いま 海にいます

いま 海にいます

好きなこと。。遊びのこと。。日々のつれづれ。。
ぷら、ぷら、ぷら~くの海風日誌

 前日21時に家を出る。去年の7月27日以来の徳島。実は、だんだん瀬戸内海を離れて外洋へと向かうことに尻込みしていた。瀬戸内育ちの軟弱カヤッカーはだめだ。22時半過ぎに「松茂PA」に到着、車の窓に遮光シートを装着して30分後には就寝した。PAやSAはトラックが結構止まっているので、夜エンジン音が結構している。寝られないわけではないんだけど、耳栓をすれば違うかと思ってアマゾンでポチっとして購入した耳栓をして寝る。思った以上によく眠れて4時45分の目覚ましが鳴るまでぐっすり寝ることができた。

 30分後、PAを後にして由岐漁港を目指す。途中コンビニで朝食を仕入れて車で食べながら向かう。6時半ごろ由岐漁港に到着していつも通りBIKEとKayak台、洗艇用の水を降ろして25キロほど先の蒲生田岬へと向かう。40分ほどで蒲生田岬に着いた。


 googleMAPではもっと出しやすい浜だと思っていたけれど、大きな岩ばかりの浜だった。波は砂浜なら全然気にならない程度だけれど、ちょっと工夫が必要だ。駐車場にはトイレがあって、ウォータストイレとか言って水が常に流れているトイレだった。外までまるで生き物がゴボゴボ言っているような音がしていたので少々怖かったけれど…。

 トイレを済ませて早速予定より早く7時30分過ぎに出艇した。艇を出してスプレースカートをかけるまでに波が艇内に入って濡れてしまったが、想定内で出艇できた。

 出艇してすぐに見えてきたのは蒲生田岬灯台。東には伊島が見えている。いつかこの伊島にも行ってみようと思っているけれど、今日は沿岸沿いに西へと漕ぐ。蒲生田岬灯台(かもだみさきとうだい)は、徳島県阿南市の蒲生田岬に建つ、四国最東端の灯台である。灯台から南東方約1.2 km先のシリカ碆を照らす蒲生田岬シリカ碆照射灯が併設されている。領海及び接続水域に関する法律等では本灯台と和歌山県の紀伊日ノ御埼灯台灯台を結んだラインまでが瀬戸内海と定義されている(wikipediaより)。

つまり、ここからが外洋ということで少々緊張気味に漕ぎ進める。心配をよそに波はほとんどなく、潮の影響もなくスムーズに進む。実は、外洋になってからは潮流のデータがない。外洋ということで潮流は関係ないのかもしれないが、経験したことがないので心配だったけれど、少なくとも逆潮ということではなかった。少し前にホームグラウンドの沙美の海を漕いで戻った浜で「優雅に漕いでおられて、いいご趣味ですね。」と声をかけられたことがある。しかし、同じように漕いでいても大海原で漕いでいるとあいつ大丈夫かな?っていうように見えてしまう。不思議のものだ。海の色はちょうど黒板のような色をしていた。今日の昼食は9㎞ほど漕いだところの伊座利漁港のイザリcaféで名物のエビフライをいただく予定で、10時からの開店に合わせて出艇時刻も決めた。9時半頃、少し早いが伊座利漁港に到着。

 小さな村の漁港だった。イザリcaféは漁港からすぐのところにあるので早速向かってみる。すると…、開店時間が11時からになっている、しかも今日は定休日。定休日は確か月曜日とネットでは出ていたのに…。こういったことは旅先ではよくあることなので、あらかじめ緊急用に買っていたおにぎりを昼食にすることにして先を急ぐことにした。というのは、できるだけ夕食に間に合うように帰りたかったので、少しでも先に進める必要もあったからだ。伊座利から由岐まで同様に9㎞ほどある。今日は曇りだけれど、湿気がすごいので雨に降られたように体はべとべとに感じる。途中、志和岐を由岐漁港と間違えそうになった。このコースに沿って岸壁沿いに漁船がたくさん出ていたが、どうやらアワビや伊勢海老をとっているようだった。

 後で知ったことだが、ここはそれらの産地でJR由岐駅には伊勢海老のモニュメントが飾ってあった。伊座利から2時間ほど漕いで由岐漁港に11時45分ごろ到着。

 カヤックを水洗いして着替えた後BIKEで出発。JR由岐駅の待合室でおにぎりで昼食を摂って再びBIKEに。出発後すぐに劇坂となった。今日は予想はしていたけれど、朝車で走った道とBIKEの道は違うので、どこでどのくらいの坂になるのかわかっていない。もう坂が始まったのかと心が折れた。実は今日はこのBIKEの方が大変なことが予想されていて、20㎞以上BIKEで走る必要があるのだ。結局、幸いこの最初ほどの坂はなかったけれど、結構アップダウンはあったコースで、少なくとももう一回はBIKEでここを漕ぐと思うと気が重い。途中の道は、車はもちろん人もそんなに通ることがないけもの道に近いようなところもあった。

 以前佐多岬で猪に遭遇したが、そんな獣が出てきてもおかしくないなぁと考えながら漕いでいると、蒲生田岬の7㎞ほど手前の山の中の道で急にBIKEの前を横切る動物が!大きさは子犬くらいで後ろ姿しか見えなかったが、たぶん狸だったと思う。目の前を横切って山の中へと消えていった。その時は、タヌキ?アライグマ?ハクビシン?とわからなかったけれど、体が丸く、しっぽが短かったので家に帰ってからネットで確認するとタヌキだった。たとえタヌキでも急に出てくるとびっくりした。

 そんなこんなで3時ごろ蒲生田岬に2時過ぎ到着。車にBikeを載せて由岐漁港へ戻りKayakを回収して帰宅した。

 昨年から始めた四国一周PAD&POTAも1年がたった。思ったより進んでいることに自分でもびっくりしている。しかし、これからは自宅からも遠い南半分が手つかずで残っているので、困難が予想されるけれど頑張って漕いでいきたい。

さて、今回は9か月ぶりに香川県の鶴羽へ向かった。前回は讃岐相生からPOTAではなく汽車に乗っての移動に挑戦した。今回も鶴羽から志度へ漕いで汽車に乗るコースも考えたけれど、海が荒れた場合を想定して10㎞前後に設定して小田漁港までの11㎞あまりのコースとポタリングに設定した。

 前日夕食を済ませお風呂に入った後、21:30頃に出発。約1時間ほどで津田の松原SAに到着しすぐに就寝。

5:30頃出発を予定していたので5時前には起床、トイレを済ます。津田の松原にはコンビニもないしお店は閉まっていたので、5時過ぎにはSAを後にした。SAを出るとすぐ津田東ICで高速を出口を出ることになる。今日は4:30くらいから下げ潮なので、ここらあたりは東向きの潮となる。潮流推算では5:00から10:00くらいまでは東向きとなっていたので、Kayakは小田漁港から鶴羽に向けて東に漕ぐコースに設定した。SAを出発して10分ほどで脇元港横のビーチに到着、そこでBIKEと洗艇用の水、Kayak台を降ろして小田漁港へと向かう。

