今回はいよいよ天守内部に乱入します
↓十間廊下内部

刀
・槍などが展示される。
↓南隅櫓_小天守より

これは小天守二階突き上げ窓から撮ったであろうか。
こちらと多聞櫓で連結している、南隅櫓の二階。外側二階は白漆喰のようだが、内側は黒かった。
↓本丸_小天守より

本丸と、その向こうに見える松山の街並み。
↓小天守の二階内部のようす

カメラの性能上、暗めの建物内の写真はピントが甘くなる。今回も画像少なめ。
↓一ノ門_小天守より

一ノ門とニノ門の間の枡形空間。
俯瞰で見ると分かりやすい。
↓三ノ門南櫓_小天守より

カメラを左にずらす。
ここ小天守は防御の要だ、ということがお分かりいただけるだろうか。
狙い放題である。
左手には三ノ門。その奥の二層は艮門(うしとらもん)東続櫓か。
↓甲冑体験コーナー

加藤家の家紋は「蛇の目」か「下り藤」のはずだが・・・?
↓天守最上階のようす

さすがに人は多いね。明るく開放的な空間。
↓天守からの眺望_北

松山北高校、松山大学が見える。来迎寺(らいごうじ)のある方角。
↓天守からの眺望_北東

愛媛大学、遠くは今治城のある方角。
↓天守からの眺望_東

道後温泉、湯築城跡(道後公園)のある方角だが、どれかよくわからない。
手前に艮門東続櫓。
↓天守からの眺望_南東

タワーが立つ所が、松山城ロープウェイの長者ヶ平駅(山頂の駅)。
眼下には本丸広場。
遠くは高知城のある方角。
↓天守からの眺望_南

緑の横線は石手川。重信川と合流する。
遠くは宇和島城など。
↓天守からの眺望_南西

最も平野が続く、伊予市方面。
遠くは大洲城など。
↓天守からの眺望_西

乾櫓。
遠くの山の奥に松山空港。
もっと遠くは海を挟んで九州。
↓天守からの眺望_北西

手前に北隅櫓の屋根。
尖った山は興居島(ごごしま)か。
↓天守からの眺望_海

瀬戸内海をズームアップ。海が見えるってポイント高いね
↓穴蔵_鉄扉

天守地階への入口は、厚手の鉄扉と鉄枠により塞がれていた。
突破できるもんならやってみな!
↓内門

天守広場への入口は二つあって、さっきは東にある筋鉄門から入ってきた。こんどは北にある内門から出て行く。
櫓門形式で昭和43年復元。
↓仕切門_内より

内門と仕切門の間は枡形構造になっている。
仕切門は高麗門形式。
1852年の再建で重要文化財。
↓仕切門の門扉

乳金物
が付き、上部は竪格子。
乳金物は二つずつペアになっている。装飾の要素が強いが、子孫繁栄を願っておっぱい状にしている。
竪格子は外の様子を伺えるようにしたもの。
↓仕切門内塀

カメラを少しひく。
仕切門内塀も重要文化財と気付いたからだ。
↓天守_北面

北からは見てなかったが、破風のパターン的に南面とほぼ一緒。
↓天神櫓

本壇の北東を守る天神櫓。
元は甲冑や鎧兜を保管する具足櫓だった。鬼門の方角にある事から、その忌を避けるために天神(菅原道真)を祀った事に由来する。
昭和54年の再建。
↓一ノ門南櫓

下城の時に、あまり見てなかった櫓が目に入ってくる事もよくある訳で。。
↓土砂崩れ工事中

2024年7月、松山城のある勝山の北東斜面が崩壊し麓の住宅地が被災した、というニュースは記憶に新しい。
↓土砂崩れ工事中2

危険なので現状は応急処置、工事は慎重に進められているようだ。
失くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、復旧に尽力している方々の安全をお祈りします
。
↓太鼓門_内側より

ふー、今日は暑いぜ。💦
写真も撮りまくって疲れたし、もうお腹一杯やわ~
では下城するか。登城は隠門から入ったため、太鼓門の内側は見てなかったなー。
↓大手門跡

下りはこっちの大手門から出て二の丸へ向かう。
ん?何か忘れてるような・・・気がするが