
生まれて初めてもらった賞状
母が実家から懐かしい賞状を持ってきました。
この賞状は私が小学3年生の時にいただいた皆勤賞の賞状です。
因みに私は小学校は6年生の時に万博で1日休んだ以外は3年間皆勤、中学高校は6年間皆勤です。
兄(次男)は保育園から高校まで皆勤です!
話を戻して、この賞状を下さった木実誠先生との思い出をお話します。
木実先生は学生時代に通っていた学校に父親が校長としていた事が嫌で大学を卒業して旧川崎製鉄所に就職しました。
40代で課長になった時に「子供たちに学ぶ楽しさを伝えたい」と一念発起して先生になりました。
その時に初めて受け持ったクラスが私たちのクラスでした。(そうお聞きしております)
いつも木実先生が自転車で学校にやって来るのをみんなでベランダから「先生~♪おはようございま~す♪」と声をかけていました。
私の記憶に今でも残る授業は先生の川崎製鉄所時代の労働災害の話です。
小学3年生で働く事なんて考えた事も無い時代に聞いた先生の話は心に強く残りました。
それから数十年経ち母が異動した小学校の校長先生と話をした時に私の話になったそうで先生から「のぶに会いたいと伝えて下さい!」と母に伝えて久しぶりに木実先生にお会いする事になりました。
先生のご自宅に伺い小学校時代の話をしていた時に突然!先生が両手をついて
「のぶ!本当に申し訳なかった!許してくれ!」
と言い私は何がなんだか唖然としていました。
先生にお話をお聞きすると
「あの時に俺はのぶが黒板が見えにくくしていたのを知っていたんだ!だがあの頃の私は先生になったばかりで何も出来なかったんだ!お前を見殺しにしてしまったんだ!どうか許してくれないか?」
と言われました。
私は許すも許さないも何も知らなかった事ので
「木実先生!自分は先生に出会えて働く事を初めて実感しました!今も忘れていません!許すも許さないもありません自分は先生に感謝しています」
と言いました。
その後の先生からお聞きした話は本当に嬉しい話でした。
私との経験から先生は袖ケ浦市で初めての特別支援学級をつくり特別支援学級の普及に尽力して下さったそうです。
この再会から少しして、また先生から連絡をいただきました。
お話だと千葉県の特別支援学級の会(詳しく名前は知りません)の会長になられていて、その会の中で私との話をしても良いのか?と言うご連絡でした。
私はもちろん許可しました。
木実先生から
「のぶ本当にありがとう」
と言っていただきました。
その会話が先生との最後の会話になりました。
その後、木実先生は急性の癌でお亡くなりになられました。
あまりにもいきなりの出来事に先生にお別れを言う事も出来ませんでした。
私は小学校時代には特別な支援を何一つ受ける事は出来ませんでしたが後輩達の為に間接的にでもお役に立てた事を木実先生に感謝しております。
久しぶりにこの賞状を見て木実先生との懐かしい思い出が蘇りました♪
木実先生♪
私はあなたの生徒になれた事を心より嬉しく思います。
追記
40代で先生になった木実先生から教えてもらった忘れてられない言葉
「自分が本気でやりたいと思ったら何歳になっても新しい事にチャレンジ出来るんだぞ!」