 途中セブンで朝食を購入して車中で食べながら小田へと向かう。小田漁港へは20分ほどで到着。すでにオープンデッキカヌーで釣りをする人が出艇するところだった。田舎の小さな漁港だけれど、みんなよく知ってるなぁと感心する。

 Kayakを降ろしていたころからトイレに行きたくなってきた。googleMAPで検索すると一番近い公衆トイレまで4.5km。仕方がない。10分ほど車を走らせて江泊漁港の公衆トイレへ。和式のトイレだったが、近所の方がきれいに掃除されていた。予定外に30分ほど時間を食ってしまったが、戻って早速準備を済ませ結局6:30頃当初の予定より30分ほど早く出艇できた。

 思ったより近い距離に小豆島が見えるけれど、後で地図でみてみると、それでも小豆島の地蔵埼灯台までは8㎞以上あった。西には、豊島や遠くにはおそらく直島であろう島々が見える。いずれはそちらの方も行くんだと、気持ちがわくわくする。馬が鼻を回ったあたりから水面には辺り一面水クラゲで埋め尽くされていた。

 パドルを漕げば手に感触が伝わるくらいに水クラゲにあたってしまうほどクラゲだらけだった。これでは漁の人は困るだろうなぁ。もう少し進むと、今度は志度カントリークラブのコースが海岸そばまで来ているのが見えてきた。

 

これでは台風の時など大変だろう。潮も被るから芝生を緑に保つのも大変だろうし。出艇して小一時間で鷹島と猿小島のあいだを漕ぐ。鷹島には鷹はおらず、猿小島には猿はおらず、ただウミ鵜が潜って餌をとっていた。

 8:40頃、鶴羽のビーチに到着。

 洗艇したあと、30分ほどでBIKEに乗り換えて小田漁港に向けて出発。行程は久しぶりの上りが入ったコース。車で走った時に覚悟はしていた割には、さほど苦しむこともなく(もちろん坂はあったけれど)1時間ほどで小田漁港に戻ってきた。

 そこから鶴羽にランクルで戻ってKayakを積み込む。鶴羽のビーチ沿いにしらす工場があって、直売所になっていた。お土産に…と考えたけれど、今回はやめておいて昼食に予定していた「らぁ麺Labo七施」さんへ。

エビで出汁をとっためずらしいラーメンをいただいた。おいしかった。父子二人でやっている様子で、フロアを担当されていたお父様の接客もフレンドリーですばらしかった。

そしてその後の夕食は、庭で一人焼肉で旅の疲れをいやしたのだった。

 

PAD&POTAとはパドリングとポタリングのこと。片道をカヤックで漕いで、残り片道を自転車で戻る旅のこと。これで四国を一周しようという今回の企画。成功すれば海と陸の両方での四国一周を成し遂げることができるという企画。

  前日夜9:30家を出た。1時間ほどで久野PAに到着。ここは24H営業のセブンがあって、トイレもとてもきれいな穴場のPAだった。PAだから大きくはないけれど、ついた時には多くのトラックが休憩で止まっていた。早速車中泊仕様に変えて11時には就寝。次の日に予定している評価の高いお蕎麦屋さんの営業時間に合わせて予定を組んでいるので、明日はそんなに早起きする必要はないのだけれど、結局5時には目が覚めた。トイレに行って、コンビニで朝ごはんのサンドイッチやパン、補給用のおにぎりを買って車で朝食を済ませる。ゆっくりしたつもりだったけれど、それでも予定より早く準備できたのでもう出発することにした。

 ひうち漁港でBIKEを降ろして車で30分ほどで高須海岸へ。Kayakを降ろしてトイレを済ませる。きれいとは言えないがトイレがあるのは助かる。

 7:15遠浅が残る浜から予定より45分ほど早く出艇。潮の流れは東に向いている予定なので、潮に乗って順調に漕ぎ進める。今までと違って今日の到着場所以降は当分工場地帯を漕ぐことになる。景色は造船所のドックが目に移る中、なぜだかわからないが木の香りがする。いいにおい。もう少しでゴールという今治造船の西条ドックにさしかかったあたりから風波がたって横から艇にあたってくる。不安定な状態に今治で沈をした記憶がよみがえって少し怖くなった。たいした横波でもないというのに…。あれ以来、少々ビビることが増えてきた。でも、これくらい慎重な方がいいのかもしれない。

 9:10ひうち漁港に到着。今日は木曜日で平日なのでドックでも皆さん働かれている中をKayakで漁港まで漕ぎ進めるのは少々気が引けたが、こっちだって働いて、その休みで来ているのだから何も遠慮することはないと思い直した。

 今日のお昼は評価が高いお蕎麦屋さん「甲(きのえ)」さんだ。11時開店なのでまだ少し早すぎる。何か時間がつぶせないかと思っていたところに「石鎚常夜灯」なるものがあることを知って見に行くことに。常夜灯は玉島港や鞆の浦などでも見かける。「石鎚常夜灯」の北側正面には「石鉄山大権現」とあり、この港が石鎚山信仰の起点であった名残りらしい。

まだ、時間が余っていたので、対岸にある湧き水で有名な「弘法水」があると知って、ちょっと寄り道。海底にある水源から清水を汲み上げている弘法大師の伝説が残る湧水で、もうここは海といったところ。横には漁船が係留されている河口に真水が湧いている。湧いているといっても、ちょろちょろではなく噴水とまではいかないが噴き出ている感じで相当な量が湧いていた。こんなところで湧き水なんてちょっと考えられない場所だ。西条市内には、ここ以外にも多くの水が湧いているところがあるそうで、一説にはこの豊富な水のおかげでお蕎麦は美味しいし、水道代もかからない…。だから西条市は移住したい街の上位に選ばれていると聞いた。

 ちょうどいい時間になったので、「甲」さんへ。

開店25分前に到着。1番乗りだが、さすが名店、店の前に並ぶ人用のテントと椅子が置いてある。すぐに2番、3番とお客さんが訪れる。待っている間に店内からは蕎麦を切るトントントンという音が食欲をわきたてる。入店後、さっそく鴨汁つけそばと数量限定の天むすをいただいた。思ったほど繊細ではないが、市民の皆さんに愛される優しいお蕎麦だった。食後店を出ると、すでに多くのお客さんがテントの下で待っていた。やはり早く来て正解だったなあと考えながら高須漁港へとBikeでむかい、着後Bikeを車に載せひうち漁港へと折り返しKayakを載せた後帰路についた。

