
今日は終戦記念日ですね。
という事で、我が家のお話で失礼致しますが書きますね。
この写真のお墓の中の方は祖父の弟になる、石井静さんです。
写真を拝見するからには、穏やかで優しそうな人に見えます、そんな人がこれほどまでの壮絶な最後を遂げているとは近年まで知りませんでした。
この方は、佐倉57連隊に配属され旧満州国の麻戸溝で戦死しました。
この事が数年前に国立歴史民俗学博物館にて、出ている事を知り家族で行きました。
こんな戦争は二度と起こしてはいけません。
それでは、時間がある時に御覧になって下さいね。
今、私が解読できたところを書きます。
尚、文字が旧仮名の為、柏書房の異体字解読字典を使用して調べてみました。
とりあえず意味の解らない文字もそのまま解読して書きました。
カッコ内は似ている文字をいれ、カナはひらがなにして、?は今現在、解読できていません。
石井君の戦功
上等兵は大正四年一月十三日本村蔵波五百五十四番地石井沖平の次男として出生す
昭和十一年一月十日歩兵第五十七連隊第十一中隊に入隊す
同年五月選ばれて派遣隊青山部隊に属し勇躍渡満し清河城の守備勤務に服し満州国へ治安掃匪工作に従事す
會々昭和十一年九月九日午前六時三十分電話線架設掩護の任を有する外山隊に属し隊長以下二十八名と共に大嶺溝に向い清河城を出発せり
上等兵は斥候兵として麻戸溝西側に到着し視察中遥か前方の山腹雑木林中に逃匪五十六名あるを発見し直に斥候長に報告せり
本報告に基き外山隊長は直に之力撃滅を決心し戦闘部署を定め戦闘を開始す
敵匪も窮地猫を噛むの勇を揮いて交戦し午前十一時三十分其数二百余名を算し其抵杭頗頑強我の戦況意の如く進捗せす
上等兵は勇敢に健闘敵を攻撃中左上?に貫通銃創を受く之に屈ます射撃継続中更に一弾胸部を貫き其場に倒れたり匪賊の弾にて死ねるものかと?語し銃を抱きて起きたんとせしも特に武運拙なく第三弾は又も胸部を貫通し遂に又起きつ能はさるに至?
の壮なる哉三度傷にて尚尽忠の至誠を発揮し闘志捨てず其壯烈なる行動は戦友を奮起せしめ僅少二十八名を以て二百有余の敵匪を潰走せしむる因由を讓成せり
午後六時二十八分戦闘終り外山隊長より戦況を聞くや隊長の手を握りて天皇陛下万歳を唱へつつ?目せりと謂う上等兵の斃れて尚止まさるの精神傷きて尚闘志を捨てさるの至誠は楠公父子の七生報国の赤誠に劣らさる忠誠心の發露にして後継