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朝日新聞デジタル テキサス州ヒューストン=土佐茂生 2018年11月2日11時38分


「11月6日に実施される米国の中間選挙 を前に、与党・共和党 が圧倒的な強さを誇る南部テキサス州の上院選で異変が起きている。与党現職の大物テッド・クルーズ 氏(47)を、野党・民主党 新人のベト・オルーク下院議員(46)が激しく追いかけている。広大なテキサス州を車で回り、SNS を駆使し、演説では分断をあおらず聴衆を熱狂させる。民主党 支持層は「未来のオバマ」と期待し始めた。(テキサス州ヒューストン=土佐茂生)


 「ベトに期待してるわ」

 9月13日、オハイオ州クリーブランド。オバマ前大統領が民主党 への応援演説をした会場で、「2020年の次の大統領選でトランプ大統領 と戦う民主党 の候補は誰だと思う?」と尋ね歩いたところ、20代の女性がそう強調した。


ベトって誰だ?

 「テキサスで上院選に立候補しているベト・オルークよ。すごい人気なの」


オバマ氏はこの日、与野党の垣根を越えて共有する価値観を尊重し、話し合いで物事を決める民主主義の土台を守るように訴えた。女性はオバマ氏の演説に「希望を感じた」と高揚していた。同じような希望をベトに見いだしたのか?

 「その通りよ。ベトは未来のオバマなの」

 民主党 の新星ベト・オルークとはいったいどんな人物なのか。


ネット動画で一躍脚光

 オルーク氏が一躍全米で注目を浴びるきっかけとなった動画がある。今年8月下旬、ネット上に広がった選挙集会でのやりとりだ。


参加者がオルーク氏に問うた。「米プロフットボールリーグ(NFL )の選手たちが人種差別への抗議の意思を示すため、国歌斉唱 の時にひざまずく動きがある。これは米国歌、米国旗、戦場で戦う米兵士への冒瀆(ぼうとく)にあたると思うか」

 NFL 選手の国歌斉唱 起立拒否問題は、2016年に警官による黒人射殺が相次いだ際、49ersの選手が試合前の国歌斉唱 で起立を拒否して注目された。17年夏にバージニア州で白人至上主義グループと反対派が衝突し、トランプ大統領 が「両者に非がある」などと白人至上主義者を擁護するような発言をした後も、一部選手が起立を拒否し、人種差別問題を象徴する行為として広がった。

片ひざは「非暴力 の抵抗」

 トランプ氏は「選手が我々の国旗に敬意を表さない時、NFL のオーナーに『そのろくでなしを今すぐ場外につまみ出せ。クビだ』と言いたくないか」と選手を批判した。

 一方、オルーク氏は参加者の質問に対し、「私は冒瀆しているとは思わない」と断言し、公民権運動 の歴史をひもときながら、その理由を語り始めた。


黒人の選挙権 登録を求めてアラバマ州セルマを行進した人々。白人専用の食堂のカウンターに抗議して座り込んで殴られた黒人たち。バスで白人に席を譲るのを拒んだ黒人女性ローザ・パークス。

 「我々がいま手にしている自由は、制服を着た軍人だけによって獲得されたのではない。逮捕されることを知りながら、1960年代に南部で黒人差別を無くそうと、立ち上がった人々によってもたらされた」

 そして、こう続けた。

 「選手が片ひざをつく行為は、平和的で非暴力 的な抗議だ。武器をもたない黒人や黒人の子どもたちが、何ら透明性や正義もないまま警察官によって数多く殺されていることを知らしめようとしているのだ」

オバマ氏演説に重なる響き

「私も含めて公職にある者が何も解決できず、正義をもたらせないでいることに、選手たちはいら立っている。米国民が試合を見る時、ひざをつくことによって、平和的に、非暴力 の形で、人々の関心をこの問題に向けさせ、解決を促そうとしている」

 「いつでも、いかなる場所でも、自分の権利のために立ち上がり、また、ひざをつくことほど、米国人らしいことはない」

 聴衆からは割れんばかりの盛大な拍手が響いた。


無名だったオバマ氏は04年、民主党 の党大会で演説するチャンスをつかんだ。その時、「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン系、アジア系のアメリカもない。ただ、アメリカ合衆国があるだけだ」と訴え、全米に名を広めた。