〔弘法水にまつわる伝説-いよネットより-〕 

弘法大師が四国霊場を巡礼している途中で休息していたところ、老婆が飲み水を水桶に入れて歩いており、弘法大師は一杯の水をもらい喉の渇きを潤した。後、この水は遥か遠くから汲み取ってきたということを知った弘法大師が、杖の先で大地を2、3回突くと清水が湧き出したという伝説が残っている。毎日多くの人が水を汲んだり、手を清める場として利用しており、弘法水の付近にある民家には長寿の人が多いと言われている。

PAD&POTAとはパドリングとポタリングのこと。片道をカヤックで漕いで、残り片道を自転車で戻る旅のこと。これで四国を一周しようという今回の企画。成功すれば海と陸の両方での四国一周を成し遂げることができるという企画。

 

 前回あずけたランクルを受け取りに7:42分児島駅発のしおかぜで伊予三島駅へと向かう。

 田舎の駅なのでタクシーの常駐は望めないので、フォールディングのDAHONをもっていった。しおかぜの車内には大きな荷物を置くスペースもあってそこにDAHONを置いて1時間ほどの列車旅を楽しむことができた。この日は快晴、朝の陽ざしはもう暑さを感じるほどだ。指定席は8号車だったが、児島駅にその表示はなかったので、ホームにいた駅員さんに尋ねると宇多津駅で高松からくる特急と連結するために8号となっているとのことで、それまでは短いのだという。途中で連結するというのも初めての経験でなんだかウキウキだった。

 伊予三島駅についてさっそくDAHONを組み立てる。このままトヨタに行ってもまだ開店前なので、その前にコンビニで今日の昼食用におにぎりを調達する。おにぎり購入後愛媛トヨタ三島川之江店さんへ。本当に今回愛媛トヨタ三島川之江店さんにはお世話になった。ランクルの受け取りは9:30の開店後すぐに済んだので、思ったより早く寒川豊岡海浜公園に到着した。寒川豊岡海浜公園は人口の海浜だけれど、松林を備えた素敵な浜だった。そこでBikeとKayak台、水のタンクを降ろす。水を入れるポリタンクは、前回使って空だったが、この公園には足を洗うための水道が設置されていて自由に水が使えるようになっていたので、そこで水の調達が可能だったのはラッキーだった。

 そこから9㎞ほど先の天満漁港まで20分ほど車移動。

 天満漁港の近くにピザ屋の看板があって、少し気になったので検索してみると食べログ100名店の一つだとわかり、せっかくだから帰りに食べて帰ることにした。

 10:30過ぎに天満漁港を出艇。潮にも押されて7㎞が出るくらいの速度で東を目指す。前回は新居浜の西だったが、ここは新居浜の東側。といっても目の先にはやはり工業地帯が見える。今日は、時間の関係もあって10㎞も漕がないので、やはり工業地帯の手前で上陸することになる。この間も前回同様浜が続いていて、いろんな場所からKayakを降ろせそうだなあと見ながら漕ぐ。四国はよく来るけれど、あまり景色をゆっくり見ることがなかった。漕ぎながら見てみると、四国山地が平野の近くまで迫ったその景色は僕の近くと比べると異質だった。ちょうど春霞でかすんではいたけれど、こういった景色をゆっくり楽しめるのもKayakの楽しみの一つだなあと考えながら漕ぎすすめる。

 ふと海面に目をやると、なんと海底が見えている。深さをパドルで測るとブレードの長さほどしかない。やはり、ここも四国特有の遠浅のようだ。潮は上げている途中、おそらく干潮であればここも砂浜になっていたんだろう。

12時半くらいには寒川豊岡海浜公園に上陸できた。

 2時間ほどの行程だったが、もう少し漕げたなぁと思ったけれど、ピザ屋さんがランチは2時最終と言われたので、ゆっくり片付けていればいい時間かなと思い直す。寒川豊岡海浜公園は、小さいけれど人口の浜のようで、潮が引いたからと言ってどろどろの海底がでてくることもない。松林もあって、さぞや多くの人が集まってバーベキューでもしているかと思いきや数組の小さな子供連れの家族がいる程度だった。きっと夏になると人でいっぱいになるんだろうなあ。のどかな風景が広がるすてきな海岸だった。

 Kayakを水洗して、1時前にBikeに乗り換えて天満漁港を目指す。海岸沿いの道路はBike用にブルーのラインが引かれていてとても走りやすい。しかもほぼ平坦。あまりにスムーズで、ゆっくり走っても30分ほどでピッツア・モーレに到着した。100名店だから混んで並ぶことを予想したけれど、予想外に普通に入店できた。初めての店なので、定番のマルゲリータとジンジャエール、ドルチェは紅茶のシフォンケーキをいただいた。

 その後は5分ほどで天満漁港に到着、Bikeを車に載せてKayakの回収に寒川豊岡海浜公園へ車を走らせる。

着後Kayakを片付けていると愛車のランクル80を見かけた地元の人が「これ、80ですか?いいですねぇ。僕、ランクルの中で一番好きなんですよ!」と声をかけてもらった。Kayakを片付けても、まだまだ時間の余裕があったので、来年の薪ストーブの焚き付け用に松ぼっくりを防水バッグ一杯拾って帰った。

 PAD&POTAとはパドリングとポタリングのこと。片道をカヤックで漕いで、残り片道を自転車で戻る旅のこと。これで四国を一周しようという今回の企画。成功すれば海と陸の両方での四国一周を成し遂げることができるという企画。

 

 実は、今年初めての四国一周PAD&POTA。近場のKayakは何度か行ったけれど、正直前回の沈のことがあって、少しというか大分不安感が強くなっているんだと思う。なので、水温が低い冬場は避けてしまっていた。いつまでもこのままではいけないので、気持ちを奮い立たせてPAD&POTAを再開することにした。

 前日に夕食を摂り、お風呂に入って9:00ごろ家を出る。高速を松山方面へと向かい石鎚山SAを目指す。10:30ころに到着。すでに、たくさんのトラックで埋まっていた。空いている停車枠を見つけて車を停め、窓に目張りをする。少しアルコールを入れて眠ろうとおもったけれど、全部飲み干す前に眠りにつくことができた。

 次の日、4;30にセットした目覚ましで起床。コーヒーを自販機で買って、家から持ってきたパンとで朝食をとり出発。20分ほど車を走らせ、高須海岸でBikeとKayak台、洗艇用の水を降ろす。

 夜明けが5時40分頃だったのでずいぶん周りも明るくなってきた 。そこからさらに車で20分ほど織田ヶ浜へ。日出の海岸がきれいだった。

 この日の織田ヶ浜は、前回と違って波は穏やかで風も2mくらいと心地よい。着後出艇準備を始める。トイレ、着替えを済ませると、浜を掃除するボランティアグループが清掃を始めていた。今治市内にほど近い場所だけれど、きれいな浜なのはこういったグループの努力もあってのことなんだろう。

