灯台の近くの潮岬灯台資料展示室に入ってみました。
灯台の歴史、機能・役割を学べ、
2代目潮岬灯台レンズも展示されています。
灯台みたいな300mm灯籠
スイッチを押すと、赤は赤ランプ、白は緑ランプがつきます。
右舷と左舷、
昔、しょぼくさい小説書いたときに調べたのでちょっとだけなじみあって嬉しい。
2代目潮岬灯台レンズ(第2等フルネル不動レンズ)
フルネルレンズは虫眼鏡の凸レンズのように分厚くせずレンズの表面部分をプリズム状にカットして組み合わせたもの。
不動レンズとは読んで字のごとく、回転しないでランプを付けたり消したりして閃光などを作り全水平方向に光を出すしくみのもの。
他にもかなり専門的に説明してあり、私はでしたが、
夫は食い入るように読んで眺めていました。
大正4年から昭和32年まで使われていたそう。
32年までというのは、その年に回転式灯器に変更されたときに撤去され、こちらに展示されるようになりました。
こんなところでみおつくし
生まれてこの方ほぼずっと大阪市民なので嬉しい
余談)大阪都構想、住民投票で否決されたときには嬉し泣き
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潮岬灯台の概要
道の駅にトルコのナザールボンジュウ(ギリシャではマティ)🧿があった背景が〜
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トルコ軍艦「エルトゥールル号」の秘話
1890年、明治天皇の親書の答礼としてオスマン・パシャ提督率いる650名の使節団が軍艦エルトゥールル号で日本へ。
しかしその帰路、串本町大島の沿岸で台風により沈没。
587名の乗組員が死亡する大惨事に。
串本町の住民たちは不眠不休で生存者の救助・介護したそう。
串本町住民の献身的な救助により69名の御乗組員を救い、のちに日本海軍の巡洋戦により、トルコへ帰国。
串本町の人々が必死でトルコ人を介抱したというできごとがきっかけで、両国の歴史がはぐくまれ、今に至っているそうです。
これを読んでじわーっと目頭が熱くなりました