前回ブログにアップした室内楽の公開レッスンがおこなわれた「豊洲シビックセンターホール」にて、

ディーナ・ヨッフェ ピアノリサイタルに行って来た。


つい10日ほど前に自分が演奏したステージ、
ちゃんとした(?)ピアニストが弾くと客席でとどんな風に聴こえるのか、とても興味があった。



またプログラムがちょっと変わっていて、

スクリャービンとショパンの「24の前奏曲」を同調並べて交互に演奏する、というものだった。


ショパンの前奏曲はもうおなじみだが、スクリャービンの方は通して聴くことなどなかったので、ちょっと面白いと思った。

スクリャービンと言えば、ホロヴィッツのCDでよく聴かれたな、という印象がある。

とてもロマンティックで美しいのだが、ショパン程の親しみ易さがなくて、どちらかと言うと難解な感じがする。


スクリャービンはショパンの影響を非常に強く受けた作曲家だという。

「ロシアのショパン」とも言われるらしい。


そしてディーナ・ヨッフェのピアノ・・・



これが、先週自分が弾いたのと同じピアノか?

と思うほど、多彩な音色、見事なタッチで素晴らしかった。



24曲×2=48曲を、暗譜で弾き切ることは実にすごいことだと、同じくコンサートに来ていた友人の先生と帰り道に話した。
もちろん、ディーナ本人は、いとも軽々と楽しそうに48曲を弾いていたけれど・・・

印象的なのは、曲の最後の音の切り方だった。

手を腕から大きく上に上げて、まるで目に見える煙のように浮遊する音を、つかんでスパッと切る様は、全く指揮者のようだった。

そう、ピアニストはある意味指揮者なのだと思う。

そうやって、空中に漂う音を切ると、直後に次の曲へと向かう様子は本当にカッコ良くて、
真似したいと思った。


スクリャービンとショパン、似ているようで、全く違っていた。

デザイナーに例えるなら、スクリャービンがアルマーニ、ショパンはディオールかな?

スクリャービンを聴くと、夜景の美しいバーでカクテルを飲みたくなるけれど、
ショパンを聴くと、ひなびた庵でお抹茶に京の和菓子を頂きたくなるのはなぜだろう。
(もちろんこれは完全に個人的な妄想に過ぎない。)

どちらも美しく端正ではあるけれどそのベクトルが違う、といった感じ・・・


そうして私は、お酒とお抹茶を交互に(頭の中で)思い浮かべながら、いくぶん混乱しつつも、美の小宇宙に陶酔した2時間を過ごしたのだった。


作曲家によって、音の世界観が全く違うということを、とても実感出来たリサイタルだった。