 6:30頃出艇。高須海岸を目指す。ここから高須海岸まではほぼ砂浜が続く素晴らしいロケーションだ。いろんなところでKayakの出艇ができそうだ。東の方には新居浜の工業地帯が見える。いずれはあそこも漕ぐことになるのだろうけれど、今日はまだそこまではいかない。順調に漕ぎ進め9:00くらいには高須浜に到着した。

 距離は約13km平均速度は6km台だった。高須浜はかなりの遠浅。四国の北岸はこういった遠浅の浜が多い気がする。満潮になればもっと岸に近い場所まで行けるのだけれど、この日の満潮は11:30くらいなので、まだまだ浅い部分が残っていた。なので、Kayakを担いで歩き何とかKayak台に置いて洗艇をする。先に洗っておけば回収の時がスムーズなので、できるだけ先に洗うようにしている。浜の前にはちょっとした公園があってお年寄りのグループがゲートボールを楽しんでいた。あまり目立たない様にBikeの準備をして織田ヶ浜へ向かう。10:30ころには織田ヶ浜に到着した。実は、前回の事故までは、四国一周することばかり考えていたので、できるだけ距離を漕ごうと考えていたけれど、せっかく四国に行くのだから観光なども楽しむことにして、漕ぐ距離も10km~15kmに設定することとした。そうすれば、もし緊急避難で上陸しても歩いてでもBikeか車に戻ることができる。そういう安全面も考えるようになった。

今日はこれから今治で人気のラーメン屋「光屋」さんで昼食を摂ることにしていた。11時の開店前には到着してしばらく待った後、1番に入店、こってりチャーシュー麺に卵をトッピング、半餃子セットでいただく。おいしかった。今日は、まだまだ時間があったので、あの藤堂高虎が築城したという日本三大水城の一つ今治城を見学。そこでは水城として有名な今治城の地形の現在と過去を合わせてみることのできてわかりやすかった。

 帰りには石鎚山ハイウエイオアシスの椿湯でお風呂に入って帰ることにした。同じ敷地にモンベルの店舗もあり店内散策の後に入湯。僕以外には地域のお年寄りがたくさんやってきていて、地域の温泉なんだなあとほっこりした気持ちになって、気持ちもリフレッシュして出発した。

 ところが、高速に入ってすぐ事件が発生!ランクルに温度上昇のランプがついている。慌てた僕は一度近くの入野PAにはいり、一番近い愛媛トヨタ三島川之江店にTEL。できるだけ速度を上げない様に高速を走って入庫。結局ファンベルトが切れているとのこと。在庫の交換部品がないので、とりあえず、車は置いて電車で帰ることにした。

 

駅までは3kmほどあったが、親切にも担当の方が駅まで送ってくださった。本当にありがたい。帰りは伊予三島駅で1時間ほど待って特急しおかぜで帰った。

児島駅に家内が迎えに来てくれて、夕食はほぼ9時になってしまった。

 PAD&POTAとはパドリングとポタリングのこと。片道をカヤックで漕いで、残り片道を自転車で戻る旅のこと。これで四国を一周しようという今回の企画。成功すれば海と陸の両方での四国一周を成し遂げることができるという企画。

 

この日のことを忘れない。

この日、来島海峡から西条市の高須海岸まで約20㎞を漕ぐ予定だった。そのため、潮が南へと流れ始める9:00ころを出艇時間として逆算して5:40に家を出た。7:30に高須海岸でBIKEを下してサイクリングターミナル下の海岸へと向かう。

本来なら大浦海岸からの出艇だが、駐車スペースがないので少しコースは被ることになるがサイクリングターミナル下の海岸から出ることにした。1時間ほどの車行で海岸に到着、来島海峡大橋が間近に見えるいい海岸だ。

さっそく準備に取り掛かる。やや曇っているが、流れが南に向き始めたのを確認して出艇する。風が向かい風だが、逆に涼しさを感じて心地よい。流れに乗って時には9km/hほどのスピードも出ている。30分ほど漕いだころには右に今治城が今治港の奥に見えてきた。

いい調子だが風が強くなってきている。さらに追い潮、追い波が高くなってきた。操舵が難しい。波の上にあっては艇が浮き上がってしまうために舵が効かない。波の底にあっては容易に水をかぶり波の背の引き波で艇は推進力を失う。波に押されるときはまるでサーフィンだ。とはいえ、サーフィンボードと違ってコントロールは難しい。波の方向に進むのが一番安全だが、それに任せていると陸からどんどん離れてしまう。

4時間ほどのKayak予定だが、このまま残り3時間ほどを神経を使いながら漕ぐのは危険だと判断し、右に見えてきた織田ヶ浜に上陸しようと決断する。そして、ゆっくりと舵を右に切る。これが判断ミスだった。追い波は気を付けないといけないのはもちろんだったのだが、自艇のルータスを買って20年以上沈したことがなかったために調子に乗っていたのかもしれない。「自分は沈しない」と。

 あっけなかった。9:56、横から波をくらって左に転覆。そんなこともあろうかと時間がある時にはロールの練習にも励んできた。だが、練習と実際とは違う。明らかに冷静さを失っていた。ロールを試すこともなく沈脱。沈脱すれば呼吸はすぐにできるが容易に再乗艇することはできない。通常は膨らませたロールバッグをパドルの一方に取り付けKayakにもう片方をT字がたになるように取り付ける。ちょうどアウトリガーカヌーのような形にするのだ。ここでもミスがあった。実はロールのトレーニングは積んできたが、ロールバッグを使った再乗艇はやったことがない。本当は、先にバッグを取り付けてから膨らませるべきだったのだが、先にパドルに取り付けてから膨らませないとパドルの先がバッグに入りにくいのだ。装着に手間取っている間に艇から手を離してしまった・・・。一瞬だった。艇は風と波でどんどん離れていくが、体はそれほど動かない。泳いで近くに寄ろうとするけれど届かない 。一瞬考えた末に握っていたパドルを話して泳ぐこととした。ここでパドルを失っても、Kayakに予備パドルをつけているからだ。パドルを離して必死のクロールを試みるが、無情にもKayakはどんどん離れていってしまった。あきらめるしかない。まず、PLBのスイッチを入れる。正確には入れたつもりだった。後から分かったことだが、スイッチをONにするためには5秒間長押ししないといけなかったためにスイッチは入っていなかったようだ。何度かバッテリーチェックでスイッチを押すことはあったが、実際にスイッチをONにするわけにもいかず、頭だけで理解していた。それが突然の沈でパニックになっていたのだと思う。冷静になっていれば後面に説明も書いてあったのだが…。こういった不測の事態のためにも何度もシュミレーションを重ねておくことは絶対だ。自分自身でもPLBが機能していないような気がしたのと、PLBでは連絡が海保に行くまでに時間がかかる気がしたので直接海保に電話することにした。海保は118だ。自身の携帯TRQUEのスイッチを入れる。だが…入らない。水に携帯が濡れているためにタッチ画面のパターン入力が正常に反応しない!何度か試みるもうまくいかない。何度も携帯画面と自分の指の水をふき取って試みるが、自分自身が水につかっているためにうまくいかない。しばらくしてパターン画面の下に“緊急通報/救急あんしん情報”があるのを発見できた。タッチするだけで電話の画面が出てくれた。118をプッシュ。やっとつながった。

