ!」と教えてくれました。
そして今の会社に入社後に毎朝、入場する時に守衛さんが立っていて車を停車させて挨拶をするとシャキッと立ち直りサッと敬礼をするのですが本物の自衛官や警察官のようでした。
入社後、数年が経ち私の事も父が親会社にいて兄(長男)とも話した事もあり知っていただけるようになりましたが相変わらず、シャキッとしていました。
ある時に私が横浜中華街と鎌倉の日帰り旅行を計画した時にお誘いしたら快く参加していただける事になりご一緒させていただきました。
私は企画者だったので守衛さんばかりと話をする訳にはいきませんので少しだけお話をすると元予科練生で特攻隊員だった事を知り今までの事が全て納得いきました。
その守衛さんが退職なさって数年後に亡くなった事を知り君津市のお寺に無縁仏として埋葬された事を知りました。
自分の命をかけてきた方の生き様は本当に一言では表せないものでした。
守衛さんは最期の最期まで自分の生き方を貫いていらっしゃった事を思い出します。
私もそんな生き方が出来るかは分かりませんが守衛さんとの出会いもきっと私にとって大きな学びだったのだと思います。