 民主党 の支持者には、オルーク氏の訴えはオバマ氏の演説に重なり合うように響いている。

共和党 の強固な地盤、ところが…

オルーク氏が上院選に立候補したテキサス州は、与党・共和党 の強力な地盤だ。大統領選では1976年にカーター大統領が勝ったのを最後に、民主党 は勝っていない。2人いる上院議員も93年以来、共和党 が独占している。共和党 現職のクルーズ氏は6年前の上院選で民主党 候補に16ポイント差をつけて勝利。今回もクルーズ氏は無風で勝つと思われていた。

 ところが、政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」がまとめた各種世論調査 の平均(10月30日現在)によると、クルーズ氏の支持率は51・2%。オルーク氏の支持率は44・2%で、7ポイント差につめている。9月中旬には約3ポイント差に迫ったこともあった。

ののしらず、あおらず

 10月21日、テキサス州最大都市ヒューストンの郊外で行われた選挙集会。身長190センチのオルーク氏がノーネクタイでステージに現れると、会場から「ベト! ベト!」の大合唱がわき起こった。


「候補者のためでもなく、政党のためでもない。この国の真の力が試されている重要な瞬間だ。この国のために一つになれるのか。我々は毎日、そんな思いで戦っている。テキサスのためにすべての郡を回っている」

 トランプ氏のように、自身を批判する者をののしったり、人々の恐怖をあおったりすることはなかった。

 「(共和党 の色の)赤だとか(民主党 の色の)青だとか、そんなの関係ない。たしかに、この地域は2016年はトランプ大統領 にたくさん投票した」。オルーク氏がこう語ったとき、会場からブーイングが起きた。


「違う、違う。ブーイングしないで。この前の選挙で誰に入れたかは関係ないんだ。共和党 が強い地域だったとしても、そこに住む人々のために耳を傾け、奉仕し、上院で戦うことはかけがえのない価値がある。だからこそ、私はあらゆる場所に足を運んでいる。この選挙で誰に入れるかは関係ない」

 そして、こう続けた。

 「今この国は分断され、二極化が進んでいる。大切なことは、テキサスが共和でも民主でもなく、テキサス人として、米国人として、そして一人の人間として、一つになる道筋を米国に見せることだ」

 オルーク氏は身ぶり手ぶりを交え、早口で情熱的に、米社会に刻まれた分断や今も厳然として残る差別をなくすように訴えた。

流暢なスペイン 語、パンクバンドやスケボーも

テキサス州はオルーク氏の故郷だ。1972年、同州西端のエルパソで生まれた。リオグランデ川を挟んだ向こうはメキシコ だ。父パットさんはエルパソ郡判事などを務めた。96年には共和党 から議会に立候補したが、落選した。母メリッサさんは地元の家具屋で長く働き、今はそこのオーナーになっている。

 オルーク氏の本名はロバート・フランシス・オルーク。だが、子ども時代からロバートのスペイン 語読みの「ロベルト」を短くした「ベト」と呼ばれた。スペイン 語が堪能で、メキシコ メディアの質問にも流暢(りゅうちょう)なスペイン 語で答える。

 高校生の時、東部バージニア州の高校に転入し、ニューヨークのコロンビア大学 に進学して英文学 を専攻した。高校時代から大学時代にかけてパンクバンドでギターを担当する一方で、学生時代はボート部でも活躍。スケートボード も得意で、選挙集会にスケボーで登場したこともある。

大学卒業後もニューヨークに残り、小説家を目指したが挫折。98年にエルパソに戻り、99年、知人とインターネット会社を設立した。2001年には地元の知人らと都市部に流出した人材にUターン を呼びかけ、故郷を活性化させるグループを結成した。これを機に市政に参加するようになり、05年から6年間、市議会議員を務めた。

 12年にはエルパソの連邦下院議員に初当選。民主党 の予備選挙では、オバマ大統領 (当時)やクリントン元大統領が支援する当選8回のベテラン議員を破った。この議員と企業の癒着を指摘し、支持を広げた。

テキサス州全土、車で遊説

 下院議員で3期目だった昨年3月、上院へのくら替えを決意した。自らハンドルを握って、日本の2倍近くあるテキサス州の254郡すべてを車でまわり、各地で遊説した。遊説や移動の様子はツイッターフェイスブック で公開。演説を終えると、支持者一人ひとりとセルフィーに応じ、「写真を共有して、私の言葉を広めてほしい」と呼びかけた。

 徹底した草の根 遊説と、SNS を駆使した呼びかけは奏功し、支持者は急増した。7~9月の3カ月間で、約80万人から約3800万ドル(約43億円)の選挙資金を集め、上院選史上、最高額を記録した。記者に「選挙資金が集まったのに、なぜ今も飛行機を使わず、車で移動するのか」と聞かれると、こう答えた。