 現在位置が織田ヶ浜沖300mくらいだと大体の場所と自分の身なり(グリーンのPFDとオレンジの着衣であること)と外傷はなく元気であることを伝えた。携帯のバッテリーの消耗を考え、一度通話を切ることを伝えられる。あとは待つだけだ。どれくらい待っただろうか…。20分くらいだっただろうか。その間にも少しでも陸に近づこう、あわよくば自力で突堤に上がれるかもしれない…。沈したところから突堤までは100Mもないだろう。突堤から釣り人がこちらを見ている。しばらく泳いでみるが一向に近づかない。しかも流されてもいない。Kayakはあんなに流されたのに、潮は北から南に向いているのに、自分はほとんど動いていない。後から海保の人に聞いたことだが、岬では潮は複雑になるので必ずしもネットの情報通りではないということだった。結局、あきらめて救助を待つことにした。

 しばらくして陸を走る救急車のサイレンが聞こえてきた。きっと僕のための救急車だろうなと思いなが浮かんでいると、北の方から海保のボートが近づいてきた。手を挙げて自分の位置と生存を伝える。やっと助かった実感が湧いてきた。今回、迅速な海保の方々の活躍と幸いにも海水温度が高かったことで事なきを得たが、季節が海水温の低い時期だったら低体温で死んでいたかもしれない。今更ながらに怖くなってきた。ボートに上がると体調を聞かれ、問題ないことを伝える。Kayakが流されて、そこに身分証や財布が入っていることを伝えるとボートを流された方向に向けてくれた。幸い織田ヶ浜の南の端に近い部分に打ちあがっていた。ラッキーだった。話によると、浜近くは浅いのでボートはは今治港へ戻るけれど、別動隊がKayakを引きあげて見ていてくれるとのこと。その後、僕を乗せたボートは今治港へと引き返す。

 港では救急車が待機していた。桟橋で上陸するとすぐに酸素飽和度(SpO2)を測られる。93とのこと。本当かなぁ?こんなに元気なのにと思ったが、逆らうわけにもいかず、近くの病院に搬送されることになった。衣服が濡れているからと上着もズボンも脱がされ下着のパンツ1枚に毛布を掛けていただいて病院へ。初めて救急搬送を経験する。10分ほどで病院に到着し、元気なのにストレッチャーで診察室へ。パンツ1枚の僕を見かねた先生が何か着るものをと看護師に指示してくださる。お金はかかるが入院用のパジャマとはだしなのでスリッパ持ってきてくださったが、先生が必要以上の出費はかわいそうということで、上着は手術着を用意してくださった。緑色のワンピースタイプの不織布とスリッパ。それが最終的な衣装となった。病院では医師の診察とCT撮影をする。少し待ったところで特に問題ないという診断をいただき解放されることになったが、財布もない衣装は手術着という状況でどうしようと思っていたところに先ほど救助していただいた海保の方が事故の状況を聞きに来院された。聞けば、車でkayakまで連れて行ってくださって財布を回収したのち車でサイクリングターミナル下の浜まで送ってくださるとのこと。申し訳ないが、他に手立てがないので甘えることにした。織田ヶ浜に到着すると2名の海保の方がKayakを見てくださっていた。時間はちょうど昼時。本来なら昼休憩とか取っておられる頃だろうに…すみません。織田ヶ浜からサイクリングターミナルまで約10km、20分ほど車に乗せていただいてやっとランクルまでたどり着いた。そこで、海保の方が「これで、今回の我々の任務を終わらせていただきますがいいですか?」と聞かれた。いいですかも何も、ここまでしていただいて本当にありがたい気持ちでいっぱいでした。

 そこで、やっと服を着替えてまずは病院へ診察代を払いに向かう。待っている間、ちょうど朝ドラの再放送をやっていたので12時半くらいだろうか。その後、Kayakの回収で織田ヶ浜に向かう。Kayakは静かに僕の来るのを待っていた。今回パドルを手放してしまったが、命には代えられないから仕方ないな…と考えつつも、まさか同じこの辺りに流されてきてはいないかなぁとも考えつつ浜を少し歩く。すると、なんとKayakが打ちあがった場所とほぼ同じあたりにパドルが流されてきていた。驚きだった。

 こうして、今回失ったものは被っていたチャムスの帽子だけで済んだ。命も、財布も、Kayakもパドルもすべて無事だった。海保の方々の優しい配慮に感謝しつつ帰路についた。下のログ画面の赤い部分は、乗り手なしでKayakが流された部分。

 

 PAD&POTAとはパドリングとポタリングのこと。片道をカヤックで漕いで、残り片道を自転車で戻る旅のこと。これで四国を一周しようという今回の企画。成功すれば海と陸の両方での四国一周を成し遂げることができる。ただ、今回はフォールディングカヤックを使って自転車の代わりに鉄道で移動することにした。

本日は、2023年の9月10日に行った香川県最東端を漕いだ話。

 今日は前回も伝えていた通り、艇行の決行日。鶴羽、讃岐相生間をKayakで漕いで、帰りはJR讃岐相生‐JR鶴羽間を高徳線で帰ろうという計画。

5時出発。JR鶴羽駅近くの出艇場所、脇元港へは1時間と少しの距離。6時過ぎに脇元港東の青木の浜に到着。

Kayakを下して隣の脇元港の東の端に車を停めた。Kayakまでは徒歩でも5分ほどの距離。都会や本土ではなかなか車を自由に停めることが難しくなってきているが、四国ではまだまだそんな場所がふんだんにあってうれしい。Kayakも各地の漁港のボートヤード(船の修理に利用する漁港のスロープ)があって上陸場所もふんだんにあって助かる。準備をして6時半出艇。18㎞、約4時間を予定している。出艇後まもなく丸亀島と女島に到着。

干潮時に現れるという2つの島を結ぶドラゴンロードを見たかったが、残念ながら満潮近い時間帯なのでつながった道は見られなかった。香川といえば、小豆島にエンジェルロードというのが有名だけれど、ドラゴンロードはなぜドラゴンなんだろう???ってどうでもいいことを考えながら漕ぎ進める。下げ潮基調なので潮に乗って快調に漕ぎ進める。次には「鹿浦越のランプロファイヤ岩脈」というのを目指す。ランプロファイア岩脈というのは、香川県東かがわ市の鹿浦越岬にある白と黒の縞模様が美しい岩壁だそうだ。白色の花崗岩に割れ目ができたときに、黒色のランプロファイアが入り込んでできたものだそうで、世界的にも珍しい地質名所として知られているらしい。行ってみると、白黒のクッキーみたいで美味しそうって思ってしまった。

