新・ぷにゅたの城跡フェチ in主に西日本

新・ぷにゅたの城跡フェチ in主に西日本

車を持たないぷにゅた。ほぼ公共交通機関のみで行く、城・城跡・戦場・墓などをご紹介。

2日目、朝一で今治→宇和島へ移動。
宇和島城を早足走る人で見終わり、大洲へ。

↓宇和島から大洲方面
宇和島から大洲方面

さすがに11:00発のバスは間に合わなかったため、11:46発の特急自由席に乗り、12:33に伊予大洲駅に到着した。。


↓伊予大洲観光案内所
伊予大洲観光案内所
駅下にあるこちらの観光案内所で、予約済みのレンタサイクル自転車

普通自転車なら1時間300円(2025年秋時点)。

↓大洲城遠望
大洲城遠望
大洲城までは、チャリで10分足らずといったところ。

肱川橋の上より。
肱川(ひじかわ)の先に天守が見えてきた。

↓肱川
肱川
蛇行する肱川ヘビと久米川に囲まれるような、丘の上という立地。利にかなっている。

大洲城は、標高約40mの地蔵ヶ岳の山頂に築かれた平山城である。。

↓NIPPONIAホテル
NIPPONIAホテル
歴史的建造物を利用した分散型ホテル。

↓大洲城天守_二の丸より
大洲城天守_二の丸より
この手前でチャリを停め、歩いていこう。byいきものがかり。誰や、Jun Sky WALKER(S)思い浮かんだんは!

↓大洲城天守_二の丸より2
大洲城天守_二の丸より2
2段の高石垣の上に天守群。

上の右端の少し高くなっている石垣は、暗り門(くらがりもん)跡

↓下台所跡
下台所跡
スルーしそうになったが、下台所跡
江戸末期には存在した食糧庫。外観は白漆喰(しろしっくい)。

なお、櫓下御門跡石垣は見逃した。

↓二の丸御殿跡石垣
二の丸御殿跡石垣
この上に二の丸御殿があったというが、何も残されていない。

↓土塀と控え柱
土塀と控え柱
わざわざ木を避けて、再現土塀は造られている。

↓本丸石垣
本丸石垣
野面積み。

↓本丸石垣2
本丸石垣2

↓本丸石垣3
本丸石垣3
石垣の詳細な説明は無かったが、古い時代のものと、一部最近に積み直された部分とがあるようだ。

↓中江藤樹像
中江藤樹像
中江藤樹(なかえとうじゅ)とは、江戸時代初期の儒学者。陽明学の始祖で幕末の志士にも影響を与えたとされる。
・・・27歳で脱藩してるけどな、大洲は。

↓天守と高欄櫓
天守と高欄櫓
右手の高欄櫓は、重要文化財キラキラ

↓御門番長屋
御門番長屋
古絵図を元に、近年再現。

↓本丸への道
本丸への道
本丸へとまっしぐら。

↓天守_見上げ
天守_見上げ

↓天守と高欄櫓2
天守と高欄櫓2
天守台も、地震が起こるたびに修復され、天守再建のときにも上の方を積み足されている。

↓井戸丸跡
井戸丸跡
重要な水🚰の手である、井戸丸跡

↓大井戸
大井戸
でかい井戸やなぁビックリマーク

井戸内部の様子は、ちょっと伺い知れない。

↓井戸丸_説明
井戸丸_説明

↓大洲城天守
大洲城天守
四層四階の木造天守。高さ19.15mの堂々たる姿。

2004年に古写真などをもとに復元された。

↓高欄櫓
高欄櫓
高欄櫓はその名の通り、櫓のくせに高欄がつく憎いやつ。熊本城の宇土櫓と同様で、全国にその2例のみ。

安政大地震の後の1860年の再建で、現存4櫓のひとつ。

↓高欄櫓と台所櫓
高欄櫓と台所櫓
台所櫓(右奥のやつ)も重要文化財。
1859年の再建で現存4天守のひとつ。


つづく。。。