 「好きなんだよ。本当のテキサスを見ることができるから」

共和党 支持者「トランプ氏で変わってしまった」

ヒューストン中心部から北へ約50キロの郊外にあるウッドランズ。ゴルフ場が点在する閑静な高級住宅地 で、住民の多くは共和党 支持者だ。2年前の大統領選では全米で7番目の大差をつけて、トランプ氏が民主党ヒラリー・クリントン 氏を打ち破った。

 ウッドランズ住民で、ビジネス・コンサルタント業を営むジェフ・アーノルドさん(62)も共和党 員だ。ただ2年前の大統領選では、どうしてもトランプ氏に投票できなかった。今回の中間選挙 では、民主党 のオルーク氏陣営のウッドランズ担当になった。

 「共和党 は小さい政府を掲げ、財政赤字を減らし、穏健な税制をとり、保守の価値観を保っていた。ところが、トランプ氏で変わってしまった。差別的な反移民政策をとり、自由貿易 を否定して保護主義 に走った。米国は世界の人々を第一に考える国だったのに、今の共和党 は『憎悪』の党になってしまった」

「隠れベト」はもっといる

 「ベトは私たちの話を聞こうとする。そして、みんなでベストの答えを出そうとする。トランプ氏はトランプ氏のためだけに動いている。クルーズ氏もトランプ氏と同じだ」

 メキシコ 国境に近い町に住んだ経験もある。「メキシコ などからの移民の99%は、勤勉で平和を愛する人たちだ。国境周辺では移民とうまくやっている。なのに、トランプ氏は勝手にめちゃくちゃにした」


アーノルドさんはウッドランズ住民で一番最初に自宅庭に「BETO」の選挙プラカードを掲げた。数日後、数軒先に住む、話したこともなかった女性が、突然、アーノルドさんの自宅にやってきた。手には「BETO」の選挙プラカードを持っていた。ウッドランズでいま軒先に掲げられた選挙プラカードは、オルーク氏の方がクルーズ氏より断然多い。

 「こんなことはこれまで想像できなかった。『隠れベト』はもっといると思う」

「大番狂わせ」実現なるか

 テキサス州でのオルーク氏の健闘は、中間選挙 だけでなく、米政治全体に影響を与える可能性がある。

 上院(定数100、任期6年)は現在、共和党 51、民主党 49で拮抗(きっこう)している。今回選挙を迎える35議席のうち、民主党 は26議席を持つ。6年前はオバマ氏が再選を果たした大統領選と同時に行われ、民主党 は地滑り的な大勝利を収めた。

 今回、民主党 が上院で過半数を取るには、6年前の大勝を再現した上で、さらにサプライズで共和党 の議席を奪わなければならない。オルーク氏が「大番狂わせ」を演じれば、民主党 にとっては大きな得点だ。


さらに、オルーク氏のテキサス州での接戦は、同州がもはや共和党 の常勝州ではなく、フロリダ州やペンシルベニア州のように、大統領選の結果を左右する激戦州になりつつあることを浮き彫りにしている。

 背景には、テキサス州の人口構成の変化がある。共和党 の主な支持層である白人の人口比率が徐々に減る一方で、民主党 の主な支持層であるマイノリティーは増え続けている。16年の同州の人口統計では、白人43%に対し、ヒスパニック 39%、黒人12%。ヒスパニック と黒人を合わせれば、半数を超える。

 オルーク氏の草の根 選挙運動 は、若者や女性、マイノリティーといった従来の民主党 支持層を目覚めさせ、政治に無関心だった人々を掘り起こした。さらに、トランプ氏の手法に嫌気がさした穏健な保守層も取り込もうとしている。

ポジティブに戦う方法

民主党 を支援する政治団体「ローン・スター・プロジェクト」のマット・アングル代表は「やっとテキサスで共和党 と戦える候補者が出た」と喜ぶ。「テキサスではあらゆる権力を共和党 が握り、民主党 支持者は戦う気にならなかった。でも、ベトは教員や自治体職員ら『失われた民主党 員』を目覚めさせ、とてもポジティブなやり方で戦う方法を教えてくれている」

 オルーク氏は、今回の上院選に勝とうが負けようが、20年の大統領選には「立候補しない」と明言している。だが、民主党 がトランプ氏に対抗し、分断にあえぐ米国の民主主義を再生させる処方箋 (せん)を、オルーク氏は体現しているように思えてならない。」