今日は距離もそんなにないので、ゆっくりモードで結構いろいろ見学しながら漕いだけれど、10時20分には到着した。

帰りのJRは讃岐相生駅13:31発なのでまだまだ3時間ほどある。だけど、前回見つけた「うどん屋」で昼食を食べようと思っていたので少し焦っていた。というのは、食べログでは人気店らしいので昼に並ぶのが嫌だったので早く店に行きたかったのだ。バタバタっとKayakを解体して11時過ぎにはうどん屋に到着。幸いさほど並ぶことなく入店できた。ざるうどん大に天ぷらをいくつか注文して支払おうと思ったら財布がびしょびしょに濡れていた。支払うためのお札がびしょ濡れだった。なのに、快く支払いに応じてくださった店員さんに感謝。

ここから少し走って鳴門市に入ると、ずいぶんやわやわのうどんになるそうだから不思議。讃岐うどんのこしのあるうどんもいいけれど、やわやわの鳴門のうどんもいつか食べてみたい。

昼食後、まだまだ時間はあるけれど、讃岐相生駅へと向かうことにした。実はパッキングしたクルーソー500XPODフォールディングカヤックが重くて重くて…。外は暑いのにこれを引っ張って駅まで行くのが大変で、早く駅まで行って涼みたいという気持ちが強かった。店を出て200mほどは引っ張って歩いたけれど、しんどくてちょうどベンチがあったので休憩する。引っ張る方が楽だと思っていたけれど、思いのほかしんどいので背負うことにした。しかし、そのまま背負おうと思っても肩にベルトを通しても普通では立てないじゃないか!なので、いったん地面に手をついておしりを上にあげてから膝を伸ばして立ち上がる。それからは、少し前かがみになって歩き始める。店から駅まで1㎞を歩いて讃岐相生駅には12時過ぎに到着した。乗車予定の列車は1時31分発なので1時間半ほどの時間をゆっくり待つことにする。

1時31分定刻通り列車は到着後出発した。ここから鶴羽まで55分あまり…。ん?待てよ、5駅しかないのに55分っておかしくないか?それが解決したのは次の駅引田についた時だった。後ろからくる特急に追い越してもらうのを待つ間25分ほど停車時間があった。さすがに、単線のローカル線、これも旅と楽しもうと思ったが、鶴羽から車までまたKayakを引っ張って帰ることを考えるとそんな気持ちにもなれず、早く鶴羽駅に到着したいと、そんなことを考えながら出発を待っていた。やっと列車は走り出し14:26鶴羽駅についた。700mほどを疲れた体でKayakを引いて歩いた。やっと車にたどり着いて残った水を浴びるように飲んだ。クーラーを目いっぱいかけて1時間と少しかけて帰宅した。

 PAD&POTAとはパドリングとポタリングのこと。片道をカヤックで漕いで、残り片道を自転車で戻る旅のこと。これで四国を一周しようという今回の企画。成功すれば海と陸の両方での四国一周を成し遂げることができる。

今回は2度目の佐田岬突端を回る旅。前回はロケハン的要素が強く距離も短かったけれど、今回は佐田岬を一気に漕破しようという考え。

 前日9月16日仕事が終わって17:00に診療所を出発、3時間かけて伊方漁港まで移動。

今夜はここで車中泊。1件ある居酒屋で一杯やってから寝ようかと思っていたら、その日は休みだった。仕方なくコンビニでビールとつまみを買って漁港ベンチでまったりしてから眠りにつく。明日は夜明けとともに出艇だ。

 1日目

 9月17日4時半起床。準備をして5時30分、出艇。

ここから佐田岬を右回りに南側から北側へと回って1泊2日で1周する予定にしている。

佐田岬は日本一長い半島。予定では1日目に潮に乗って東から西へ漕ぎ、最西端の佐田岬灯台を回って半島の北側をこれも潮に乗って少し漕いだところでキャンプ。2日目に半島の北側を東に漕いで佐田岬を一気にクリアしようと計画している。佐田岬半島は南側が上げ潮で西向き、北側で東向きに流れる。だから、南側から上げ潮に乗ってそのまま北へ回れば潮に乗ったまま漕ぎ進めることができるはず。ただこの半島、長さが40㎞ほどある。僕の通常の平均時速は休憩も込みで5.5kmくらい。流れが変わるのが6時間毎とすれば、5.5km/時x6時間=33km進んだところで流れが変わってしまう計算になる。これでは岬は回れない。岬を回るためには40km÷6時間≒6.7km/時で進まないといけない。もちろん休憩時間込みで。そのために潮に乗って進み続ける計画だった。実際潮に乗ってGPSを見ても6kmと7kmを行き来するスピードだったので悪くはないが、さてこのペースで6時間漕ぎ続けることができるのか?

案の定、前日の車中泊、そして夜明け前に起床して日が昇る前から漕ぎ始めたつけが9時くらいに回ってきた。眠気だ。眠くてうとうとしながら漕ぐ。気を抜いて沈してしまったら(転覆してしまったら)、それこそ大変だ。漕いではウトウト、休憩して気分を替えながらなんとか進む。30分ほどして何とか意識がはっきりしてきたけれど、このアドバンテージは必ず後に響いてくると感じながらとにかく進む。なんだこりゃ、楽しみというより修行だなぁと思う。大変さとはうらはらに好天気に恵まれて漕ぎ進めることができた(眠気さえなければね)。

12時ころ佐田岬最西端へやっと到着。計画では10:30~11:00くらいの潮止まりで岬を回らないといけなかったので、1時間はおくれてしまっている。不安な気持ちのまま最西端を回って岬の先をうかがう。少し北側で波だった白い帯が海面に見えている。流れはまだ南から北へと向いているので、「行けるか」と近づいていく。あの白い帯を超えると未知の世界。そのまま流れが北へ向いていれば半島の北側に回り込めるかもしれないと思いながら突入!これが判断ミスだった。その先の世界は…下から不意に潮が湧き上がってくる。湧いては消え、また別のところで湧き上がってくる…。ちょうどお風呂で洗面器を裏返して水面に沈め、中にためた空気を一気に開放して気泡が水を湧き上げる様な感じだ。それに加えて後ろから波が迫ってくる。追い波は危険だ。何とか脱出しようと追い波に角度がつかないよう90°を保って必死で漕ぐ。陸からは離れる方向にはなるが、とにかくここから離れないといけない。漕いでいる抵抗感は腕に伝わってくる。どれくらい離れただろうか。陸の景色に目をやる。なんと、まったく進んでいない。ややもすれば、後退してしまう。逆潮だ!。それもかなりの。やっぱり、転流後の半島の北側は向かい潮になっていた。甘かった。自分の判断の甘さに今更ながらに後悔するが、今ここでそんなことを言っている場合ではない。何とか生き残って陸に上がらなければ…。そんな思いで必死に漕ぎ続ける。15分ほど格闘してみたが一向に陸との景色は変わらない。目いっぱい漕いでも一つも前進できていなかった。このままではいずれ疲れてしまう。その前に別案でなんとか回避しなければと思い。岬の南側へ戻ることとした。すぐに反転するとその際に横波を食らって転覆する危険がある。ゆっくり大きな弧を描くように進路を変え岬の南側へと戻った。とりあえず、生還できたことに安心したらおなかもすいてきて昼食を摂った。

