《at サヴォイホテル》 5/17 (火)
絵画の飾られた廊下 アルペンローズに
少佐と仔熊のミーシャ
ミ: では、どうしても
ウクライナの情報局員から預かった
情報は渡せんのだな
少: くどいぞ ミーシャ
Rは捨てたと言っているんだ
ミ: あのお嬢さんが
遭難者から預かったものを
捨てるとは考えられん
少: きたない紙切れで、株券でも
宝くじでもなかったそうだ
あいつは「NATOのジェームス君」
と言われている
ミ: ・・・
ミーシャ 背広の内ポケットより
封筒を取り出す
ミ: 鉄のクラウスが情報の受け渡しを
拒否した場合に渡せと言われて来た
少: 誰から?
ミ: 分からん 上からだ
今日はわしは使い走りだ
少: あんたを使い走りに使えるとは
どこの誰だ..
ミ: 確かに渡したぞ 少佐
ミーシャ 立ち去る
少: 確かにあの情報は NATOの管轄外だ
渡してもいいようなものだが..
ロシアの政権側の無法ぶりは
目にあまるものがある
まあ、渡さんでもいいだろ
少佐 封筒を内ポケットへ
《at サヴォイホテル Lobby》
Je: 駄目です 小数点以下は切り上げです
R: 暴利だわ! 切り下げてよ
これは上官から借りた大事なお金
Je: このネックレスも大事なんですよね
R: それは友達から借りたの
みんな無利子、無担保よ
Je: ジェームス君は違います
誰の上司でも友達でもありません
R: もう!
Je: ぼくはあくどい高利貸し!なのです
R: それを自分で言えるあなたを
尊敬いたします
ジェームス先生
Je: 先生.. ぼく?
伯爵 ボーナム君 AB
ジェームス君とRを遠巻きにしている
少佐 来る
少: R! 帰るぞ
伯: 君、また会えたんだ
ランチでもいっしょにどう?
少: フン ロシアのランチは重くて長い
伯: 仕事はもう終わったんだろう?
少: 今日の夜も仕事だ
伯: どこで?
少: お前に言えるか!
《at ボリショイ劇場》
少佐 R ロイヤルボックス席にいる
R Ⅴネックのワンピースに
ティファニーのネックレス
R: 少佐 私たちのいただいたチケット
すごい席ですね
私が来てよかったのかな...
少: 一番新しい部下といっしょに
という指示だ
少佐 プログラムをのぞき込んで
少: 白鳥が何羽踊るんだ?
R: エ? 白鳥?
少: 「白鳥の湖」じゃないのか
R: 今日は「オネーギン」です
少: 「オネーギン」?
R: プーシキンの
ご説明いたしますか?
少: せんでもいい
どうせ聞いたって分からん
R: (オネーギンみたいな男
少佐には理解不能ね
少佐には明快なストーリーと
スピーディーな展開の
熊川版「白鳥の湖」がおすすめ)
少佐、オネーギンは
シュトゥットガルト・バレエ団の
ソリストが客演します
少佐: フム..
――― オネーギン 第一幕 ―――
幕間の休憩
伯爵 ボックス席に入ってくる
伯: ちょっと失礼
少: 何だ⁉ お前
伯: さっき君たちを見かけたんで
ここで任務?
少: フン!
伯: 君がプライベートで
バレエ鑑賞とは考えにくい
やはり任務なのか
係の人 シャンパンを持って入って来る
少: シャンパンを頼んだ覚えはないぞ
係: いえ
お向かいのボックス席のお客様からの
差し入れです どうぞ
ただ今、グラスをもうひとつ..
伯: 向かいのボックス席には誰もいないが..
一幕の時、いたのか?
少: いや いなかった
係: お待たせいたしました
シャンパンを注ぐ
係: それからこれは美しくて勇敢な
おくさまに、とのことです
係 可愛い箱をRに渡す
R: あ ありがとうございます
係: では どうぞごゆっくり
伯: おくさま..って 君、結婚したの?
少: (無視)
伯: しかも美しい..
引っかかる言葉だなあ...
少: おれは勇敢の方が引っかかる
(Rを知っているヤツか?)
R: 私は見る目のある人だと思います
少: 伯: え?
R: 任務中ですけど
シャンパン いただいてもいいですか?
少: 許可する
伯爵 少佐にすり寄り コソコソと
伯: 少佐 まさか君、
部下に手を出したりしないよね?
君はそんな男じゃないよね
少: ・・・
伯: しかも変人の部下だ
これじゃ嫉妬も出来ないよ
少佐 結婚するなら、
せめて私が嫉妬出来るくらいの
女にしてくれ
少: 何をコチャコチャ妄想しとる
Rのどこが変人なんだ?
伯: ジェームス君を尊敬すると言っていた
少: ・・・
伯: あ.. 二幕が始まるな また来るよ
伯爵 自分の席へ
少佐 Rを見る
R もらった箱をジトッと見ている
少: (こいつ ドケチ虫を尊敬するのか..
確かに変人かもしれない
が、おれの部下だ)
R: やっぱり... 気になっちゃう
R 箱のリボンをとる
少: おい 始まるぞ
R: 美味しそうなチョコレート
ちょっとひとつ
辺り 少し暗くなる
R: あら? チョコレートの中に
コンパクトディスク..
少佐 これ..
カードも少佐にです
少佐 コンパクトディスクを受け取り
カードを読む
「鉄のクラウスは信用出来る男と判断した
無神論者 イヴァン」
少佐 R 向かいのボックス席を見る
R: あら ロシアのテディベア氏
R 軽く会釈
紳士: "ニコッ!"
少: あの男..
劇場 暗くなり オネーギン第二幕始まる
イヴァン 席を立ちボックス席を出て行く
少: R、ちょっと出て来る
R: 少佐..
少: 終演までには戻る 待っていろ
R: はい
少佐 ドアを開けかけ 振り向いて
少: 明日はドイツに帰るぞ
R: .....はい!
Fin
小林和男氏著「エルミタージュの緞帳」参照
10]ミュンヘン ~ パリ編に続く