私は以前、チラシ配りのアルバイトをしていました。



チラシ配りはもちろんのこと

ティッシュ配りをしたり、チラシとティッシュをセットにして

配ることもありました。



私は、ティッシュ配りであれば

人よりも多くのティッシュを配ることができました。

2時間に2000個(4箱)配る日もありました。





しかし、チラシ配りとなると話は別です。

ティッシュ配りのようにはいきませんでした。





チラシ配りもティッシュ配りも

1時間に配って欲しいという目標とする数がありました。





いつもチラシ配りをする日は

その目標枚数ギリギリ、あるいは下回る日が多かったのです。





私は配ろうと思って

歩行者の手元にチラシを配ることに

意識を集中しました。





すると、徐々に

チラシを受け取ってくださる方の数が増えてきました。





そんなある日のアルバイトの日です。

その日もチラシ配りをしていました。





仕事の合間の休憩時間

私はトイレに入って自分の顔を見たとき

唖然としました。



それもそのはず。



「配ること」のみに

意識を集中していたため





いつの間にか

私の顔から「笑み」が

消えていたのです。



私は無表情で配っていました。





私は鏡にいる自分に言いました。

「もっと気を楽にしていいんだよ」と。





私はその日以来

チラシ配りの仕事が好きになっていきました。





それは、チラシを配っている私自身を

私が好きになれたからです。



私はその時の経験が今に生きています



アルバイトというのは

「これをやりたい」と思ってやることばかりではないかもしれません。

事実、私もそうです。





でも、これまでしてきた仕事の経験というのは

確かに自分の中で

血となり肉となっていると最近感じています。







最後になりましたが

モーリアックの言葉を添えて

この記事を終わりにしたいと思います。



モーリアック

「私たちの人生は、私たちが費やした努力だけの価値がある。」



それではまたっ。

白鳥隆博

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