昨日は本当にショック大きくて、お昼にメールをいただいてから体中の力が抜けて仕事をしていても身が入りませんでした。

先輩からは「どうした?」と聞かれましたが黙っていました。

と言うよりも涙をこらえるのが精一杯で、それどころではありませんでした。

今年に知り合って、一度話してそれが最後だなんて…

これも神様が私たちを引き合わせてくれたんだと感謝していますが…

最後は笑顔でお別れになったと妹さんから聞き、それだけが唯一の救いだったのかと思う反面、まだ中学一年生の娘さんを残していく気持ちを考えると…

そんなもやもやした気持ちで、そんな時にかぎって仕事が残業で「仕事なんて早く切り上げて帰りたい」そんな気分でいました。

家に帰っても、何もする事ができなくて…

そんな時、電話が鳴りました。

出てみるとエピソードさんからでした、その優しい声を聞いているうちに、ずっと我慢していたものが全て流れ出てきました。

エピソードさんもビックリしたと思いますが、私の気持ちを分かってくれて、話を聞いて下さいました。

亡くなったのを知ってすぐに、こうして日記を書くのは不謹慎かもしれませんが、お姉さんからの「多くの人に伝えてほしい…」と言う願いを思い出して、お姉さんが、そして私が生きた証として日記を書かせていただきます。

人って死んでしまったら、どこへ行くのでしょうか?

今年、大阪で聞いた講演では「まばゆい光の中へ」向かって行くとおっしゃっていましたが、ご家族を残してそんな遠くへ行ってしまうんですか?

家族のすぐ傍で見守っているのではないのですか?

お姉さんは突然の発病から、三年間ずっと寝たきりになられ、お友達の面会も断っていたなか私に会って下さいました。

お姉さんも、いままでこうやって種類は違えども私と同じアルビノとして生きた半生を語ったのは初めての事だったそうです。

語り終わって「やっと分かってくれる人に出会えました」とおっしゃられた時の言葉も忘れる事はできません。

私は、お姉さんの苦しみを和らげてあげられなかったんでしょうか?

「苦しい」とメールをもらった時に、もっと何かできなかったのだろうか?

最後は前回の大阪で、私が鈴虫寺から買ってきた、お守りを持っていかれたそうです。

妹さんの話では、生前何か願い事をなさっていたようです。

いまとなっては、何を祈ったのかは分かりませんが、その祈りは通じた