「私、合格できなかったら下級国民になってしまうんですか?」
塾で講師をしているころ、突然そんなことを言い出す生徒がいた。
その頃、あの事件の影響で上級国民ていう言葉が流行ってて、
中学生は面白がって使っていた。
 
言い出したのは2か月後に高校受験を控えた中学3年生。
「誰がそんなことを言ってたの?」
「○○先生です」
○○先生は東京の某新大久保駅近くの大学生。
プライド高いんだよね。
後で聞いてみたら、
緊張感が見られなかったから、
「今勉強しないと将来下流階級になるよ」
みたいなことを言っただけと。
下流階級って何!日本って貴族社会だっけ?
どんな言い方をしたのかだいたい想像がつく。
みんなナーバスになってるこの時期に余計な事を!
 
「下級国民って何のことを言ってるのかわかんないけど、
所詮は『たかが受験』だからね」
「ええっ、『たかが受験』なんですか?」
「そうだよ、志望校に合格できなくても、そんなに将来はかわんないよ」
中学3年生はかなり驚いた顔をしてる。
普通、塾の講師がこんなことをいっちゃいけないからね。
 
「私の勤務する病院に、高卒で30歳まで働いて、それから医学部を受験して
医師になった人もいるし、高校を中退して5、6年フリーターをやって、
その後、高卒資格試験を受けて大学へ行って弁護士になった知り合いもいるよ」
「その人、大変だったんじゃないんですか」
「だろうね、でも大変な方がいいんだよ、特に医者や弁護士は大変な思いを
していないと、大変な人の気持ちが理解できないからね」
「逆にいい高校、いい大学を出ていても、大失敗をしてあまり幸せな人生を
送れなかった人だって、結構いるよ」
「そんなもんなんですか」
「そんなもんだよ、受験なんて長い人生のほんの一部分でしかないよ。
合格、不合格は1つの結果に過ぎないから。
何度だって気持ちさえあればやり直せるよ」
「そうなんですね!よくわかりました」
どのぐらいわかってくれたのかは、よくわからないけど。
 
「まあ、誰かさんみたく、いい大学に合格できたことを鼻にかけて、
人を見下して生きていくようなことをしなければ大丈夫だよ」
「誰かさんて誰です?」
「誰だろうね、○○先生じゃないから」
「あ~あ」
中学3年生は面白そうにクスクス笑っていた。