2013年に,日本糖尿病学会が 報道関係者を大々的に集めて発表した『日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言』には,次のような文章があります(p.3).

 

このようにみると、糖尿病に推奨される炭水化物の摂取比率は、脂質ならびにたんぱく質の推奨摂取比率からも制約を受け、50~60%と計算される。実際にその値は日本人の一般的な栄養素摂取比率に合致することから、嗜好性あるいは遵守性を担保すると理解される.

 

蛋白質の望ましい摂取比率は15%であり,脂質は 25~30%,したがって炭水化物の比率は 50~60%でなくてはならないという根拠を述べた箇所です.
上記で『日本人の一般的な栄養素摂取比率』とは,何を指しているのでしょうか?

 

それは厚労省が毎年調査している『国民健康・栄養調査』のことです.現時点で最新の調査報告結果は 2018年のものですが,そこには,年代別・性別に 食事の栄養素摂取比率を踏査した結果がまとめられています(報告書 表1-2,1-3).

 

20代から80代まで,また 男女性別にかかわりなく,炭水化物=50~60%,脂質=25~30%,蛋白質=15%付近にきれいに揃っています.ですから,『これが日本人の標準なのだから,糖尿病患者も この比率に合わせた食事をしなければならない』という主張です.

 

しかし,同じ『国民健康・栄養調査』の報告書には,脂質の摂取比率が年代によってどのように分布しているのかという調査結果も書かれています(報告書 表4).私の調査不足でなければ,日本糖尿病学会は,このデータを引用したことは一度もありません.

 

ご覧の通り,年代を問わず同じ平均値になったとはいっても.実は若い20代の人は 男女とも 脂質摂取比率が30%を越えている人達が最大派閥なのです.60代の人ですら,脂質比率が25%以下の人は三人に一人くらいしかいません. 脂質摂取率の『平均値』が どの年代でも似たように値になっていても,実際の分布を見れば,脂質25%より非常に多い人と非常に少ない人がバラバラに混在していて,それを平均したら29%くらいになっただけなのです.

 

上記の『提言』で,『日本人の一般的な栄養素摂取比率』と書いていますが平均値は一般値ではありません.  せめて『最頻値』とでも書けばまだ救われたのですけどね.

 

預金ゼロ円の人が100人いて,預金 1億円のお金持ちが100人いて,それを平均すれば『一人あたり 5,000万円の平均預金額』となります. しかし,この200人で,本当に預金を5,000万円持っている人は存在しません. つまり実際には存在しない 幻の平均です.

 

日本糖尿病学会が『日本人は 全員 平均栄養素摂取比率に合わせろ』と主張するのは,『日本人男性の足の平均サイズは 25.5cmなのだから,日本男性は一人残らず 25.5cmの靴を履かなければならない』と言っているのと同じなのです.

 

定説を疑ってみる[完]