本館のこの記事で,私は"Lifestyle"を『生活習慣』とはあえて訳さず,『ライフスタイル』のままとしました.
なぜ,そうしたのかという話です.

ぞるばの子供時代には,

血圧というものは,歳をとるとあがってくるものだ.だから年齢相応の(上の)血圧は 【年齢+100】だ

と聞かされていました.
つまり 80歳の高齢者なら血圧=180は上出来だったわけです.

ところがいつの頃か『成人病』と言う言葉が登場しました. 脳卒中・ガン・高血圧などは,感染症のようにある日突然なるものではなくて,年齢があがるにつれて じわじわと発症するのだから,という理由です.

しかし,高齢化と共に年々増加し続ける医療費に このままでは医療保険財政が破綻すると危機感を覚えた厚生省(当時)は,1996年 10月の公衆衛生審議会成人病難病対策部会にて,今後は 『成人病』ではなく『生活習慣病』と呼ぶことを提案しました.

当時の議事録を見ると厚生省の係官は こう述べています.
 

まず「趣旨」でございますが、成人病対策は昭和30年代以降、成人の全死因に占める割合の多いいわゆる三大成人病を中心といたしまして、予防対策でありますとか、診断治療技術の開発、調査研究などが行われてきております。
その間国民の生活環境でありますとか、生活習慣の変化、あるいは三大成人病に関する対策の成果といたしまして、脳卒中でありますとか幾つかの疾患の死亡率は低下してきております。
⼀方、調査研究の成果として、こういったようないわゆる成人病という病気に対しまして、食生活等々の生活習慣が成人病の発症に、あるいは進行に大きく関与しているということも分かってまいりました。
また三大成人病以外にも糖尿病でありますとか腎臓病の発症や進行に生活習慣が大きく影響するという疾患も明らかになってきております。
成人病の概念はそもそも成人の死亡数の多寡というものを指標にしてつくられた行政的な用語でございますが、糖尿病のように直接死因としての死亡数は少ないけれども患者数が多い。あるいは合併症ともなると非常に著しく患者のQOLが低下されるというような疾病も含まれております。そこで生活習慣という概念に着目をいたしまして、また死亡数以外にも患者さんの患者数、あるいは患者のQOLといったようなものを考慮したような疾病群の概念を明確にいたしまして、これまで重視されてきた早期発見治療システムを踏まえ、生活習慣に着目した1次予防でありますとか、合併症の予防、あるいは患者さんのQOLといったような最近の課題を視点に置きました医療技術の開発といったような、疾病対策の在り方や社会資源の配分といったようなものを検討してはいかがかということで趣旨がございます。

1996.10.21.公衆衛生審議会成人病難病対策部会議事録

 

 

ここでは「三大成人病以外にも糖尿病でありますとか」と述べています.つまり 糖尿病は成人病ではなかったのです.

 

これに対して,出席した委員はおおむね賛成でした. 喫煙や過度の飲酒などから起こる疾病を挙げて,これらは成人病と呼ぶよりは, 本人の行動に起因するものだから生活習慣病と呼ぶのがふさわしいだろうと.

 

ただし異論もありました.

小坂委員:
、昭和35年をスタートにしまして、その後の糖尿病の死亡率を縦軸、横軸に他のファクターをとってみますと、自動車の生産量とも、電話の回線とも、食肉の販売量とも、砂糖の消費量とも、DNP (ぞるば注:GNP=Gross National Productのことか?)ともきれいに相関する。だから⼀つ⼀つとある病気とを結び付けるのは非常に難しいので、社会、経済、文化の発達に伴って起きてくる⼀連の疾病がある。それらの疾病は社会環境そしてライフスタイルと関連しておこると理解するのがよいのではないかと思うのです。

 

糖尿病の増加は本人の行動だけでなく,社会的要因などもあるのだから,生活習慣と決めつけず,ライフスタイル関連病の方が適切ではないかという意見です.
またこういう意見もありました.

 

幸田委員:
それから下界の環境、飲み食いだけではなしに いろいろ外気にさらされている訳で、やはり大原の交差点の隣りに住まなければならない人間もいる訳ですから、単なる生活習慣だけではなしに、そういう意味での問題も少し考えていって、生活習慣だけで割り切るというのはちょっとどうかなと。

[中略]

ほとんどは 生活習慣が原因だというが,その要因にはストレスがあげられていない。
いわゆるストレスの問題が全く触れられていないのが少しどうかなと。

 

本人には選択不能の環境要因もあるのだから,すべて(本人の責任に帰する狭義の)生活習慣とするのは不適当ではないか,
またストレスは本人の責任だけとは言えないえないではないかという意見です.

たしかにこの会議から2ヶ月後に出された 審議会意見報告では,

 

「遺伝要因」や「外部環境要因」に対しては個人で対応することが困難である一方、「生活習慣要因」は個⼈での対応が可能である。

 

とは書かれています.
しかし,ここで成人病に代えて生活習慣病という言葉を採用したこと,そして さしたる議論もなく,もちろんエビデンスの検証もないままに,(2型)糖尿病は生活習慣病と定義したことが,その後の糖尿病への偏見を生む原動力になっています.

2000年12月に開催された第1回 健康日本21 推進国民会議で.出席者はこう述べています.

 

厚労省 羽毛田事務次官:
急速な高齢化の中で、がん、心臓病、脳卒中、糖尿病といった生活習慣病が増加し、これに伴って介護を要する方の増加が予想されます。

阪大教授 多田羅委員:
生活習慣病の代表的なものは、がん、心臓病、脳卒中、糖尿病などであります。

糖尿病は生活習慣病だと断定しています.

 

  • 2型糖尿病は生活習慣病である
  • 生活習慣とは 本人が好んで選択したものである.
  • よって2型糖尿病は 全面的に本人の責任である.

(C) しのこ さん

 

と言う三段論法が当然のこととして述べられています.

英語のLifestyleとは,直訳の通り 生活様式のことです.
したがって三交代勤務で 昼夜逆転した生活を送らざるをえなくなることも Lifestyleです.

 

ところがLifestyleを生活習慣と訳したことにより,三交代の深夜勤務も,大気汚染のひどい所に住居があるのも,すべて本人の悪しき生活習慣であり,自己責任だということになってしまいました.

期を同じくして 日本糖尿病学会は2型糖尿病の発症原因は過食と運動不足だとガイドラインに記載しました.

 

極めつけは厚労省が2002年に公布した健康増進法でしょう.

 

健康増進法 第二条
国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない

 

「2型糖尿病」=「悪しき生活習慣」 と定義されているのですから,2型糖尿病患者は全員 健康増進法を守らず違法行為をしている現行犯(罰則はないですけどね)ということになってしまったのです.