トラックを後から見てみるといかに逆潮でもまれていたかが分かる。赤い部分が必死になって漕いでいるのに左方向(西向き)に押されていたのが結果として出ていた。

おにぎり2つだけでなくバナナを1本。実に粗末だけれど、体力回復のためにおなかに放り込んだ。時刻は12時半、ここから転流時刻の4次半くらいまで潮待ちすることにした。けっこう、風もきつくなってきた。潮の不安もあるが、風も大敵だ。そんなことを考えながらいつしか眠ってしまっていた。少し睡眠をとって海岸をうろうろしていると、佐田岬灯台へ向かう観光客から声をかけられた。普通の人たちにとって、カヤックはあまり見るものではないので「どこから来た?」「どこへ行くの?」「すごいなぁ」と感想をいろいろ話されて去っていく。僕がさっきまで命の危険を感じながら漕いでいたことなんて微塵も感じていないんだろうな。そうこうしているうちに時刻は4時。少し早いが、海の状況を確認したかったので早めに出艇した。まだまだ風は結構あって不安はあったが灯台を回ってみると、つい4時間ほど前とはうって変わって波は落ち着いていた。改めて自分の読みや計画の甘さに猛省した。岬を回る時間が遅くなったため前回出艇したことのある長浜漁港でキャンプとも考えたが、釣り人も結構いたので、その隣の正野漁港でキャンプをはることにした。

そこは、人里からは閉ざされていて、おそらく潮待ちや風待ちに避難するための小さな港だと思われる。そのため誰も来ることはない。夕日が見たいと思っていたけれど、少し前に雲がかかって思いはかなわなかった。その日は新月、真っ暗闇の中明日も夜明けとともに出艇予定なので夕食を済ませた後そうそうに眠りについた。

2日目

まだ明けきらぬ暗いうちからテントを片付け出艇準備。6:00出艇。風は少しあるけれど、潮は追い潮のためスピードは9~10km/時出ている。今日も予定は34kmほどと結構な距離を残している。この調子なら転流までに到着できるかもしれないなどと考えながら漕ぎ進める。だが、今日も誤算は待っていた。風が次第に強くなっていく。途中トイレに行きたくなったので陸に向けて舵を切って漕いでいると先ほど通り過ぎた漁船がUターンして戻ってきた。「だいじょうぶ?」漁師さんが風の強い中漕いでいる僕を心配して戻ってきてくれたのだ。「どこまでいくの?」「伊方越です。」と答えると、「陸に沿って行ったら風を避けられるよ」と教えてくれた。トイレを済ませて岸で少し考える。昨日のこともあるし、漁師さんが心配するくらいだから無理はしないでおこうという結論に達して、ここで旅を終えることにした。一番近い漁港は明神漁港、タクシーを到着時間に合わせて呼ぶべく電話してから出発した。途中、別の漁船とすれ違い挨拶を交わす。

8:30頃明神漁港に到着する。今日はわずか14km、2時間半ほど漕いだだけだ。もう少し行けたんじゃないか?という気持ちもあったが、無理は禁物と思い直した。Kayakを片付けていると先ほど挨拶を交わした漁師さんが返ってきた。「なにが釣れました?」と聞かれ、「いや、釣りに来たんじゃないんです。この半島を1周しようと漕いでいるんです。」と答えて昨日からのいきさつを話すと、「今日は大潮だからなぁ」と言っていた。やはり、漁師さん的にもこの状況でKayakを漕ぎ進めるのはよくないと思っているようだ。漁師さんと話をしていたときにちょうどタクシーがやってきた。ここから車を置いている伊方役場まで結構な距離になるが仕方ない。タクシーの運転手さんは話好きなのかずっと家族や土地のことを話していた。おかげで車での移動も飽きることなく終えることができた。

ただ、頭の中は残った部分をどう計画して漕ごうかな?ということばかりだったが…。

こうして、この日も放し飼いの犬は夕方までには帰ったのだった。

 PAD&POTAとはパドリングとポタリングのこと。片道をカヤックで漕いで、残り片道を自転車で戻る旅のこと。これで四国を一周しようという今回の企画。成功すれば海と陸の両方での四国一周を成し遂げることができる。

本日は、2023年の9月7日に行った大鳴門橋をくぐる旅。

 ついに大鳴門橋をくぐる日がやってきた。2023年6月15日に失敗していて今回は2度目のアタックだ。

 瀬戸内海をいつも漕いでいるので潮の流れには慣れているとはいえ“渦”は怖い! なので、小潮の日を狙って今日にいたってしまった。実は計画はずっと前から立てていて、2週間前にも小潮だったのでその日に大鳴門橋を通過しようと思っていた。けれど、予報では風が強かったので断念、その日は中止していて今日に至った。潮止まりの8:00くらいに橋を通過するように計画した。少し余裕をみて4:30自宅を出発。まだ暗い明け方の高松道を東に向かって走ると空には明けの明星が見えていた。

 1時間半くらい走って讃岐相生の相生漁港横にある坂元海岸に到着。Bikeを置いて鳴門の網干休憩場駐車場へと向かう。30分ほどで到着。8:00に大鳴門橋を通過するには7:30くらいに出艇すればいい計算になるので、時間の余裕もあってゆっくり準備して気持ちを整える。Kayakを浜に降ろして遠くを見ると大鳴門橋が見えていた。しばらくすると、SUPを載せた車が入ってきた。若い人かと思えばおじさん達(僕もおじさんだけど…)だった。でも、平日におじさんたちが海遊びにいそしむこの環境はすてきだなぁと少し自分の地元と比べてうらやましく感じた。

 小潮とはいえ風は強く6~7mの予報もあったので、少々緊張する。近くまで行って様子を見ながら通過しようと少し早めに7:25ころ出艇。風は少々あるけれど、予報ほどでもなく全然大丈夫。次第に橋が近づくにしたがって波が見えてくる。でも、結構白い波がみえている。小潮で潮止まりも近いというのに…。ひるむ心に反して流れによってKayakはどんどん橋に近づいていく。ええ~い、ままよ!覚悟を決めて集中していくしかない!7時48分、予定より10分ほど早く橋へ突入。大きな波はないが、四方八方から波が寄せてきてKayakがもまれる。決して気を抜くことはできない。一人で漕ぐのは気楽だが、誰も助けてはくれない。特にこんな場所で沈でもしようものなら…悪いイメージが湧き上がってくるのを必死にこらえて、何とか1枚だけ写真を撮って無事通過。

 通過してしまえばこんなものかという感じだけれど…。今日の目標の一つ目をクリアできた。実は、今日は3つの目標があった。①大鳴門橋を通過する。②輪行ならぬ「艇行」(?)のために鉄道の駅近に上陸する。③もうすぐ佐田岬を漕ぐ予定だけれど、そのときの山間部を今のBikeで走れるのか試す、というものだ。その①はクリアできたので、次はその②。今回上陸予定の坂元海岸は「讃岐相生」という駅に近く、そこからファルトkayakで「艇行」を考えている。

 大鳴門橋を通過してからは順調に漕ぎ進んで予定より早く12:00くらいに坂元浜に上陸できた。朝置いておいたKayak台に乗せて軽く水洗いする。少し予定時間に余裕があったので、着替えてゆっくりコンビニおにぎりの昼食。家に夕食までに帰ることを考えないといけないので、通常昼食は簡単に済ませることにしている(たいていはKayakの上で食べている)。

 ここで、今回の四国一周の相棒たちを紹介しようと思う。

 Kayakはニンバス社のLootas(ルータス)。全長566cm、全幅58cm、全高30.5cm、重量ケブラー22.7kg、コックピットサイズ80×39cm、トータルボリューム310L、バウハッチ65L、コックピット135L,スターンハッチ110Lとなっている。Kayakとしてはかなり大型で連泊のカヤック旅にも余裕で対応できるサイズ。次回のように鉄道を使うときにはフォールディング・カヤックを使う予定だけれど、大半はこのLootasで行くことになっている。

 続いて、Bike。2つに折りたためるタイプのロードバイク。もう35年ほど前に購入したブリジストンのTravzoneというBike。重いけれど、浜に置きっぱなしにすることもあるので、あまりいいものは置いておけないので使っている。6段変速と、ちょっと坂道には不安があるけれどそこは仕方ないので頑張って坂をクリアしていこうと思っている。こちらも場合によってはフォールディング・バイクも使うことも予定している。

 さて、昼食後Bikeに乗り換えて鳴戸へ向かって出発する。目標の③の確認をしよう。

さて、話をもとに戻すが、③の確認だが、今回使っているBikeでは正直佐田岬半島の山間部を45㎞近くも上り下りするのは大変だと悟った。実は、今回の旅に先立って坂を上りやすいようにBikeのスプロケット(ギア)を交換をするように自転車屋さんに相談したが、あまり効果が期待できないギアにしか交換できないということでペダルを通常のペダルからビンディングペダル(クリップのついたペダル)に交換しただけに終わっていた。期待はしていなかったけれど、やっぱりか…という残念な結果に。これで佐田岬半島のツーリングは予定変更を迫られることになる。とはいえ、予定より1時間も早くBikeも網干休憩所に到着した。 Bikeを車に乗せて着替えていると、今度はSUPを載せた若い人たちの車がやってきた。どうやらスクールのようだ。つくづく海が好きな人たちが老若男女生活されていてすてきだなぁと思った。その後、Kayakの回収をしに相生浜へ向かう。Bikeを走らせていた時に金時芋を売っている果物屋さんを見つけていたので、帰りに寄ってみた。いつも「放し飼い」にしてもらっている家内に、たまにはお土産を買って帰ろうと思って…。聞くと、金時芋のシーズンはもう少し後らしいので、お店のおすすめの豊水梨を買って帰る。自分自身はフルーツに興味はないが、家内がことのほか喜んでくれたのでよかった!

結局、3時半くらいには家に帰れた。「放し飼い」は帰る家があって、夕食までにはちゃんと帰るのである(笑)

 PAD&POTAとはパドリングとポタリングのこと。本日は往路Kayak、復路Bikeの旅 

久しぶりの早起き。3時起きにそなえて前日は8:30には床についた。自分でも不思議だが、アラームを設定していても自然と10分前に目が覚める。いい特技だなぁ(つくづく)。余裕で4時出発の予定を組んでいたが、まずはルーティーンでもなか(犬)のトイレ掃除。深夜だというのにもう大便しているじゃあないか!そうこうしている間に出発時間。

 4:00出発。佐田岬へは4時間の道のりだ。瀬戸中央自動車道から松山道へはいり、197号線を佐田岬漁港まで、ほぼ時間通り8時ころ佐田岬漁港に到着。Bikeを下して15分ほどかけて長浜漁港へ。

田舎の小さな漁港…。まだまだ夏の暑さが残っているけれど、風があたると涼しい。30分ほどで準備を済ませて出艇。

佐田岬灯台までは2kmほどなので30分ほどで到着する予定だ。

 波もなく潮にも押されて快適に漕ぎ進める。ここまでくると、佐田岬半島の根本に戻るより九州の方がずっと近い。


 いつかは九州にわたってみよう。今日はそう思わせてくれるいい天気、いい青空、海を渡る風。さいこうのKayak日和だ。

 予定していた灯台の下の海岸にKayakをつけて灯台まで歩く。普通に駐車場から歩くと20~30分かかるらしいけれど、ここからなら5分ほどで灯台まで行くことができた。

 四国最西端の岬の灯台。

ちょっと早いけれど、灯台下の浜でおにぎりを食べる。15分ほど休憩して出艇すると、三崎漁港から出てきた灯台観光の船から歓声が…。どうやらこっちに向かって子供たちが手を振ってくれている。「こんにちは~!」って元気なものだ(笑)。ちょっと気恥しいが手を振り返すとまた歓声が。思わず笑みがこぼれた。そこから6㎞1時間ほど漕いで佐田岬漁港へ到着。

Bikeに乗り換えて長浜漁港へと向かう。佐田岬半島は南北に狭く、その真ん中の山の尾根伝いに道が走っている。南側の佐田岬漁港から北側の長浜漁港へは当然、一度山の尾根まで上らないといけない。結構きつい坂を上ったが、上りの後には必ず下りがあるのがBikeはうれしい。途中、道の反対側の茂みから突然イノシシが飛び出してきたのには驚いた。あんなものにぶつかられたら無事ではすまない。40分ほどのBikeで12時ころ長浜漁港についた。折り返し再び佐田岬漁港でKayakを回収して帰路へつく。今日は少し時間の余裕があったので、途中三崎漁港にある「しらす食堂はなはな」でしらすどんぶりを食べて17:00過ぎに到着した。